ブルー、再会する
それから何日も、マッサたちは《魔女たちの城》で過ごした。
毎日、何人もの魔女たちや魔法使いたちが、マッサのところに集まってきて、いろいろな魔法の使い方を教えてくれた。
でも、空を飛ぶ魔法以外は、どうしても、うまくいかなかった。
火を起こす呪文、水をあやつる呪文、動物や鳥を呼ぶ呪文、壊れたものをつなぎ合わせる呪文……
全部、挑戦してみたけど、どれも、ちっとも成功しない。
マッサは、がっくりして、ガーベラ隊長に相談した。
「おばあちゃんは、どれも、すごく上手にできるんだ。ぼくのお母さんも、できたんだって。それなのに、どうして、ぼくにはできないのかなあ。」
「そういう場合もありますよ。生身で空が飛べるというだけでも、すごいではありませんか。できないことを嘆いているよりも、得意なことを猛練習して、誰にも負けないようになったほうがいい。」
落ち込んでいるマッサを、ガーベラ隊長は、そう言って励ましてくれた。
隊長は、その言葉を、自分の人生で、そのまま実行している人だから、ものすごく説得力がある。
そのガーベラ隊長は、ディールや、《三日月コウモリ隊》の隊長や、ロックウォール砦から来た他の騎士たちといっしょに、毎日、広場に集まって、槍や剣で戦う練習をしていた。
みんな、翼をタータさんの村に預けてきたから、飛ぶ練習ができなくて、かわりに、戦いの技の練習をしているんだ。
タータさんは、というと、ものすごく広い《魔女たちの城》の中を、毎日、ぶらぶら散歩して、いろんな珍しいものを見つけては、「へえ!」とか「すごい!」とか言って、感心していた。
隊長たちとは違って、戦いの練習はちっともせずに、のんびりしている。
散歩しているタータさんの姿を見かけるたびに、マッサは、ちょっと心配になった。
そのうち、みんなで大魔王と戦うことになるのに、タータさんは、あんなにのんびりしていて、本当に大丈夫なのかな?
あと、心配といえば……そう、ブルーのことだ。
今、ブルーは、マッサのそばにはいない。
《魔女たちの城》に来て、マッサが初めて魔法で空を飛んだその日に、もうひとつ、大きな出来事が起こっていた。
「マッサファール。そのイヌネコネズミウサギリスを連れて、こちらに来なさい。」
『ぼく、イヌネコ……ナントカカントカじゃない! ブルー!』
怒っているブルーをつれて、マッサは、おばあちゃんの後についていった。
おばあちゃんが、マッサたちを案内してくれた先は、たくさんの木が生えた、美しい花の咲き乱れる庭だった。
色とりどりの花が咲くしげみのあいだに、たくさんの鳥たちや動物たちがいて、どの生き物も、仲よさそうに、のんびり歩き回ったり、寝そべったりしている。
「ほら、あそこを見てごらん。」
おばあちゃんが指さしたほうを見ると、近くの木の枝の上に、真っ白な毛のふさふさした、小さな生き物が二ひき、座っているのが見えた。
「あれが、この城の庭に住んでいるイヌネコネズミウサギリスの夫婦だよ。」
「あっ!」
マッサは、思わず声をあげた。
その生き物たちは、どちらも、ブルーにそっくりな姿をしていたからだ。
マッサの声で、こっちに気がついたのか、二ひきのイヌネコネズミウサギリスはびっくりして飛び上がり、きょろきょろして、すぐに、マッサたちを見つけた。
『あっ!』
二ひきのイヌネコネズミウサギリスは、同時にそう叫んで、宝石みたいに青い目をまん丸に見開いて、マッサを見つめた。
――いや、彼らは、マッサを見ているんじゃない。
彼らが見つめていたのは、マッサが抱っこしている、ブルーの姿だ。
『プルルプシュプルー!』
イヌネコネズミウサギリスたちは、まるで呪文のような不思議な言葉を叫んで、すごい勢いでこっちに駆け寄ってきた。
「えっ、何!?」
マッサとブルーが驚いていると、イヌネコネズミウサギリスたちは、ブルーを近くからじっと見て、それから、ぴょんぴょんぴょんぴょん、すごい勢いで飛びはねはじめた。
『プルルプシュプルーが! 私たちのプルルプシュプルーが、帰ってきた!』
『私たちの子供! 私たちの子供! かわいいプルルプシュプルーが、帰ってきた!』
「ええっ!?」
マッサは、さっきよりも、もっと大きな声で叫んだ。
私たちの子供……ということは、このイヌネコネズミウサギリスたちは……?
