第二話 天使な悪魔
「誰!?」
驚いたような声が体育館裏から響く。
なんてドジ。
俺が美少女なら、てへっとでも言っておけば誤魔化すだろう。誤魔化すどころか、もう人気爆発だろうね。ドジっことして人気投票一位間違いなし。
ま、現実はただのさえないオタクな俺。気持ち悪いだけだな。
今からでも逃げられるだろうと俺は走り出そうとした。
瞬間、首根っこをつかまれ、体育館裏へと連れ込まれた。馬鹿な!?
顔をあげる。ニコっと天使の笑顔で彼女はこちらをのぞき込んでいた。
そのまま胸倉をつかみ上げられ、壁に押し付けられる。
これが噂の壁ドンか。あれ、壁ドンって首がしまるんでしたっけ? 女性はこんなシチュエーションにあこがれてるの? 変わってほしいんだが?
「先輩、ですか?」
彼女は俺の制服についているボタンを見てそういった。
学年ごとに、赤、青、緑のボタンをつけている。
さすがに生徒数が多すぎるため、せめて先輩後輩の見分けがつくようにと、学校が用意したものだ。
「ああ、二年だ。つまりお前の一つ上なわけで……これって失礼じゃない?」
「単刀直入に聞きます先輩。さっきの私の発言、行動を見ていましたか?」
「見てません」
「そうですか。でしたら、今見ましたのでどっちにしろ、ですね」
理不尽だっ! 俺がそう目で訴えかけると、彼女は俺を解放してくれた。俺はどっと疲れた体を休ませるようにその場で座る。
藤村は腕を組み、こちらを見下ろしていた。……おう、さっきまでの天使はどこにいったんだ。これじゃあただの悪魔じゃねぇか。
それにしても怖い顔をしていても、もともとが美少女だと得だな。顔が近くて照れちゃうぜ。
「先輩、私の言うこと聞いてくれたら、このまま見逃してあげますよ」
「えぇ……それ先輩に対しての態度じゃなくないか? こちとらおまえよりも一年早く生まれてるんだぞ、えへん」
先輩なんだからこのまま怯んでたまるか。
彼女の覇気に気おされてたまるか。年長者として、そして男として。
意地とともにふざけてみせる。彼女の眉尻が吊り上がった。すんませんでした。
「たかが、一年早く生まれただけでなんですか?」
たかがとはなんだ。お前よりも早く生まれてきたんだぞ。それにここは日本だ。
日本じゃな、年功序列が結構な力を持ってるんだ。まあ俺だって生意気な先輩がいて、今の藤村みたいにできるなら、同じ行動をするが。
これ以上何か言い訳やふざけた態度をとれば、そのまま彼女の膝が俺の顔面に入りそうだ。
「それで何の用だ」
「さっきの見ていたんですよね」
「もう見ていなかったと言っても信じないんだろう」
「じゃあどうだったんですか」
「見ていなかった。俺の言葉を、信じてくれないか? 生まれてこれまで、一度も嘘をついたことはないんだ!」
「でも今ついたじゃないですか」
「信じろよ!」
八方塞がりじゃねぇか。
彼女に話が通じる様子がないので、彼女が求める答えを言うしかないのだろう。
あれだな、ドラゴンなクエストをやっている気分だぜ。いいえを選択しても同じ質問をされちまうんだ。
「別に誰に言い触らすわけでもない。知ってるか? 俺ぼっちなんだぜ」
「あっ、やっぱりそうなんですか」
こいつ本当に学校で人気の天使ちゃんなのか?
