マッサ、不安になる
「何ですって?」
壁の上のディールを、フレイオが、きっとにらんだ。
「そこのあなた。今の言葉を、もう一度、言ってもらいましょうか。」
「あぁん? いいだろう、何度でも言ってやるぜ。」
ディールは、挑発するような態度で言った。
おい、やめろ、とガーベラ隊長が手で合図を送っているのを、わざと無視している。
どうやらディールは、フレイオのことを偉そうだと思って、むかむかしているらしい。
「おまえの師匠が、どれだけ偉い魔法使いかは知らねえけどな。ぎっくり腰で寝込んじまうようなじじいじゃ、もし来てたとしても戦いの役には立たねえだろうな、って言ったんだ。」
わざと馬鹿にするような調子で、そう言った。
その瞬間、フレイオの赤い目が、ぎらりと光った。
彼は、何も言わずに、どん! と片足で地面を踏みつけた。
その瞬間。
マッサたちが立っている、壁の上の通路全体が、いきなり、ゴォーッと、真っ赤な炎に包まれた!
「わああああーっ!?」
『ブルルルルッ! もえる!』
「うおおおおおっ!?」
「あっちちちちちーっ!」
マッサたちは叫びながら、ぴょんぴょん跳ねまわった。
魔法の炎だ。
このままでは、焼け死んでしまう!
魔法使いたちのなかには、慌てて空に舞い上がった者たちもいた。
マッサだって、飛ぼうと思えば飛べるけど、慌てすぎて、それどころではない。
でも、おばあちゃんだけは、慌てていなかった。
「ふん!」
ごうごうと燃える炎に包まれながら、眉ひとつ動かさずに、おばあちゃんは、どん! と片足で通路の床を踏みつけた。
その瞬間、嘘のように、いままで燃え盛っていた炎が、あとかたもなく消え去った。
通路にも、マッサたちの体にも、服にも、焦げ目ひとつついていない。
「さすがは《魔女たちの都》の女王陛下。」
フレイオが、笑いながら、ぱちぱちと拍手をした。
「今の炎が、幻の魔法によるものだと、一瞬で見抜いてしまわれた。」
「あたりまえじゃろうが。」
おばあちゃんは、呆れたように言ったけど、おばあちゃん以外の人は、マッサやブルーをふくめて全員、すっかり騙されていたことになる。
慌てて空に飛び上がっていた魔法使いたちは、みんな、恥ずかしそうに舞い降りてきた。
「まあ、こんなものは、初歩中の初歩。くだらない目くらましの手品のようなものです。まあ、こんなものにも、だまされる者は、だまされるわけですがね。……しかし、私の実力はこんなものじゃない。もっと強力な魔法を、いくつも使うことができます。大魔王と戦う旅に出るなら、私のような魔法使いが、絶対に必要ですよ。」
フレイオはそう言って、ちらりとディールを見た。
「そうですね、まあ、はっきり言わせてもらえば、そこの失礼な騎士なんかよりも、私が《七人の仲間》に入ったほうが、十倍、いや、百倍は、王子の役に立つでしょうね。」
「何だとっ!」
ディールが、かんかんになって怒鳴った。
立っている場所が、壁の上と下にわかれていなかったら、今この瞬間に、殴り合いのけんかになっていたかもしれない。
「そっちこそ、何だ、ぴかぴか光る、おかしな姿をしやがって! てめえなんかに仲間になられちゃ、こっちは、かえって迷惑だぜ! 夜中に、その調子でぴかぴか光られちゃ、敵から丸見えで、狙い放題の的になっちまうからな!」
「ちょっと、ディールさん……!」
マッサは、思わず止めようとした。
このままでは、本当に殴り合いのけんかになりそうだ。
それに、人の見かけのことを、たとえどれだけ変わっていても、こんなふうに悪口みたいに言うのはおかしい。
でも、マッサがそう言うよりも先に、
「本当に、どうしようもくらい、レベルの低い男ですね。」
フレイオが、氷のように冷たい口ぶりで言い返した。
「そっちこそ、気をつけたほうがいい。あなたの下品な大声は、夜でも昼でも、そこらじゅうにわんわん響きわたって、まるで、敵にこっちの居場所を宣伝しているようなものだ。それこそ、狙い放題の的になってしまうでしょうね!」
「何だと、この野郎……!」
「ディール!!」
ますます言い合いが激しくなりかけたところで、いきなり、ガーベラ隊長が、ごん! とディールの頭にげんこつを食らわせた。
「いでぇっ!? ……ひでえな、隊長! なんで、いきなり殴るんです!?」
「私が、さっきから何度も止めているのに、おまえがまったく話を聞かないからだっ!」
ガーベラ隊長は、ぴしゃりと言った。
「いいか、ディール。今のは、おまえが悪い! 他人の見た目のことを、そんなふうに悪く言う権利は、誰にもないのだ。謝れ。」
「嫌ですね! だって、あいつのほうが、先に悪口を言ってきやがったんですぜ! あいつのほうから先に謝らねえなら、俺は、絶対に謝らねえ。」
ディールは、すねて、ぷいっと向こうを向いてしまった。
まるで、小学生のけんかみたいなことになっている。
「分かった、もう、いい! それなら、私が、おまえの代わりに謝ってやる。……フレイオ殿、先ほどは、私の部下がたいへん失礼した。後で、よーく言って聞かせるので、ここは、どうか勘弁していただきたい。」
ガーベラ隊長はそう言うと、下に立っているフレイオに向かって、深々と頭を下げた。
「ええ、まあ、いいでしょう。そういうことならね。」
フレイオはにっこりと微笑んで、頷いた。
「あなたが、隊長さんですか。隊長さんは、部下とは違って、話の分かる方のようで良かったですよ。
ところで、女王陛下。いつまでも、こうして壁の下と上とで話をするのにも、少し飽きてきました。そろそろ、都の門を開けてはいただけないでしょうか?」
「……よかろう。」
おばあちゃんがうなずくと同時に、ゴオオォォン……と重い音がして、《魔女たちの都》の門が開いた。
マッサは、ものすごく不安になってきた。
フレイオが、五人目の仲間になるんだとしたら、旅のあいだじゅう、ディールとフレイオの大げんかが起こりまくって、とても、大魔王と戦うどころじゃなくなりそうな気がする。
本当に、大丈夫なんだろうか――?