マッサ、うたがわれる
「だれじゃ、おまえは?」
「……えっ?」
急に、そんな声が聞こえて、マッサは、一瞬、だれに何を言われたのか分からなかった。
「だれじゃ、おまえは。」
もう一度、同じ声が、同じことを言った。
マッサは、おそるおそる、顔を上げてみた。
高い階段の上の、立派な玉座に、髪の白い、背中の曲がった、しわしわの、怖そうなおばあさんが一人、こしかけている。
「だれなんじゃ、おまえは。……おまえ。そう、おまえじゃよ。」
「えっ?」
おばあさんに指さされて、マッサは、何がなんだか、分からなくなってしまった。
「だれって、だれって……ぼくは……マッサです! ……えっ? あなたは……ぼくの、おばあちゃんじゃ、ないんですか!?」
まさか、あの人は、おばあちゃんの偽者なのか?
でも、まわりの大臣たちも、後ろにいる隊長たちも、だれも騒いでいない。
だから、やっぱり、あれは、本物の女王、ぼくのおばあちゃんのはずだ。
それなのに、どうして、おばあちゃんは、あんなことを言うんだろう?
「ぼくの、おばあちゃんじゃ、ないんですか、じゃと?」
玉座に座った女王は、わざと、嫌な感じで、マッサの言葉を真似した。
「そりゃ、わしのほうが聞きたいわい。おまえが、どうして、わしの孫なんじゃ?」
「……えっ!?」
「わしの孫は、十年前の戦争で、死んでしもうたんじゃ。娘や、娘の婿といっしょにのう。それが、今になって、ひょこひょこ出てくるなどということが、あるものかい。」
ああ、そうか! と、マッサは思った。
あんな言い方をされて、最初はすごくショックだったけど、よく考えたら、当たり前のことだ。
十年間も、死んだと思っていた相手が、いきなり出てきたら、そりゃあ、びっくりするし、疑うのが当たり前だ。
「でも、ぼく、本当は、遠くで生きてたんです! ちゃんと、元気です。それで、ここに帰ってきたんです!」
「おまえは、わしを、馬鹿にしておるのかな。」
女王は、暗い調子で言った。
「わしが、きちんと確かめなかったとでも、思うておるのか? わしは、十年前の戦争が終わったとき、わしの孫や、娘や、婿たちが生きていないか、そこらじゅうを探し回った。
じゃが、どれほど必死になって探しても、生きているというしるしは、どこにも見つからなかったのじゃ。……のう、そうじゃったな、大臣?」
「はっ……その通りです、女王陛下。」
えらそうな大臣たちが、かしこまって、頭を下げた。
「ほれ、見い。一度、いなくなったものが、急に出てくるなど、おかしなことじゃ。わしの孫は、十年前の戦争で、死んでしもうたんじゃ。おまえは、きっと、孫の、偽者に違いない。」
「偽者……!?」
『にせものじゃない!』
ショックを受けたマッサのかわりに、後ろから、叫び出した声があった。
ブルーだ。
ブルーは、かんかんに怒って、いつもの二倍くらいの大きさに、ぶわっと毛をふくらませて、叫んだ。
『にせものじゃない! マッサ、にせものじゃない! マッサは、ほんとの、マッサ! にせものじゃないっ!』
「いったい、何じゃ? そこの、うるさいもじゃもじゃは……」
そう言いかけて、女王は、急に、はっとした。
「いや、待て。その生き物……まさか、イヌネコネズミウサギリスではないか?」
「えっ!?」
女王が、急に、おかしな長い名前を言ったので、マッサは、思わず、今までの深刻な会話を忘れそうになった。
「すみませんが、今、何て、おっしゃったんですか? イヌ、ネコ……?」
「イヌネコネズミウサギリスじゃ。」
女王は、すらすらと言って、首を傾げながら、ブルーをじっと見た。
「イヌネコネズミウサギリスは……本来、この城の庭にしか住んでおらぬ、とても珍しい生き物。生まれたばかりの赤ん坊の友だちにと、わしの娘が、同じ赤ん坊のイヌネコネズミウサギリスを、一匹、世話しておった……いや、しかし……」
信じられないというように、そこまで一人でぶつぶつと言ってから、女王は、はっとしたように、ぶるぶると白髪頭を振った。
「いや、いや、これは、単なる偶然じゃろうな。ひょっとしたら、城の庭から逃げだしたイヌネコネズミウサギリスが、野生になったものかもしれん。」
「いいえ。おそれながら、申し上げます、陛下! 決して、偶然などではありません。」
マッサとブルーの後ろから、ガーベラ隊長が進み出て、言った。
「私は、ロックウォール砦の翼の騎士団《夜明けのタカ》隊の隊長、ガーベラと申します。私が、マッサファール王子とはじめてお目にかかった時から、このブルーは、王子といっしょにおりました!」
『いっしょ! ぼく、マッサといっしょ!』
横から、ブルーも、大きな声で言った。
「そして、証拠は、それだけではございません。……さあ、王子。あれを出してください!」
「……ああ!」
今度は、マッサも、一度で、何のことか分かった。
マッサは、襟元から《守り石》を引っぱり出し、その緑色の石がよく見えるように、女王に向けてかかげた。
「これを見てください。《守り石》です! これは、代々、魔女の一族が持つものなんでしょう? ぼくは、これを持っています!」
マッサは、自信をもって、堂々と言った。
これまで、誰に、どれだけ疑われたときも、《守り石》を出せば、みんなが信じてくれた。
きっと、女王も――おばあちゃんも、これでやっと、マッサが本物の孫だということを、信じてくれるだろう。
「ふうむ……?」
女王は、玉座の上で身を乗り出し、目を細くして、《守り石》をじろじろと見た。
「すまぬが、わしは、年寄りで、目が悪くてのう。もうちょっと、近くに……そう、それを、首から外して……もっと、こう、高く持ち上げて、よーく見せてくれぬか。……もしも、よーく見られて、困ることがないというのならばな。」