第十五話 コンビネーションアタック
「そ、その……失礼な言い方をしてしまったわね」
彼女ははっとした様子で手を振っていた。
「べ、別にそんなことないですよ……その、えっと、なんか違いました?」
「……そう、ね。えーと」
浅沼は言うかどうか迷っている様子だったが。
「その、私と話しているときよりも、自然に笑えている……ように見えた、というか……」
助けを求めるようにちらちらと浅沼がこちらを見てくる。
このまま放置しておいたらマジで泣き出しそうだ。
涙を流して部屋から飛び出してみろ。明日から俺はいじめられるぞ。
「そりゃああれだな。俺と夏樹は付き合ってるからな。距離感が近いんだろ。家族と接するときと、友達と接するときってやっぱり違うだろ? そんな違いなんじゃねぇか? なっ、夏樹」
「え? あ、そうですね……」
藤村に同意を求める。
これは両方をフォローした見事な言葉だろう。
藤村は少し納得がいっていない様子だった。演技を見破られたのが気に食わなかったのだろう。
「カレー食おうぜ。俺はもう腹減ってんだ」
「そうね。準備しましょうか」
浅沼とともにキッチンへ向かう。藤村にはテーブルを拭いてもらうことにした。
「……わ、私まずいことを言ってしまったわ」
「は? 何がだ?」
「じ、自分の意見を伝えると、ロクなことにならないってことわかっているのに……言ってしまったのよ。いつもはもっと言葉を選んでいるのに……」
がくりと彼女は肩を落としている。
少しだけ浅沼が人見知りになった理由が分かった気がした。
たぶん、昔は思ったことを口にできる素直な子だったんだろうな。成長していけば、そんな性格は生きにくくなるだけだ。
みんな、本心を他者に伝えることなんてほとんどないだろうからな。
「そんなん気にするだけ無駄だろ。俺も夏樹も気にしちゃいない」
「……金剛寺くん」
「俺が気にしてるのは……夏樹が作ったカレーが人の食えるものかどうかってだけだ」
あいつ本当に料理できんのか?
「料理、作っているところを見たことないの?」
「ああ、今回が初めてだ。以前弁当を持ってきてくれたときはほとんど冷凍食品だったからな」
「それでも、作ってくれるなんていい彼女さんね」
「まあ、そうかもな」
本人は演技のためなんだけどな。
浅沼が全員分のカレーを用意し、テーブルへ運ぶ。
浅沼がごはんとカレーをかなり大目によそった皿があった。あれは俺のだろうか。こういう気配りができてこそだぞ、浅沼。
「先輩、拭き終わりましたよ!」
藤村も調子を戻したようだ。ったく、人に気遣わせるなっての。
俺としては、藤村が裏表あることを伝えてくれるのが一番だったんだがな。
そうすりゃ俺の負担も少しは減るかもしれないからな。浅沼を部屋に誘った理由には、これも一割くらいある。九割興味本位だ。
「それじゃあ、いただきます!」
「……ええ、いただきます」
「いただきます」
……あれ? 一番多くよそられた皿は浅沼が自分で食べていた。
あの量食うの? 藤村は気づいているのか気にしていないのかわからん。
「なんだか、こういう食事って久しぶりで……ちょっと楽しいわね」
「そうですね。林間学校とか思い出しますね」
「林間学校っていうとあれか? 山とかにこもってキャンプみたいなのするやつか?」
「そうですよ。先輩ってそういうのやったことないんですか?」
「ねぇな」
「林間学校じゃなくても、似たようなのなかったですか?」
「どうだったかな……」
「あっ……先輩すみません。忘れたい記憶なんですね」
「何勝手に察してんのおまえ?」
「え、言っていいんですか? 言葉に出すともっと傷ついちゃいますよ?」
「やめてくれ……」
パクパクと食べていた浅沼が首を傾げる。……もう半分終わってるんですけど。カレーは飲み物ってか?
「忘れたい記憶……ああ、あれね。事前に色々調べて知識を蓄えていたら、あまりにも完璧すぎて引かれるとかかしら?」
言いながら浅沼の表情が悲しげなものになった。
……おまえの実体験か?
