第十一話 声をかけてくるのを待とう
各学年には、『優秀生』と呼ばれる生徒たちがいる。
具体的な評価項目こそあがっていないが、生徒の大多数が納得している人物だ。
だからたぶん、コミュ力とかも評価されてるんだろうな、と思う。
『優秀生』の人たちは、皆が話題にあげるような人物たちだからな。
例えば、俺のクラスにいる五塚にしろ、浅沼にしろ。彼女らは納得できるだけの理由がある。
五塚は完全に家の立場でな。生まれがいいというのはそれだけで才能だな。
浅沼は学校での成績がいい。確か、すべてのテストで1位しかとったことがないまさに天才だ。
ただ、浅沼は藤村の目指している優秀生からは真逆だ。彼女は他者との交流をほとんどとらず、教室ではいつも本を読んでいる。
けれど別にクラスから浮いているということはない。声をかけられれば笑顔で応対する。ただ、深い関係を作らないようだ。
ある意味では俺が目指すべき姿なのかもしれない。最低限の関係を持ちつつ、ぼっちとして生活していく。
関わりたいときにだけ、声をかける。ある意味ではいえば藤村よりもわがままだ。都合のいいときにだけ使うんだからな。
けど、浅沼はそれができている。はっきりいって、天才だ。
――ただ、五塚は彼女のことが気に食わないらしい。
俺が集めた情報によると、そんな感じのようだ。『優秀生』同士でも、仲の良し悪しはあるようだ。
俺のミッションは彼女らのどちらかと仲良くなる、か。ただ、いきなり俺が声をかけるのは危険なため、声をかけられるようにする必要があった。
どちらかといえば、五塚のほうが接してくる可能性は高いだろう。実は席も近いのだ。昼休みとかトイレのために席を外すと、すかさず五塚グループの誰かに奪い取られるくらいにな。
そのあと奪い返せず、結局昼休み終わるまで教室を離れることになるんだ。
そんな多少の恨みをこめつつ、俺は五塚が声をかけてくれるのをひたすら待った。
しかし、向こうが声をかけてくることはない。わざと、彼女の近くに消しゴムとか落としても、拾ってさえくれなかった。なんて冷たい女なんだ。
なくなく自分で消しゴムを拾いつつ、作戦を変更する。
五塚は無理。浅沼に切り替えよう。
五塚は常に誰かと一緒にいる。まるで家来だ。
家の立場があるため、みんな彼女にはへこへこと従うんだ。
一方的に恨みをぶつけ終えた俺は、ちょっとすっきりして机に突っ伏す。
とはいえ、浅沼は浅沼で難しい。
彼女が自分から誰かに声をかけている姿を見たことがないんだ。
だから、よっぽどのきっかけがなければ、話してきてはくれないだろう。彼女の前でいきなり踊ってみたらどうだろうか? 声をかけてくれるかもしれないが、藤村の望むリア充力のアップからはかけ離れてしまうだろう。しいてあげるなら珍獣力とかがあがりそうだ。
「金剛寺。朝話したことは覚えているか?」
担任の杉浦先生だ。綺麗な容姿であるが、すでに年齢は三十を超えていたんだったか。男らしい性格をしていて、あまり女らしくない人だ。
びしっとスーツを着こなしていて、今日もかっこいい。
「なんでしたっけ?」
「ちゃんと覚えておけ。昼休みに軽い面談を行うと話していただろ」
今すぐ来い、という感じだ。仕方ない。浅沼対策はあとで考えようか。
俺は席を立ちあがり、杉浦先生についていく。
学校にはたくさんの先生がいるが、その中でも杉浦先生は結構有名だ。そこらの有象無象とは違う。
そのために注目を集める。俺はそんな先生の影に隠れた。
「おまえは本当、人の後ろに隠れるのが得意だな」
「そうですかね」
「あれだけ噂になっていて、未だに誰からも特に聞かれていないんだろ?」
それは確かにそうだな。藤村がクラスに押し掛けた後だって、俺への周囲は変わらない。
クラスの奴らが声をかけてこないのは、俺を不気味な存在と認識しているからかもな。
本当、誰からも声をかけられないのは、想定外だったんだがな。
生徒指導室まで連れていかれる。面談といえば決まってここで行う。
杉浦先生と向かいあうように座ると、彼女はすっと紙コップに入った水を出してきた。
「それで、面談ってなんですか?」
