マッサ、緊張する
「女王陛下は、上の《玉座の間》でお待ちです。」
大臣たちは、そう言いながら、マッサたちを立派な廊下の奥へ、奥へと案内していった。
「いよいよですねえ。」
後ろで、タータさんが、ひとり言みたいにつぶやいている。
何だか、すごく嬉しそうだ。
マッサのほうは、というと、やっとおばあちゃんに会えることは、確かに嬉しいけど、それよりも、初めて会う緊張のほうが、ずっと大きかった。
「さあ、こちらへ。」
と、通された場所は、廊下の突き当たりの、丸い部屋だった。
上を見上げてみて、マッサは、驚いた。
ずうっと上のほうまで、天井がない。
ビルみたいな高さの建物の、全部の階が「吹き抜け」になっている。
「みなさま、もう少し、真ん中に集まってください。」
大臣たちは、重々しく、マッサたちを丸い部屋の真ん中に集めた。
そして、大臣たち自身も、マッサたちのまわりをとりかこむようにして立った。
「……何だ?」
ディールが、警戒するような調子で呟いた。
マッサにも、わけがわからない。
ここはただの、何もない、丸い部屋で、《玉座の間》ではなさそうだし……
何のために、ここに立ちどまったんだろう。
いったい、これから、何が始まるんだろう?
そのときだ。
「うわ!」
急に、ふわっと体が浮き上がって、マッサは、思わず声をあげた。
いや、違う。
「床が!」
そう叫んだのは、タータさんだ。
マッサたちが集まって立っている、丸い床そのものが、ふんわりと浮かび上がって、建物の中を、すーっと、のぼりはじめたのだ。
「そうか、これは、魔法のエレベーターなんだ!」
「えべれった? ……ってのは、何だ?」
ディールが、少し怖いけど、怖がっているところを見せないように、わざと平気な顔をしている、という感じの声で、言った。
「エレベーターっていうのは……ちょうど、こういう、自動的に、上がったり下がったりする部屋です。」
「はあ、なるほどな。魔法か。」
「そうです。」
もちろん、エレベーターは、魔法じゃなくて、機械で動くものだけど、細かい説明をするのが難しいから、マッサは、適当に話をあわせてしまった。
最初は、ゆっくり、だんだん速く、床は、上へとのぼり続ける。
縦に長い窓が、壁にいくつも開いているから、乗っていて、その動きがよく分かった。
(これ、いったい、どこまで行くんだろう!?)
マッサは、だんだん、心配になってきた。
さっきまで、はるか上のほうにあった天井が、どんどん近づいてきている。
このまま、床が止まらなかったら、マッサたちは、天井と床にはさまれて、ぺっちゃんこに潰されてしまうじゃないか!
「すみません、上が! 危ない! この床を止めて――あっ」
マッサが、思わず叫んだときだ。
丸い天井の真ん中から、まるでホールケーキを切りわけたみたいな光の線が、すーっと広がって、天井全体が、花が咲くみたいに、音もなく上に開いた。
まるで宇宙船みたいな開き方だ。
マッサも、他のみんなも、びっくりしすぎて、あんぐりと口を開けてしまった。
開いた天井を通り過ぎると、すぐに、床の動きはゆっくりになり、ぴたっと止まった。
「着きました。あちらが《玉座の間》でございます。」
一緒に乗っていた大臣たちが、慣れた様子で先におりて、そこから続いている、長い廊下に列をつくる。
豪華な廊下には、赤いじゅうたんが敷かれていて、その突き当たりに、黒と金色の、大きな扉があった。
「さあ、王子。」
隊長に後ろから囁かれて、マッサは、床から降り、廊下を歩き始めた。
胸の中で、心臓が、どきどきどきどき、どんどんスピードを上げている。
このままじゃ、おばあちゃんに会う前に、ぼん! って、心臓が爆発しちゃいそうだ。
「女王陛下に申し上げます。マッサファール王子さまが、お戻りになりました!」
扉の前に着くと、そこに立っていた魔法使いが、扉の向こうにも聞こえるくらいの大きな声で叫んだ。
ガン! と、重い掛け金がはずれるような音がして、ギギギギギーッと、扉が開き始める。
マッサは、吸い込まれるように、《玉座の間》の中へと入っていった。
《玉座の間》は、ものすごく豪華に飾られた、天井の高い、奥に長い部屋だった。
天井は、それ自体がきらきら光って、部屋を明るく照らしている。これも魔法の力だ。
右と左には、太い柱が何本も、ずらりと並んで、そのあいだに何人もの魔法使いたちがいた。 きっと、城で働いている人たちだ。
みんな、一言もしゃべらずに、マッサたちの姿を見つめている。
足元には、ここまでと同じ赤いじゅうたんがまっすぐに敷かれて、部屋の一番奥にまで続いていた。
そこには、高い階段があって、階段の一番上に、大きな立派な椅子があった。
あれが玉座だ。
その玉座に、誰かが座っている。
あれが、おばあちゃんだ。
マッサは緊張しすぎて、見上げることもできず、かちんこちんになって、足元の赤いじゅうたんだけを見つめながら進んでいった。
とうとう、高い階段の真下まで来ると、マッサは立ち止まり、
「あの、あの……こんにちは! はじめまして!」
できるだけ大きな声を出して、いっしょうけんめい、喋りはじめた。
「ぼくは……ぼくの名前は、マッサです! マッサファールって言う人もいます。ぼく、みんなに送ってもらって、今日、このお城まで来ました……えーと……」
マッサは、勇気をふるって、そっと、言ってみた。
「あの……おばあ、ちゃん?」