俺にぼっち宣言させて、ナイフでカウンターしてきたよ。
「だから、友達に話すようなことなんてないんだ。おまえの話をな。そういうわけで俺を解放してはくれないだろうか。いや、解放してはくれませんか?」
なんなら土下座くらいする覚悟はできている。男らしいな俺。
「もしも、誰かに私の情報を高く売れると聞いたらどうしますか?」
「マジ!? 金欲しい!」
首元を掴む手に力が入った。
はめられた。なんていう高度な誘導尋問だ……。
思わず飛びついてしまった。藤村のジトリとした目からそっとそらした。
「あー先輩ぼっちなんですね」
何度も言ってくれるな。
別にぼっちを悪いものとは思っていないが、一般論的に結構傷つくんだからな。
「そうだよ。だから、今日のことはなかったってことでいいだろ?」
「いえ、別の利用価値ができました。先輩、今誰か付き合ってる人っているんですか?」
「お前ぼっちがどう付き合うんだよ」
「別にこの学校でぼっちでも、今までの人生すべてがぼっちだったわけじゃないですよね? 交友関係なんて、中小、バイト先とあちこちありますからね。……ぼっちなんですか?」
「……じ、人生で他人とのかかわりなんてございませんでした」
「そうですか……」
ちょっとだけ藤村の表情が天使のときに戻った。
「同情すんな! 俺はこの学校に人とのかかわりを覚えるためにいるんだ。今までの人生でできなかったからな!」
「でも、ぼっちなんですよね?」
「ひどいこと言うなっ! 泣くぞ!」
「別にいいですよ。私としては、ぼっちの先輩のほうが好都合ですから」
にこっと彼女が笑った。
……どういう意味だ?
「あなたがもしも、ばらすつもりがなくてもですね。色々と問題があるんです。これでも入学してから私が積み上げてきた私の立場と言うものがありますから」
立場?
「なんだそりゃ?」
「この高校が天才を育成する学校なのは知っていますよね?」
「ああ、そんなうたい文句だな」
天才、というよりは、優秀な人材を育成する機関というべきだろうか。
何かのスポーツ競技も、プロの引退者を招き、指導させているそうだ。
この高校の卒業生で、有名人が多いのはやはりそういった良い指導者がいるからだろう。
「高校の仕組みとして、どうしてもすべての生徒を面倒みきることはできませんよね?」
「……まあ、そうだな。さすがに全生徒にくっついて、指導というのはできないだろう」
「だからこそ、学校側は上位何名かの人間をリストアップして、特に力を育成して指導しています。それが、『優秀生』です」
『優秀生』に選ばれた人たちは、土日にさらに特別な指導を受けることが可能だ。
多少、文句も出ているが、競争させるという意味で認められている制度だ。
「……そうか。それがいまのおまえと何か関係あるのか?」
「その上位に割りこめる人間というのは、あらゆる分野から評価された人たちです。勉強、運動はもちろんですが、例えばコミュニケーション能力なんかもその一つですね」
おっと。それじゃあ俺の評価は底辺じゃないか。
「私は勉強が苦手です」
「バカなのか」
「つぶしますよ?」
「すんません」
「ですから、それ以外の部分で優秀な成績を残す必要があります。運動はそれなりにできます。あと簡単に評価を集められるとすれば、このコミュ力です」
にこりと彼女は自信満々にいった。
「……それで、俺の利用価値にどうつながるんだ?」
「一つ、お願いしたいんです」
カツアゲか? 俺は財布を取りだして中身を見る。千円と五円玉だけがあった。
ご縁があるよ、ということで五円玉を渡そう。
すっと差し出すと、藤村がにらんできた。
「なんですかそれ」
「今日はこれで勘弁してくれ」
「仮に、私が金を要求するとして、五円で満足すると思うんですか?」
「満足してくれない?」
「しません」
ですよね。
俺はすっと財布をしまう。そうしていると、藤村が天使の笑顔とともに顔を近づけてきた。
ただし、ぐっと俺の胸倉をつかみ、逃がさんとその両目は俺を睨みつけていた。
「先輩」
甘えた声が耳をなでる。
「私と、付き合ってくれませんか?」
うるうると瞳を震えさせていた。
タグにもある通り、後輩ちゃんはツンデレです。