隊長、思い出す
「ええっ!?」
マッサが、思わず仲間たちのところへ後ずさろうとすると、ざっ! と踏み出してきた魔法使いたちが、いっせいに、杖を交差させた。
ゴツン!
「痛あっ!?」
頭の後ろが、何か、かたいものにぶつかって、マッサは悲鳴をあげた。
見ると、マッサと、仲間たちとのあいだに、いつのまにか、透明なガラスみたいな壁ができている。
魔法使いたちが、マッサを逃がさないように、魔法で、壁を作ったんだ。
『マッサ! たすける!』
ブルーが叫んで、魔法使いたちに噛みつこうとしたけど、その体が、急に、ふわっと浮かび上がった。
魔法使いのひとりが、ブルーを指さしている。
魔法を使って、ブルーを、空中に浮かびあがらせたんだ。
『ブルルルルッ! おろせ! おろせ!』
「ブルー!」
空中でばたばたと暴れているブルーを助けたくて、手を伸ばしたけど、その手は、魔法の壁にはじき返されてしまった。
そのあいだに、玉座から立ち上がった女王が、杖を持ち上げて、大きく振った。
すると、玉座の後ろにあった扉が、ゴォン……と重い音を立てて開き、そこから、のっそりと、大きな生き物が出てきた。
それは、真っ黒な毛並みの、ものすごく大きなライオンだった。
しかも、背中には、大きな翼が生えている。
「これは、わしのペットの、ソラトビライオンじゃ。大嘘つきの、極悪人は、ソラトビライオンの餌にしてやる!」
ソラトビライオンが、グオーッと吠えて、真っ赤な口と、ぎらっと光る長い牙が見えた。
マッサは、悲鳴を上げることもできずに、その場にへたりこんだ。
逃げたかったけど、あの口で、がぶっとかじられる! と思ったら、怖すぎて、腰が抜けてしまったんだ。
いや……待てよ。
大丈夫、ぼくは、絶対に、けがもしないし、死んだりしない。
だって、ぼくには《守り石》が――
「ああっ!」
マッサは、あまりのショックに、気を失いそうになった。
今、マッサは《守り石》を持っていない。
《守り石》は、魔法で取り上げられてしまって、今は、女王の手の中だ!
「女王陛下! お待ちください、早まってはなりません! どうか、もっと、時間をかけて、じっくりとお調べください!」
ガーベラ隊長が、必死に叫んだけど、
「黙れ、ガーベラ! ……おまえこそ、落ち着くのじゃ。魔法も使えぬような子供が、わしの孫、この国の王子であるはずがないではないか。」
女王は、冷たく言った。
でも、ガーベラ隊長は、あきらめない。
「私の父も、母も、魔法が使えました。しかし、私は、まったくだめだった! いくらがんばっても、十かぞえるあいだ、空中に浮かんでいることもできなかった。そういう場合も、あるのです。ですから、魔法が使えないというだけで、王子ではないと決めつけるのは――」
「おまえは、何にも分かっておらぬな。」
女王は、ため息をつくようにして、言った。
「言ったであろう? 魔法の素質を持つ赤ん坊は、ゆりかごの中に寝ておるときから、勝手にふわふわ飛んでいくものじゃと……。わしの孫、マッサファールはな、生まれてすぐのとき、よく、ゆりかごを飛び出して、ふわふわ飛んできよったものじゃ。このわしの腕の中にのう……。本当に、かわいかった。わしの宝物じゃった……。
じゃが、それからすぐに、戦争が始まった。あの子を抱いたのは、それが最後じゃ。」
途中で、厳しい女王の声は、一瞬だけ、優しいおばあちゃんのようになった。
でも、すぐに、氷のように冷たく、鉄のようにかたい声に戻って、女王は言った。
「これで、分かったであろう。わしの孫は、赤ん坊の頃、自然に魔法を使っておった。そのまま大きくなったならば、今でも魔法が使えるはずじゃ。」
