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第二十四話 雨


 次の週の木曜日。

 藤村は職員室によってから俺のところに来るそうだ。

 まあ、そのときには俺はもういないだろうがな。あいつ、部屋に来ると言っていたし、部屋で待っていればいいだろう。


 カバンを肩に背負って廊下に出た時だった。先輩がそこにいた。

 がっしりとしているし、顔も整っている。モテそうなオーラが出まくっていて、俺とは対極に位置するような人だ。

 筋肉の付き方的に、水泳部か? 確か、うちには立派な屋内プールがあったような。


「おまえが、藤村と付き合っている金閣寺か?」


 誰だそいつは?

 人違いなので無視して隣を過ぎようとしたとき、彼が俺の手首をつかんできた。

 思い切り、力を込めてだ。痛いんですけど。


「……なんですか? 握手したいんですか?」


 両手で優しく手をつかみ、にぎにぎといやらしく撫でてみたら彼は鳥肌を立てながら後退する。


「い、いきなり何しやがる!」

「それはこっちのセリフですよ。あー、手首骨折したかもなー、こりゃあ慰謝料一千万ですわー」

「……いいから、答えろ。藤村の弱みを握って、無理やり付き合わせているってのは本当なんだな?」


 なんでそんなことになっているんだ?

 まあ、そんな噂も流れてしまっていたし、ありえないことではないか。

 そもそも、この学校は人が多すぎる。噂は伝言ゲームで流れていき――誰かが面白おかしく改変していても何も驚くことはない。


「それなら、どうするっていうんですか? 魔の手から救い出すヒーローにでもなるんですか?」

「ま、まさか本当に、本当に弱みを握っているのか!?」

「いや別に」


 むしろ、脅されているのはこっちなんだが?


