第十二話 夢とは?
「リア充力をあげるためにな。ちょっと浅沼と話しておきたかったんだよ」
「……意味がわからないのだけど」
さすがに素直に話しすぎたか。困惑を通り越して、心配そうに俺を見てきている。
さて、あとは何を話すか。
……浅沼に、俺と藤村が付き合っていることを話題にしてくれないか、とか頼むか?
そういう質問をされるのはちょっと返答に困るな。
特別俺に用事があるわけではない。
俺的には、「なんか藤村さんと付き合っているって話があるけど本当なの?」くらいに聞いてもらったほうがよかった。
そうしたら、俺は付き合ってるぜー! と声高々に宣言するのだ。教室で同じような話をすれば、周りの生徒たちへのアピールにもなっただろう。同時に男子生徒から恨みをかって、嫌がらせを受ける可能性もあるけど。
下手したらさされるかもしれない。まだ生きたい。せめて、大学卒業までは――。
「俺、最近藤村と付き合っているんだが、知っているか?」
「え、いきなり何私聞かされているのかしら?」
「まあ、気にするな。ぼっちってのは話が苦手なんだ。それで、知っているか?」
「え、ええ……まあ聞いたことくらいはあるけれど」
浅沼が戸惑ったような顔をしている。こんな顔を見るのは初めてかもしれない。
いつも彼女はクールな顔つきをしていたからな。
「それならよかった。じゃあ、またあとで教室で聞いてきてくれないか?」
「私があなたに教室で声をかけるってことでいいのかしら?」
「別に俺からでもいいけど、同じ質問をしてくれないか?」
「な、なぜ?」
「いやな。藤村と付き合ってはいるんだが、それでも未だに告白してくる奴があとを絶たないんだ。彼氏としては不安でな。それを少しでも減らしたい」
浅沼は困惑した様子で、腕を組んでいた。
杉浦先生がからからと笑う。
「どうした、浅沼。普段よりも焦っているじゃないか?」
「……いきなりこんな話を聞かされれば、こうなりますよ」
「はは、別にたまにはいいじゃないか」
浅沼があきらめるように眉間をもんでいる。
「それで? 状況はわかったわ。それで、どうして私なのかしら?」
「おまえが与える影響力が強いからだ。というか、おまえと話をしている中での発言というのが大切だ」
「……どういうこと?」
「おまえは学校全体で見ても、トップクラスの立場の人間だからな。そんな人との会話で、俺が藤村と付き合っているとなれば、噂はあっという間に広まる。あの浅沼と話をして、藤村と俺が付き合っているらしい、ということがな。そうすれば、俺のような陰の薄い存在でも、一気に表舞台に立てるというわけだ」
「……なるほどね。それに私が協力するメリットは別にないでしょう?」
ふんと浅沼が腕を組んでクールに睨んでくる。
確かにその通りだな。
メリットは今のところ、何も提供できそうにない。
デメリットはいくつも浮かぶんだがな。例えば、時間をとられるとか、周りの生徒に声をかける必要が出てくるとか、俺なんかと関係があると思われるんだからな。特に最後のデメリットがすさまじいな。
「メリット、デメリットで人間関係を築くものではないんじゃないか?」
「もちろん、それはそのとおりね。けど、そういった理由を度外視したうえで、あなたと関係を深める理由が今のところ見つからないのよ」
浅沼は、小さく息を吐いた。
……今のところはこれが限界か。ひとまずはこれでいい。
話しかけるきっかけ作りだけはできた。この辺りは杉浦先生に感謝をしないとだな。
「悪かったよ。ただ、俺も彼女を守るために全力なんでな。考えを改めてくれるっていうのなら、また教えてくれ」
「そうね。ただ、今のままだと変わりはしないと思うわよ」
「わかってる」
これから面談らしいからな。その邪魔をするわけにはいかない。
昼休みだって有限であるため、俺は席を立った。
その際に、杉浦先生がちらとこちらを見た気がした。
○
浅沼が教室に戻ってきたのは、昼休みも終わる間際だった。
教室へと入ってきた浅沼はまっすぐに俺のほうへと近づいてきた。
そして、柔らかく微笑む。
「金剛寺、くん。少し、いいかしら」
「……なんだ?」
さっきの今で話をされるとは思わなかった。
浅沼は少し考えるように腕を組み、
「……さっきの話、なのだけど、協力するから、私の頼みも聞いてくれないかしら?」
「どうしたんだ?」
いきなりの心変わりだ。
何か杉浦先生に言われたのだろうか?
