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第十八話 保健


 浅沼は一人でいることが多い。

 彼女はいつも真剣に本を読んでいるため、声をかける隙がない。


 あんまり邪魔とかしたくないからな。

 だから、俺は移動教室の際に声をかけることにした。


「浅沼、ちょっといいか?」


 教科書をわきに抱えたまま彼女に声をかける。浅沼は驚いたようにこちらを見てきた。


「どうしたの?」

「今朝、五塚が俺に声をかけてきただろ? そのときになんか俺と藤村の関係を聞いてきたんだが、何か知らないか? ほら、誰かにそんな話をされたとかあれば教えてほしいんだが」

「……そうね。いくつか聞いたわね」


 おっ、マジか。


「それで?」

「五塚さんがどうして声をかけたのか、正確な理由はわからないけれど、何日か前から情報を集めているようね。それは、五塚さんではなく、その友人たちが、という様子だったわ」


 なるほどな。

 声をかけられたときも、五塚よりは周りのほうが気になっている様子だった。


「もしかして、俺のことを好きな人がいて、それで気になっているんだな? 納得したぜ」

「たぶんそれはないわ」


 真剣な様子で彼女は首を振る。……そ、そうですか。藤村に否定されるときよりも心へのダメージがでかい。彼女の場合本気で言っているからな。


「私が聞いた話では、五塚さんの友人たちが藤村さんについてよく聞いてくるみたいだったわ」

「なるほど、藤村のことが好きなんだな」

「それも違うのではないかしら? ここからは推察だけれど――」


 まあ、言わなくてもわかる。


「藤村のことが気に食わない奴らが、情報を集めていたってだけじゃないのか?」

「……あら、わかっていたのね?」

「おまえが色々教えてくれたからな」

「それでも、少ない情報から導き出せる程度には、知っていたのよね?」


 ある程度予想していたのは事実だ。


「いろいろ教えてくれてありがとな。……それと悪いな。変な注目をされちまって」


 目的の教室まで来たのだが、その間に色々な人から見られてしまった。

 ……移動教室の時間なら、浅沼に迷惑をかけないと思ったんだが、どうやら失敗だったようだ。


「別に、そのくらい気にしていないわ」

「……おまえは天使か」

「そ、そんなんじゃないわ」

「いや天使だ」


 校内で天使と呼ばれている藤村からその称号を取り上げ、彼女にあげたいくらいだ。


「けど、私もさっき見ていて驚いたわ。五塚さんも、自分から声をかける人間ではないようだったから」

「あー、確かに」


 五塚は完全に女王様のような立場だ。

 周りが声をかけてきて、それに答えるのだ。


「おまえも、結構話しできるじゃないか」

「できるのは事務的な話だけよ。日常会話は……考えながらじゃないとできないわ」

 

 それはちょっとわかる気がしないでもない。

 日常会話って話の軸というものが定まりにくい。


 例えば、〇〇について話す、と言われればそれについての意見を出せばいいが、日常会話はそんなかしこまったものじゃない。

 その時の気分で話題は二転三転するからな。


「五塚さんは……目をつけられないようにうまく立ち回った方がいいと思うわ」

「忠告ありがとな。気を付ける」


 教室に入ったところで俺たちは別々となる。

 クラスメートたちからは注目されていたが、俺に声をかける奴はいない。五塚、浅沼と関わるよくわからない奴。たぶん、そんな評価に落ち着いたんだろう。



 〇



『先輩、図書室の一室を借りたんで、来てください』


 行きません。

 一方的にメッセージが届いていた。


 見なかったことにして、そのまま帰ってしまえばいいだろう。なんと賢いんだ俺は。

 生徒用玄関までにこにこ笑顔で歩いていたのだが、ぽかんと固まってしまう。


 悪魔だ。悪魔がいた。


「あっ、先輩よかったです。この後ぼっちですか?」

「そんな、この後暇? みたいな感じで使うのやめてくれないですかね」

「暇なんですよね。それじゃあ、図書室に行きましょうか」


 人間の言葉を理解できているのだろうか? さっきのやり取りで欠片も暇とは言っていないんだけど……。


「連絡したんですけど、気づかなかったんですか?」

「……おお、連絡きてたんだな。きづかなかったぜ」

「棒読みですよ、先輩」


 周囲の目があるというのに、悪魔の顔が僅かにだが見えた。ひぇ……。

 

 藤村の笑顔がひきつっているような気がする。いや、気のせいだ。あれは顔面痙攣だ。だとしたら今すぐに病院に連れて行った方がいいだろう。


 いや、やっぱそこまで伝えるのは面倒なんで、怒っていることにしよう。……それはそれでまずいんだけど。


「図書室じゃなくても、どっか別の場所で勉強すればいいんじゃないか?」

「ダメです」


 そういって俺の隣に並んだ藤村は、ぼそりといった。


「あの図書室の個室って結構カップルが利用しているんです。いいアピールタイムになるじゃないですか」 


 図書室がカップルのたまり場だと? なんといかがわしい。図書室はラノベを借りるためにあるんだろうが。

 放課後ということもあり、徐々に人が少なくなっていく。


 図書室に向かう途中、誰もいない廊下になった瞬間、俺は逃げだした。

 しかし、あっさりと手首をつかまれてしまう。ぐぅ……っ。


「先輩、メッセージに気付いていたんですよね?」

「いや、その……気づいていたかといえば、気づいていたが、気づいていなかったと言えば、気づきたくなかった、だな」

「悪化しているじゃないですか! なんですか、先輩。私のような可愛い後輩と勉強ができるのに、嫌だっていうんですか?」

「なら、俺の範囲を教えてくれるのか?」

「私が教えてもらいたいんですけど。教えてくれたら、夕食奢りますよ?」

「よし、なんでも教えちゃうぞ。まずはなんだ、保健か?」

「先輩に教えられることあります?」

「……酷い」


 せめて、誰か彼女の本性を知らない奴がいれば藤村も大人しくなるはずだが……。

 浅沼に助けを求めた俺だったが、その願いが届くことはなかった。






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