「……じゃあ、なぜ藤村がおまえのような地味な奴と!」

「あいつはそういう人のほうが落ち着くとかなんとか言っていましたよ? 人の好みなんて色々じゃないですか」

「そ、それにしたって……なんで俺が断られて、おまえがっ!」

「それが問題の一つだったのかもしれませんよ」

「なにぃ!? ど、どういうことだ!?」

「夏樹は、あんまり自分に好意を押し付けられるのが苦手とも言っていました。そして、俺は……それほど夏樹を大好きというわけではありません。むしろ俺は……」


 彼に近づき、そっと藤村がいつもやってくるように抱き着いてみた。


「先輩みたいなたくましい人が好きなんですわよ」

「ひ、ひぃぃぃ! ち、近づくな! 汚らわしい!」


 彼は顔を青ざめ、そのまま廊下の先を走っていった。

 いつかこういうことがあるかもと練っておいた作戦が見事成功したぜ。

 ちらと振り返ると、廊下に残っていた男子たちが慌てたように逃げていた。


 ……俺の評価がやべぇことになってそうだな。この技は今回限りにしよう。

 逃げる集団を割くように、藤村が近づいてきていた。

 その表情はかなり険しい。


「……せ、先輩。ひとつ確認します。……先輩って、男が好きなんですか?」

「演技だバカ」

「だ、だって今の結構本気っぽかったんですよ!」

「ほら、あそこでいきなり殴り合いの喧嘩にでもなってみろ。怪我させたら困るだろ? 平和的に解決できるいい作戦だろ」

「なんで先輩が勝つの前提なんですか」

「ふふん。毎日アクションゲームで鍛えている俺をなめるなよ?」

「イキッてないで帰りますよ」

「用事は済んだのか?」

「はい。……ていうか、なんで廊下にいたんですか? 教室で待ってるはずでは?」

「いきなり呼び出されてな」

「なんで肩にカバン背負ってるんですか?」

「寂しがりなんだこいつ」

「帰る気でした?」

「ばれました? 雨に濡れたくなくてな」

「……雨?」


 藤村が外を見る。あーあ。やっぱり降り出したか。


「今日、雨だったんですか?」

「天気予報みてないのか?」

「見てないですよ……傘持ってきてないんですけど。地球最悪……」

「そうか。ま、寮までは近いんだし、走って帰れば問題ないんじゃないか?」

「……先輩、持ってきてますよね?」

「貸さないぞ?」

「相合傘って知ってます?」

「しないぞ?」

「ちょうどいいアピールになりますね」

「聞いてる? 人の話」


 藤村は僅かに頬を染めながら歩き出す。

 もしかしたら初めての経験なのかもな。もちろん俺もそうだが。


「夏樹、濡れて帰るしかないんじゃないか?」

「ありがとうございます先輩」

「いやいや俺じゃないからね。おまえだからね、濡れるの」

「そんなっ! 先輩は私を置いて一人で帰るつもりですか!?」


 だから、相合傘、ねえ。

 とにかく、靴を履き替えないことには始まらない。生徒用玄関で履き替えたのだが、藤村がすぐに来なかった。


 藤村のほうへ行くと、手紙を持ったまま固まっていた。

 その表情はとてもラブレターをもらったとは思えないものだ。手紙を持つ手や、足が震えている。


「どうした?」

「え? い、いやなんでもないです。またラブレターもらっちゃって、どうしようかなーって思ってたんですよ」

「そうか」


 俺から逃げるように歩いていく。一歩がいつもより大きい。呼吸も早いな。

 あれがラブレターじゃないので確定だろう。どちらかといえば、悪い方向の手紙なんじゃなかろうか。


 罵詈雑言でも書かれているのかもしれない。

 話したくないのなら触れないでおこうか。

 俺は持ってきた折りたたみ傘を取り出す。


 しかし、折りたたみ傘だと二人が入るには狭い。

 外を眺めながら、俺たちは固まる。


「どうします先輩」

「このままだと確実に二人とも半身ずつ濡れるな」


 一つの傘で二人が濡れずに済む方法――少し考えた俺に、いい案がうかんだ。


「二人羽織みたいに俺がおまえを背後から抱きしめてこう歩いていけばいいんじゃないか?」

「私が許可したらやる気ですか?」

「いややめとく。ぶん殴られそうだ」

「そうですよ。却下です」


 藤村はふんっとそっぽを向いた。

 それから、藤村は諦めたようにため息をついた。


「わかりました。先輩、私走って帰りますね」

「マジか。濡れるの好きなのか?」

「だって、これだと結局先輩だって濡れちゃうじゃないですか」


 おお、珍しく天使が姿を見せている。

 そんな彼女の優しさにめんじて、俺は傘をすっと向ける。


「まあ、俺は生まれてこの方風邪をひいたことがなくてな。傘はおまえが使えばいい」

「……珍しく優しいことを言いますね」

「珍しくは余計だ。人の親切は素直に受け取っておいたほうがいいぜ?」


 俺はもう走って帰る気満々だ。準備体操をしていると、藤村が俺のほうに傘を戻してきた。


「私、他人に迷惑かけたくないんです」

「そうか」

「だから、私が原因で風邪をひいてほしくはないんです」

「なにを! 俺が風邪をひくような軟弱者だと!?」

「そこまでは言ってないですけど。私が原因とか言われたくないんですよ」

「別にいうつもりはないが……つーか、そっくりそのままその言葉返させてもらうからな。さすがに、これで風邪をひかれたらこっちも気分が悪いぜ。もう仕方ない。おまえが傘を持って、おまえ中心の相合傘で帰ろうぜ」

「……それでも、先輩濡れますよ?」

「多少だろ? へーきへーき」

「わかりました。お互い、半分ずつ濡れますか」


 藤村が声をあげ、傘を広げた。

 俺たちは互いに肩がくっつくほどの距離で歩いていく。

 雨というのもあるのか、あまり人がいないな。


「アピールにはならなそうだな」

「そうですね」


 落ち込んでいるかと思ったが、声は元気だ。

 俺としては、雨というだけで気が滅入っているんだがな。

 適当に話していると、先ほどの男子生徒についての話題になる。

 

「さっきの人、前田先輩ですよね?」

「知ってるのか?」

「以前告白されましたから」


 まあ、そんなこと言ってたしな。


「……なんであんな露骨に見下したような言い方するんですかね?」

「どこから聞いてたんだ?」

「初めから」

「助けに来いや」

「あそこで私が出て行っても何も解決しないじゃないですか」


 まあ、ごもっとも、ではあるな。

 藤村は少し怒っているようだった。




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