「……私、このままだと『優秀生』をおろされるかもしれないのね。だから、お願い。協力してほしい」
意外だった。
浅沼が『優秀生』じゃなくなる? だったら一体だれがなれるというのか。
少し思ったのは、杉浦先生だ。去り際の俺を見ての笑顔。
――本当に『優秀生』じゃなくなるのだろうか? 杉浦先生の嘘ということも考えられる。
浅沼が俺に声をかけたことで、周囲の注目が集まる。それに浅沼は少し、険しい表情を浮かべている。
「……ちょっとついてきてくれるかしら?」
「まあ、いいけど」
もうすぐ次の授業が始まるが、話が長引かなければ間に合うだろう。
浅沼とともに廊下に出る。そこでも注目はあったが、教室ほどじゃない。
壁に背中を預けていると、
「……実をいうと、私運動がまるでできないの」
そういえば、そうだったかもしれない。
体育の時間に彼女が活躍している姿というのは見たことがない。その点に関しては、五塚のほうが上だったはずだ。
「それと、友人関係も指摘されたわ。……深い仲の相手を作らない、と。そういった部分が問題になっているようなの。まだ、確定してはいないけれど、この調子では三年生になった頃には厳しいかもしれない、と」
「なるほどねぇ」
あながち、嘘というわけでもないのだろう。
確かに浅沼は賢いが、人付き合いに関していえば、もっと上の人はいるしな。
「それで、お願いってのはなんだ?」
「……私と友達になってくれないかしら? それで、友達付き合いについて教えてほしいわ」
「聞く相手間違ってんぞ!」
「わ、わかっているわ!」
わかられてしまった。
「けど……仕方ないじゃない。……私、基本人見知りなの。理由もなく話しかけるなんて、ででできないのよ」
緊張しているのがわかった。彼女が少しずつ落ち着きを失っていく。
……人見知り、か。
「せ、先生や、ただの世間話に相槌を返すだけなら、できるのだけど……じ、自分の意見とか、そういうの、凄い苦手で……当たり障りなく、生きるのは得意なのだけど……」
それはわかる。
自分の意見を言って、相手に否定されるのは結構苦しいものだ。
「なるほどな……まあ、友達になるってのはわかった」
「そ、それと……よ、良かったらでいいのだけど……わ、私の会話相手の練習にもなってくれない、かしら? 私、特に男子との会話が、に、苦手で……それも、ついでに克服したいの」
「……了解だ。っていっても、今はだいぶ話せていると思うが――」
「じ、事前に、ある程度受け答えをすべて記憶しておいたのっ」
彼女はばっとスマホをこちらに見せてくる。
メモ帳が開かれ、ずらりと受け答えが色々書かれていた。
……すげぇ、努力。
「わ、私何も考えてないと、言葉がでてこなくて……だから、その」
「わーったよ。俺なんかでよければ協力してやる」
「……よかったわ。それで、あなたのことも、よね」
「ああ、教室で自然な感じで話しかけてくれればそれでいい」
そうすりゃ、いずれは周りも俺に声をかけてくるようになるかもしれない。
ほっとした様子の浅沼に、ため息を返す。
「そんなに『優秀生』を維持したいのか?」
「……ええ。私には、夢があるから……それを頑張りたいの」
「そうか」
夢、か。それを言われると協力してやりたいと思ってしまう俺は甘いのだろうか?
藤村にしろ、浅沼にしろ――一生懸命頑張っている奴らを見ていれば、俺も何かやりたいことが見つかるかもしれないからな。
浅沼とともに教室に戻り、さっそく藤村に関する話をさりげなーく言ってから、午後の授業に参加した。