なぞの黒マント、来る
みんなで、お城のろうかを、だだだだだーっと走っていく。
「……ええい、遅い! わしは、先にゆくぞ!」
おばあちゃんが、長い衣のすそをひらりとひるがえして空中に舞い上がり、びゅーん! と、ものすごい速さで窓から飛び出していった。
「あっ、待って! ぼくも行くよ!」
マッサも慌てて追いかけようとしたけど、まだ、飛ぶことにそこまで慣れていないから、おばあちゃんと違って、あの言葉を唱えて、集中しないといけない。
「ヒバリのように高く、竜のように強く、タカのように速く……飛べっ!」
ひゅうーん! と、マッサもたちまち空中に浮かび、
「ごめん、先に行ってるね!」
と仲間たちに叫んで、窓から、ばしゅーん! と飛び出した。
『あっ! マッサ、とんだ!』
「おおー、速いですねえ。」
「あっ、おい、こら! ずるいぞ、マッサ!」
「ディール、ずるいなどと言ってる場合か! 私たちは、走って急行するぞ!」
ブルーと、タータさんとディールと隊長の声が、あっという間に遠くなる。
マッサは、何本もそびえるお城の塔のあいだをすり抜け、いくつもの建物の屋根の上を通りこして、おばあちゃんのあとを追いかけた。
おばあちゃんは、大きな鳥のように衣のすそをはためかせて高度を下げると、都を囲む高い壁の上の通路に、音もなく降り立った。
それから、ちょっと遅れて、マッサも、すたっ! と、おばあちゃんの隣に降り立った。
壁の上の通路には、もう、何人もの魔女や魔法使いたちが集まって、東のほうを、じっと見ている。
「その者は、どこにおる?」
と、おばあちゃんがたずねて、
「あそこです。」
と、見張りについていた若い魔法使いが、遠くを指さした。
マッサは、壁の上の通路のふちに両手をかけて、目を細くして、そっちを見た。
確かに、広々とした草原の中に、たったひとつ、黒い点みたいに見えるものがある。
でも、まだ遠すぎて、マッサの目には、ゴマ粒くらいの大きさの、ただの点にしか見えなかった。
さっき、ガーベラ隊長は、「馬に乗って、こちらに駆けてくるようなのです。」と言っていたけど、本当に馬に乗っているのかどうか、ここからでは、全然わからない。
たぶん、いつも空で戦っているガーベラ隊長は、ものすごく目がいいから、遠くにいるもののことも、よく見えるんだろう。
眉を、ぎゅーっと寄せて、目を、ほそーくしているマッサの隣で、おばあちゃんが、すっと両手をあげた。
おばあちゃんは、右手と左手、それぞれに、人差し指と親指の先をくっつけて輪を作った。
その二つの輪を、自分の片目の前で重ね合わせると、まるで折り畳み式の望遠鏡を伸ばすみたいにして、すうっと、輪のひとつを遠くへ伸ばした。
「ふむ……確かに、馬に乗っておるようじゃな。」
輪をのぞきながら、おばあちゃんが呟いた。
遠くを見ることができる魔法だ。
「女王陛下、あれが、ベルンデールさまでしょうか? 陛下が、この都にお招きになったという……」
「ううむ。」
おばあちゃんは、難しい顔をして、両手をおろした。
「よく分からん。あの者は、黒いマントを着て、深くフードをかぶり、姿を隠しておる。」
「えっ……おばあちゃん、それって、怪しいやつなんじゃないの?」
マッサは、心配になって、そう言った。
だって、もしもベルンデールさんだったら、そんなふうに顔を隠して近づいてくる必要なんか、ないはずだからだ。
「もしかしたら、大魔王の手下とか!?」
「しかし、それでは、相手があのように堂々と姿を見せながら、しかも、一人でやってくる理由がわかりません。」
「あ、そうか……」
若い魔法使いに言われて、マッサは、うーんと考えこんだ。
確かに、敵だったら、あんなふうに堂々と、たった一人で来るのはおかしい。
魔法使いたちに取り囲まれて、あっという間にやっつけられてしまうのが、目に見えているからだ。
「じゃあ、あれは、いったい誰なんだろう?」
「まだ、分からぬ。みな、油断してはならぬぞ。」
「はい!」
みんなが、警戒しながら見守るうちに、馬に乗った黒マントの人影は、どんどん都に近づいてきた。
その頃には、やっと、ブルーとガーベラ隊長とディール、タータさんも追いついてきて、みんなで壁の上の通路に並び、なぞの黒マントの人影を、じっと待ち受ける。
やがて、全速力で走る馬の、ひづめの音が聞こえるくらいのところまで、そいつは近づいてきた。
「ベルンデールでは、ないな。」
じっとそいつを見つめていたおばあちゃんが、急に、はっきりと言った。
「馬に乗っていても分かる。ベルンデールにしては、背が高すぎるし、腰が、まっすぐに伸びすぎている。」
「えっ? じゃあ、ほんとに、あいつは誰……!?」
「止まれ!!!!!」
いきなり、おばあちゃんが、雷みたいに大きな声で叫んだので、マッサは心臓が口から飛び出すんじゃないかと思った。
学校の先生が、運動場なんかで話すときに使うメガホンを、ボリューム最大にしたときよりも、もっともっと大きな声だ。
ふつうに叫んでいるだけじゃなくて、声を響かせる魔法を使っているんだ。
おばあちゃんの声を聞いて、そいつは、ぐっと手綱をひいて、馬を止めた。
馬は、今まで全力疾走していたところを、急に止められて、ヒヒヒーン! といななきながら、後ろ脚で立ち上がった。
それでも、そいつは落っこちずに、しっかりと馬の背中に乗ったままだ。
確かに、百五十才くらいのおじいさんには、こんな芸当はできないだろう。
「そなたはいったい、何者か! その場で顔を見せ、正体を明かすがよい! できぬと言うのならば、すぐにでも、わしらの魔法の矢が、そなたに降り注ぐことになるぞ!」
おばあちゃんは、マッサと初めて会ったときのような、ものすごく怖い話し方をしている。
相手を、敵かもしれないと思って、疑っているんだ。
すると――