マッサファール王子、帰る
「止まれ! ……うわっ!」
止まれ! と思った瞬間、ぐうっ! と引っ張られるような感覚があって、マッサは、空中に、ぴたっと止まった。
足元には、床も何もないのに、しっかり止まって、少しも怖くない。
もしかしたら、右とか、左とか、行きたいほうに、自由に飛ぶこともできるのかな……?
「よし、行くぞ! そーれーっ!」
マッサは、空中で勢いをつけてジャンプして、ひゅーんと、風の中に、突っ込んでいった!
「うわあああああああ!」
なんて、気持ちがいいんだろう!
怖いからじゃなくて、気持ちがよすぎて、叫んでしまうくらいだ。
本当に、この体ひとつで、鳥みたいに自由に空を飛んでいる。
くるくるくるっと回転しながら飛んだり、ぎゅーんと急カーブしたり、ジェットコースターみたいに大きく宙返りをしたり、思いのままだ。
そのたびに、耳元でひゅーんひゅーんと風がうなり、服のそでや、すそが、バタバタバタバタッ! と音をたてる。
風が全身にぶつかってきて、涼しくて、すっごく気持ちがいい!
「王子さま!」
いつのまにか、他の魔法使いたちも飛んできて、マッサのまわりを囲み、お祭り騒ぎをしはじめた。
「王子さまだ、王子さまだ! やっぱり、本物の王子さまだ!」
「マッサファール王子さま、ばんざーい!」
「王子さまが、都に帰ってきたぞーっ!」
どーん、どーん! と、また、魔法の花火があがりはじめる。
「イヤッホォーウ!」
魔法の紙ふぶきが、きらきら舞い散る中を突っ切って、マッサは自由自在に飛びまわった。
すごい、すごいぞ!
本物の鳥に、いや、ドラゴンになったみたいな気分だ!
すごい速さで、マッサが飛ぶと、魔法使いたちも、負けずについてきて、まるで、鳥たちのむれが、リーダーの後について飛んでいるみたいになった。
「王子さま、飛ぶのは、久しぶりなんでしょう? お上手ですね!」
「さすが、王子さまだなあ!」
「これで、私たちも安心だ! あの予言は、かなうんだ! 『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う』!」
その言葉を聞いた瞬間、マッサは、はっとした。
そうだ。
飛べるようになったのが嬉しくて、つい、調子に乗っていたけど、それどころじゃなかった。
ぼくが、本当の本当に、王子だったっていうことは、ぼくは、七人の仲間といっしょに、大魔王を倒しにいかなくちゃならないんだ――
そもそも、何のためにこの都まで来たのかということを、やっと思い出して、マッサは、ひゅーん! とたちまち高度を下げ、お城の窓から、《玉座の間》に飛び込んでいった。
「ただいま!」
『マッサ! とんでた! マッサ! とんでた!』
真っ先にかけつけてきたのは、ブルーだ。
すごい勢いで、ぴょーんと飛びついてきて、すりすりすりすり! とマッサに体をこすりつけてくる。
「すげえなあ、あいつ……本当に、飛びやがった。」
「ふふふ、わたしは、最初から、大丈夫だと、思っていましたよ。」
ディールとタータさんが、そう話しているのが聞こえた。
「王子! 見事な魔法でした。」
「ガーベラ隊長!」
マッサは、ブルーをだっこしたまま、隊長の前に駆け寄った。
「隊長、本当にありがとう! 隊長が、あの呪文を教えてくれなかったら、ぼく、今ごろ、ソラトビライオンにかじられるか、窓から下に落っこちるかして、死んじゃってたよ!」
「ああ……ええ、まあ。」
隊長は、何だか、いつものようにはきはきせずに、ごにょごにょと言った。
「えっ、どうしたんですか?」
「ええ……いや、今だから、正直に言いますが。」
隊長は、申し訳なさそうな顔で言った。
「実は、あれは、嘘だったんです。」
「……えっ? あれって……どれ?」
「空を飛ぶ呪文です。あれは、私が作った、ただの言葉で、別に、魔法の呪文でも何でもありません。」
「…………えええーっ!?」
マッサは、思わず、引っくり返りそうになった。
「ただの言葉って……えっ!? なんで!? でも、ぼく、飛べたよ!?」
「魔法使いは、飛ぼうと思えば、飛べる。自分が飛べると信じていれば、思っただけで飛べるのです。逆に、飛べないと思ったら、いくら素質があっても、飛べない。……だから、私は、わざと嘘の呪文を言って、これさえ唱えればきっと飛べる、と、王子に信じさせた、というわけです。」
「そ、そ、そんなあ! じゃあ、もし、ぼくが本当に王子じゃなくて、魔法の素質がなかったら、ぼく、今ごろ、窓から落っこちて……!?」
「そうなったら、私も、責任をとっていました。……でも、まあ、また飛べるようになったんだから、いいじゃないですか! 本当におめでとうございます、王子!」
ガーベラ隊長は、急に軽くそう言って、ぽーんとマッサの肩を叩いた。
隊長も、やっと、今までの緊張がとけて、ほっとしたんだろう。
「うん、そうだね。ありがとう、隊長!」
マッサも、ぽーんと隊長の腕を叩いて、二人で、わっはっはと笑った。
「あっ、そうだ。ほら、王子……」
隊長がささやいて、腕をふり、マッサをうながした。
マッサは、そっちを見て、あっと驚いた。
女王が、玉座のある階段の上から降りてきて、床に立ち、こっちを見ていた。
さっきまでの偉そうで、怖そうな様子とは、まるで別人のように、ぽかんとした、信じられない、というような顔で、女王は、マッサを見ていた。
「ほ、ほ、ほ、本当に?」
女王は、震える声で呟いた。
「本当に……おまえかい? わしの孫……マッサファール……」
さっきまで、疑い深そうにこっちを見ていた、しわしわの顔の、意地悪そうなしわが、すうっと消えていった。
女王の曲がっていた背中が、すうっとのびて、優しそうで、気品のある、美しいおばあさんの姿になった。
「本当に? 夢ではないのか? 本当に、帰ってきた……マッサファール……わしの、大切な、宝物……」
「うん、ぼく、本物です。帰ってきました。……ただいま、おばあちゃん……!」
マッサは、思い切って、おばあちゃんの胸に飛び込んだ。
おばあちゃんの腕が、ぎゅうっと抱き返してくれる。
魔法使いたちと、仲間たちが、歓声をあげた。
マッサは、これまでの人生で、一番、幸せな日だと思った。