マッサ、受け取る
おばあちゃんに案内されて、マッサが着いた場所は、ブルーがお父さんやお母さんと再会した、まさに、あの庭だった。
マッサは、先を歩くおばあちゃんの後ろできょろきょろして、どこかにブルーがいないかな、と探したけど、のんびり寝そべっている虹色のワニや、枝の上で歌っている真っ赤な鳥の姿は見えても、ブルーの姿は、どこにも見当たらなかった。
庭の一角に、森みたいにたくさんの木が生い茂っているところがあって、おばあちゃんは、まっすぐにそっちに歩いていった。
木のあいだの、細いトンネルみたいな道をくぐっていくと、急に、丸い広場みたいな場所に出た。
広場の真ん中に、小さな泉があって、透き通った水が、こんこんと湧いている。
そして、その泉のそばに、一本の木が生えていた。
「うわあ……」
マッサは、思わず声を出して、その木のほうへ近づいていった。
今までに見たことがないくらい、きれいな木だ。
マッサがこれまでに見たことがある、どんな種類の木とも違っている。
ほっそりとのびた幹は、にぶい銀色に光っている。
そして、枝においしげる葉っぱは、葉脈のすじが全部金色で、風が吹くたびに、きらきらと輝いていた。
マッサは、その木に近づいて、そっと、幹を撫でてみた。
幹の手触りは、すべすべで、ひんやりしていた。
ずっと撫でていたくなるような、とっても気持ちのいい手触りだ。
「おばあちゃん、この木、すごくきれいだね! それに、さわりごこちも、すごくいいよ。」
「そうだろう。これはね、お前のお母さんが一番好きだった木だよ。あの子も、よくそうやって、この木の幹をなでていたものだ。」
「えっ?」
マッサは驚いて、思わず手を離した。
ここに……
今、ぼくが立っている、まさにこの場所に、昔、お母さんも立っていたんだ。
そして、ぼくと同じように、この木の幹を撫でて、すっごくすべすべだなあ、と思っていたんだ。
マッサは、もう一度、木の幹にそっと手を当てた。
これまでずっと、見えないくらい遠いところにいる人みたいに感じていたお母さんが、まるで、今この瞬間、すぐそばにいてくれるみたいな、不思議な感じがした。
「あの子は、この木が大好きだった。だから、この木には、あの子のいつくしみの心が宿っている。……さあ、マッサファール、よく見ておきなさい。」
おばあちゃんは、マッサのとなりまで歩いてくると、片手を、てのひらを上にしてさし出した。
そして、ゆっくりと目を閉じ、集中しはじめた。
「あっ!」
何が起こるのかと、マッサが見ているうちに、木の葉のなかの一枚が、ぽうっと光り出した。
その葉っぱは、ぷつっと枝を離れて、おばあちゃんがさし出した手のひらの上に、光りながら、ゆっくりと舞いおりてきた。
おばあちゃんは、もう片方の手をその上にかぶせた。
そして、しばらくしてから、そうっと、上にかぶせた手をはずした。
「うわあ……」
マッサは、目を見開いた。
葉っぱから、もともとの緑色が消えて、金色の葉脈だけが残っている。
まるで、細い光のすじで編んだ、細かい細かいレース細工みたいだ。
「これは、魔法の押し葉だよ。何十年、何百年たっても、決して色あせることはない。これから、おまえは、長い旅に出る。その旅の途中で、おまえが道を見失ったとき、きっと、この木の葉が、おまえを導いてくれるだろう。これを、お守りとして、肌身離さず持っておきなさい。」
この葉っぱが、ぼくを導いてくれるだって?
いったい、どういうことだろう?
まだ、よく分からなかったけど、
「ありがとう、おばあちゃん。旅のあいだじゅう、絶対、大切に持っておくね。」
とにかく、そうお礼を言って、マッサは金色の押し葉を受け取り、ふだんはあんまり使わない、服の胸ポケットに、大切にしまった。
そうしてみると、何となく、おばあちゃんや、お母さんが見守ってくれているみたいで、心強い気がした。
「あっ、ところで、おばあちゃん。」
「何だい。マッサファール。」
「その、旅の話なんだけど。……ぼく、いつ、出発したらいいんだろう?」
マッサは、勇気を出して、そうきいた。
このままずっと、このお城で、安全に、のんびり暮らすことができたら、どんなにいいだろう。
でも、それは絶対に無理だということが、マッサには分かっていた。
『王子と七人の仲間が、魔王を倒し、世界を救う』
あの予言があるからだ。
自分は、もうすぐ、大魔王と戦うための旅に出ないといけない。
まだ宿題が山ほど残っているのに、だらだら先延ばしにして他のことをしているときの、あの、何ともいえず嫌な感じが、この何日かというもの、ずっと心の中に居座っていた。
どうせ、やらなきゃいけないなら、嫌なこととは、早いうちに、正面から向き合って、解決したほうがいい。
すると、おばあちゃんは、意外なことを言った。
「もう少し、待っておくれ。今、お前を助けてくれる仲間を、遠くから呼んでいるところだから。」