「違いますよぉ。それは周りを思う素晴らしい行動じゃないですか」
「……藤村さん」
実体験だったみたいだな。救われたような顔である。藤村もたぶん気づいてフォローしているんだろう。そこら辺ほんとうまい奴だ。
「ここでの忘れたい記憶というのはですね」
「ええい、黙れい。ほら、カレーのおかわりもってきてやるから」
「そんなに食べられないですよ」
すっと、皿を出していた浅沼が藤村の言葉にえっ? という顔を向ける。
藤村と浅沼がしばらく見つめあう。
「……あ、浅沼先輩……まだたべられるんですか?」
「え、ええ……まだまだいけるけれど」
「食いしん坊だな」
「く、食いしん坊ではないわ」
「食いしん坊ですよっ、それで太らないなんて羨ましい……」
つんつん、と藤村が浅沼の脇腹をつつく。
「や、やめてくすぐったいわ!」
「いいじゃないですかぁ」
「それじゃあ俺も」
「通報しますよ?」
浅沼をつついていた指がそのままスマホを握りしめた。
「……浅沼、さっきくらいでいいか?」
「え、ええ……」
彼女の皿を受け取り、注文通りによそる。
「浅沼先輩って、彼氏とかいないんですか?」
「……ええ、いないわね」
戻ってくると女子たちが恋バナを楽しんでいた。
カレーを浅沼の前に置くと、彼女が丁寧に頭を下げた後、すっと食べ始める。……ペースはえぇな。
「そうなんですね。ちょっと意外です。先輩、モテそうじゃないですか」
「私……そういうの苦手なのよ」
「それじゃあ、あれですね。恭介先輩、勘違いされちゃうんじゃないですか?」
「……え、あっ」
浅沼がそこで、非常に申し訳なさそうな顔になった。
「ご、ごめんなさい! よく考えたら、そうよね……金剛寺くんが軽薄な男だってみんなに勘違いされてしまう可能性もあるということよねっ」
そこで即座に俺に謝罪してくるなんて……優しさに涙が出てきそうだ。
「い、いえ……まあ、別に大丈夫ですよ。気にしませんから、そのくらいじゃ」
あの藤村が困ってらっしゃるぞ。無邪気さというのは一つの武器になるようだ。
今度実践してみようか。『えー、金剛寺ー、わかんなーい』みたいに言えばいいか? キモチ悪いなこれ。
「勝手に返答するのやめような。俺めっちゃ気にするから、ガラスのハートだから。もうパリンパリンだから」
「ならもう砕け散ってますし大丈夫ですね!」
この悪魔め。
「第一、ガラスのハートな人が、スーパーで浅沼先輩に声かけますか? 彼女隣にいて?」
「そりゃあもう、ガラスのハートにヒビを入れながら声をかけたんだよ。夏樹が以前『優秀生』について詳しく聞きたいって言っていたし、浅沼も後輩と少し話してみたいって言っていたしな」
浅沼に関しては適当だ。それでも浅沼は、俺の意図を察して小さく頷いている。
「……恭介先輩」
「な、感動したろ? 敬え」
「……ありがとう、金剛寺くん」
えぇ!? 感謝されちまったよ! 俺も藤村も困惑だ。
固まった俺たちに浅沼が遅れて気づいたようだ。
「……も、もしかして、今の――」
「恭介先輩ったら優しいんですからっ! ありがとうございますね!」
藤村が浅沼を傷つけまいとしてか、俺に明るい笑顔を浮かべてくれた。
ちょっと頬のあたりが引きつっているように感じる。そんなに俺に感謝いうのが嫌か?
「だろ? もう一回言ってくれ」
「ありがとうございます、恭介先輩!」
「もう一回」
「ありがとうございます金剛寺センパイ」
ちょっと声のトーンが変わった気がした。こ、これ以上はまずい、やられる。
俺たちを見ていた浅沼が、ふっと表情を緩めた。
「……二人とも、本当に仲が良いのね」
浅沼の言葉に、藤村は何とも表現の難しい顔になった。
たぶん俺も同じ顔をしているだろうな。
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