「話したいのは、最近の藤村夏樹との関係についてだ」
「教師がそんな個人間の関係について聞いてくるんですか?」
「今回はちょっと特別でな。おまえも優秀生については知っているだろ?」
「ええ、まあ。俺には無縁のもんってくらいには」
「無縁ってわけでもないだろう。その選別基準は学校の成績だけじゃないのは知っているだろ? 人間として、優れているかどうか。そこも重要だ」
「それこそ、俺にはないもんですね」
「そうか? キミのことを話題にする教師は少ないが、担任である私にはわかるんだ。キミも十分にそこに選ばれるだけの力を持っているってね」
からかうように杉浦先生が笑った。
またまたー、お世辞がうまいんだから。
俺が愛想笑いを返していると、杉浦先生はすっと目を細めてきた。
「キミは小学校、中学校時代は楽しかったか?」
「そうですね。まあ、今とそんなに変わらないですかね」
「そうかそうか。けど、キミが通っていたという学校の先生に聞いても、キミのことはふわりとした返答しか返ってきていないんだ。知らない教師だっているほどだ。詳しい話を聞こうとすれば、適当な回答のあと、話を打ち切られてしまう。まるで、キミのことを聞かれたくないようだ」
「まあ、やんちゃしていましたからね。消し去りたい記憶なんでしょう」
そりゃあもう俺だって昔はブイブイ言わせてたからな……。腕を組んで懐かしんでいると、杉浦先生が最後とばかりに声をかけてきた。
「金剛寺。表にはあがっていないが、この学校を建設するにあたっての出資者の家の一つだ。まあ、金剛寺家が公表を拒んでいるから、誰も知らないだろうが」
「あっ、そうなんですか? 同じ苗字なだけで俺には無関係ですよ」
「……そうか。まあ、今日はそういうことにしておこうか。藤村夏樹との関係について話を戻そうか。今教師たちの中で、藤村と金剛寺の関係はよく話題にあがってな」
「そうですか」
藤村が聞いたら喜びそうだな。
「金剛寺が藤村を脅しているんじゃないかって、教師たちが不安に思っているんだ。単刀直入に聞く。どうなんだ?」
「なぜそうなるんですか」
「明らかに、釣り合わない二人だからな。それで、どうなんだ金剛寺」
むしろ脅されているのは俺のほうなんですが……。藤村もちらとそんな可能性が出てくるかもと話していたな。
それにしても教師たちが釣り合わないって言うなんて……泣いちゃうぞ。
「別に清い交際をさせていただいていますよ」
「百点満点の回答だな」
けど、それで納得した様子ではあった。本人の口からの言葉で納得できるのだろうか。
そんなことを思ったが、彼女が何も言ってこないならわざわざ俺が蒸し返す必要もないだろう。
「杉浦先生」
「なんだ?」
「俺が浅沼と仲良くなるための方法って何か思い浮かびませんか?」
「浅沼か? それなら、ちょうどいいんじゃないか?」
ちらと彼女は部屋の時計を見た。こんこんと扉がノックされる。
「実は、これから彼女とも面談があるんでな。同席するか?」
「え、マジですか? 同席します」
「……いや、冗談だったんだが」
さすがに杉浦先生が怯んだ顔を見せる。この人のそんな表情は初めてみたので、勝ったという気持ちになった。
「先生、予定の時間なのですが……まだお話し中でしたか?」
扉がノックされる。
「いや、もう終わったところだ。浅沼、入っても構わないぞ」
杉浦先生が立ち上がり、席を俺に譲る。譲られたので、呑気に腰かけて息を吐きながら水をごくり。
浅沼が不思議そうにこちらを見ていた。そりゃそうだよな。
「あの、杉浦先生?」
ちらと浅沼が俺を見て、これどうすんの? みたいな目を作る。
「少し、おまえと話がしたいそうだ。周りの目もないんだし、別に構わないだろ?」
「……そうですね。えっと、確か――金剛寺くんだったかしら? 初めまして、浅沼朱里よ。よろしくね」
「ああ、よろしく。金剛寺恭介だ」
「……それで、なんでこんなことになっているのかしら?」
驚いている様子だが、それでもいたって冷静な声で彼女がそう問いかけてきた。
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