「そんな……」
さすがのガーベラ隊長も、それ以上、何を言い返すこともできなかった。
女王の横で、ソラトビライオンが、グオオオオオッ! と大きな口を開けて吠えた。
女王が、きっとマッサをにらんだ。
「わしだって、最初のうちは、信じておったのじゃ。娘や孫が死んでしまったはずはない、きっと、どこかで元気に生きておるじゃろう、とな……。
じゃが、この十年のあいだ、現れたのは、孫や娘のふりをして、城に入り込もうとする、大うそつきの詐欺師や、大魔王の手下ばかり! 何度も、騙されかけたわ。もう、信じぬわい。
孫の偽者め、もうおしまいじゃ! あと、十秒。九、八、七、六……」
のっし、のっしと、ソラトビライオンが階段を下りてくる。
数字が、ゼロになったら、飛びかかってきて、マッサを、ばりばり、食べてしまうだろう。
マッサは、逃げたかったけど、まだ、完全に腰が抜けていて、立ち上がることもできなかった。
『マッサ! マッサ!』
ブルーが叫んだ。
「マッサ! ちくしょう、離せ!」
ディールが叫んだ。
「マッサ!」
タータさんが叫んだ。
「女王陛下、どうか、もう少しだけ、お待ちを!」
《三日月コウモリ》隊の隊長が叫んで、
「……あああああああぁっ!?」
と、急に、ガーベラ隊長が、聞いたこともないような大声で叫んだ。
あんまり、その声が大きかったので、集まっていた魔法使いたちも、仲間たちも、マッサも、女王も、 ソラトビライオンまでもが、びくっ! と、その場で飛び上がった。
「なんじゃ、ガーベラ! 急に、大きな声を、出すな!」
「申し訳ありません、陛下! しかし、ちょっと、お待ちください。ちょっとだけ!」
「何が、ちょっとだけ、じゃ! わしは待たんぞ! ソラトビライオンもな!」
「いえ、そこを何とか! どうか、ちょっとだけ、私に時間をください。どうしても、彼に、話しておきたいことがあるのです!」
「ふん! ……しかたがない。では、ちょっとだけじゃぞ。」
女王がそう言うと、魔法使いたちが、魔法の壁を消して、ガーベラ隊長を通した。
隊長は、すぐに、マッサのそばに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、王子!」
「ううう……ガーベラ隊長、ぼく、王子じゃなかったんだ……嫌だよ、こわいよ、ライオンに食べられたくないよう……」
「元気を出してください、王子。」
ガーベラ隊長は、はっきり、二度も、マッサを「王子」と呼んだ。
「昔、飛べたなら、今も飛べます。あなたは、きっと、飛び方を忘れているだけです。思い出せば、必ず飛べます。」
「でも、ぼく、そもそも、王子かどうか分からないんだよ!? もともと、全然関係なかったら、魔法なんて、使えるわけないし……」
「大丈夫!」
ガーベラ隊長は、力強く、マッサの両肩に手を置いた。
「王子は、マッサファール王子さまに間違いありません。私は、昔、あなたの母上にお目にかかったことがあります。その目や、鼻、あごの形……どこも、母上にそっくりです。王子は、王子なんですから、自信を持ってください。」
「……おい、もう、だいぶ経ったぞ!」
女王が、じれったそうに言って、ソラトビライオンが、グルルルル、と唸った。
「あと、少し! あと少しだけ、お待ちください。……王子、よく聞いて。」
女王に向かって叫んだガーベラ隊長は、怖いほど真剣な表情になって、マッサに顔を近づけた。
「いいですか。あなたは、飛び方を忘れているだけだ。私が、空を飛ぶための呪文を教えてさしあげます。魔法学校で、小さいころに習ったのを、ついさっき、思い出したんです。それを唱えれば、あなたは、必ず飛べる!」