「もしかして、あなたたちは、ブルーのお父さんと、お母さん!?」
『ブルー?』
二ひきのイヌネコネズミウサギリスたちは、飛びはねるのをやめて、不思議そうにマッサを見た。
『ちがいます、ちがいます。私たちは、そこにいるプルルプシュプルーの父と母です!』
『そうです! その子は、私たちと同じ目をしている! プルルプシュプルーに間違いありません。赤ん坊の頃に、王子さまと一緒にいなくなってしまった、私のかわいい赤ちゃん!』
『……なに?』
ブルーは、何がどうなっているのか、全然わからずに、目をぱちぱちさせている。
『あかちゃん? なにが? ぼく? ちがう、ちがう。ぼく、ブルー!』
「ブルー……あのね、このひとたちが、君の、おとうさんと、おかあさんなんだよ。」
マッサは、どうしてだか分からないけど、ちょっと泣きそうになりながら、言った。
『おとうさんと、おかあさん?』
ブルーは、マッサに抱っこされたまま、まだ、よく分からないという顔をしている。
『ああ、プルルプシュプルー!』
二ひきのイヌネコネズミウサギリスたちは、また、ぴょんぴょん飛びはねながら叫んだ。
『私たちの子供が帰ってきた! おかえり、プルルプシュプルー! 私が、おまえのお父さんだよ。』
『私が、あなたのお母さんよ! 私たちは、一日も、あなたのことを忘れた日はなかった!』
『おとうさんと、おかあさん……』
ぼんやりと繰り返したブルーの顔が、急に、ぱあっと輝いた。
『おとうさんと、おかあさん!?』
『そうだよ、プルルプシュプルー!』
『ああ、おかえり、プルルプシュプルー!』
ブルーは、マッサの腕から、ぴょーんと飛び出した。
三びきのイヌネコネズミウサギリスたちは、おたがいをぎゅーっと抱きしめあい、すりすりすりすりと頬ずりをして、まるでひとつの大きな白い毛玉みたいに、ぎゅーっとくっつきあった。
『おとうさん! おかあさん! ぼく、かえってきた!』
「本当に、よかったね、ブルー……」
そう呟きながら、マッサは、いろんな気持ちで心がごちゃごちゃになって、泣きそうになった。
ブルーが、両親と会うことができて、本当によかったという気持ちもある。
ぼくのお父さんとお母さんはどうなっちゃったんだろう、ぼくも会いたい、という気持ちもある。
お父さんとお母さんに会えたブルーがうらやましいな、という気持ちもある。
そして、一番大きかったのは、さびしい気持ちだった。
こっちの世界に来てから、ずっと一緒に旅をしてきたブルーが、もう、ぼくのところから離れていってしまうんじゃないか、という気持ちだ。
今も、ブルーは、お父さんとお母さんといっしょに、あの庭にいる。
ずっと会っていなかった家族と、やっと会えたんだから、これまでのぶんも、できるだけ一緒にいたいと思うのは、当たり前だ。
それでも、マッサは、さびしい、と思う気持ちを止められなかった。
それに、さびしいだけじゃない。
心配だった。
もう、ブルーは、ぼくと一緒に来てくれないんじゃないか、という心配だ。
もうすぐ、マッサたちは、大魔王と戦うための旅に出ないといけない。
ブルーは、せっかく、このお城で、お父さんとお母さんに会えたんだ。
ものすごく危ない目に遭うかもしれない、大魔王との戦いの旅に出るのと、このお城で、安全に、家族と一緒に暮らすのと、どっちがいいかって聞かれたら、それはもちろん……
「マッサファール。」
ブルーのことを考えて、一人でため息をついていたマッサのすぐそばに、いつのまにか、おばあちゃんが来ていた。
「あっ、おばあちゃん……何?」
「お前に、見せたいものがある。さあ、ついておいで。」