マッサと、二人のけんか
「おや。」
マッサがじーっと見つめているのに気がついて、フレイオが言った。
「どうなさいました、王子。私の食事風景が、珍しいですか?」
「えっ……ああ……はい。」
マッサは、正直にうなずいた。
「じろじろ見ちゃって、ごめんなさい。でも、ぼく、火を食べる人なんて、これまで見たことがなかったんです。熱くないんですか?」
「ええ、ちっとも。」
「火って、おいしいんですか?」
「ええ。」
言って、フレイオは長いスプーンでまたひとすくい、炎をすくって食べた。
「おいしいですよ。時間が経つと、味と香りが少しずつ変わるのも、楽しみのひとつです。」
言われてみれば、最初は、ピンクとオレンジがまざったような色だった炎が、だんだん、赤と金色に変わってきている。
マッサが見ているうちに、フレイオはどんどん炎を口に運んでいった。
やがて、赤と金色だった炎は、しだいに金色だけになり、少しずつ光が弱くなり、ぽっと白い煙をあげて消えた。
「へえ……!」
マッサは、すっかり感心してしまった。
色だけじゃなくて、味や香りも変わっていくのか。
それだと飽きないし、食べていて楽しそうだ。
「ぼくも、ちょっとだけ、味見させてもらってもいいですか?」
マッサがそう言うと、横で聞いていたガーベラ隊長が、飲んでいたワインを噴き出しそうになって、ゴホゴホと激しく咳き込んだ。
「味見ですって?」
フレイオは、ルビーみたいに光る目を大きく見開いて、言った。
「いや、それは、やめた方がいいでしょうね。普通の人間が、火を食べたら、口にひどいやけどをしますよ。飲み込んだりすれば、死んでしまうかもしれない。」
「いや、大丈夫です。」
マッサは、襟元から《守り石》のメダルを引っぱり出して、フレイオに、ちらっと見せた。
「ほら、ぼく、この《守り石》を持ってますから、やけどもしないし、死んじゃったりもしません! 地面の下に住んでる、巨大なドラゴンさんの唾がかかっても、ぼく、大丈夫でしたから。」
「おお……」
フレイオは、マッサが《守り石》をシャツの下にしまった後も、じっとマッサの胸元を見つめたまま、呟くように言った。
「なるほど。それが、伝説の《守り石》……それを身に着けている者は、怪我も負わず、病気にもかからず、定められた寿命が来るまでは、決して死ぬことがない……」
「そう、それです! だから、大丈夫なんです。ぼく、火がどんな味をしてるのか、すごく知りたいんで、一口だけ、分けてもらってもいいですか?」
「そういうことなら、どうぞ……と、言いたいところですが。」
フレイオは、困ったように笑って、言った。
「私は《炎食い》ですから、普通の食べ物を食べることはできません。この油を燃やした炎が、私の食べ物なんです。これから、長い旅に出るのですから、今は、この油を、できるかぎり節約しておきたいのですよ。」
「あっ、そういうことですか……無理なこと言って、ごめんなさい。」
「いいえ。」
マッサが謝って、フレイオも気持ちよくゆるしてくれた、そのときだ。
「何だよ、けちな野郎だなあ!」
会話を聞いていたディールが、大きな声で言った。
ディールは、もう、フレイオを目のかたきにしているから、フレイオが言うことには、何でも、文句をつけたくなってしまうらしい。
「ほんの一口じゃねえか。マッサに分けてやれよ。油がなくなったら、そのへんの枝でも落ち葉でも、集めてきて、燃やしゃいいだろ。どうせ、同じ火なんだからよ。」
「ディール!」
ガーベラ隊長が、小さな声で叱った。
また、言い合いがはじまりそうだと思ったんだろう。
でも、フレイオは、言い返さなかった。
フレイオが何も言わずに、じろっとディールのお皿をにらむと、
ボッ!
「うおおっ!?」
急に、ディールの前に置かれたお皿の上に、真っ赤な炎が立ち昇った。
「あぢいッ!? あっちちち!」
幻じゃない、本当の炎だ。
そのお皿の上にのっていたディールのパンは、全部、真っ黒焦げの、炭のかたまりになってしまった。
「おやおや。」
フレイオが、せせら笑うように言った。
「どうしました? そんなに驚いたりして。さあ、それを食べればいいじゃないですか。焦げていたって、どうせ同じパンなんですから。」
「この野郎!」
ディールが怒鳴って飛びかかろうとしたけど、
「馬鹿もの、座れ!」
とガーベラ隊長が横からディールの肩を引っつかんで、何とか座らせた。
「隊長、離してくださいや! 俺は、あの野郎を一発ぶん殴らなきゃ、気がおさまらねえ!」
「落ち着け、王子と女王陛下の前で、第一、食事中だぞ!? それに、今、余計なことを最初に言ったのはお前だ。黙って座れ!」
「いや、まあ、確かにそうですが……それにしたって!」
「けんかが多い二人ですねえ。」
タータさんが、四本の手で器用にパンを小さくちぎって口に運びながら、あきれたように言った。
「うん……大丈夫かなあ。」
マッサは、大きくため息をついた。
《王子と七人の仲間》のうち、今で、五人までが集まったことになる。
でも、こんな調子で、ほんとに、大丈夫なんだろうか……?