マッサ、歓迎される
「あっ、こら、てめえ! 逃げるんじゃねえ! この……」
「いい加減に、しろっ!」
しつこくセラックを追いかけようとしたディールの頭を、隊長が、ごん! とげんこつで一撃した。
いてえっ!? と叫んで地面に倒れたディールのまわりを、ブルーが、ぐるぐる回って、
『だいじょうぶ? だいじょうぶ?』
と、心配している。
「やっぱり、ガーベラ隊長は、この都にいたことがあるんですね?」
マッサがたずねると、隊長は、ええ、と頷いた。
「私は、この都で生まれたのです。父親も、母親も、魔法使いでした。でも、私は、魔法が全然だめで、魔法学校の勉強にも、全然、ついていけなかった。友だちは、習った魔法を使って、すいすい、空を飛んでいるのに、私は、ちょっと浮かぶこともできなかったんです。それで、私は、この都を出て、もっと、自分に向いている道がないか、探すことにしたんです。」
「そうか! それで、それで《翼の騎士団》に入ったんですね?」
「ええ。魔法が使えなくても、体を鍛えて、技を磨けば、空を飛ぶことができる。それが嬉しくて、猛特訓したものですよ。すぐに、大魔王との戦争が始まったので、半分は、戦いながら覚えたようなものでしたが。」
ガーベラ隊長は、笑いながら、そう話した。
隊長は、昔、魔法や勉強が全然できなかったことを、悔しいとは思っていないみたいだ。
今は、《翼》で空を飛ぶ技や、戦いの技に自信があるから、堂々としていられるんだろう。
マッサは、そんな隊長が、かっこいいと思った。
「あっ、そういえば、あのセラックっていう人、壁の中に飛んで行っちゃいましたけど……ぼくたち、結局、なかに入れてもらえるのかな?」
マッサがそう言った、次の瞬間。
シューッ! と、鋭い音がした。
マッサたちが立っている場所の真横で、都の壁の上から下まで、たて一文字に、金色の光の線が入る。
光の線は、たちまち太く、強く輝きだし、
ゴオオォォォン……
と重い音を立てて、そこから、大きく左右に開き始めた。
マッサは、緊張して、その光を見つめた。
《守り石》を見せたとき、セラックさんはすごく驚いていたけど、ちゃんと、信じてもらえたんだろうか?
偽者だと、思われたりしていないかな?
映画のワンシーンみたいに、ひらいた扉の中に、強い魔法使いたちがずらっと並んでいて、いきなり攻撃してきたり、なんてことは……
「おっ!?」
まぶしそうに目を細めながら扉の中をにらみつけていたディールが、驚いたように声をあげた。
ひらいた扉の中に、長い衣をきた、何十人もの魔法使いたちが、こっちを向いて、ずらっと並んでいる――
「マッサファール王子!」
その先頭で、棒みたいにまっすぐに気をつけをしたセラックが、大きな声で叫んだ。
「お帰りなさいませ! あなたのお帰りを、我ら一同、心より、お待ち申しあげておりました!」
『お帰りなさいませ!!』
列に並んだ魔法使いたちが、いっせいに叫んで、その場にひざまずいた。
それだけじゃない。
奥に見えている街を歩いていた人たちも、屋根の上を飛んでいた魔法使いたちも、全員が、マッサに向かって深々と頭を下げた。
「うわっ……」
マッサは、びっくりして、その様子を見つめた。
ガーベラ隊長に、初めて砦に連れていかれて、騎士団の偉い人たちに《守り石》を見せたときと同じだ。
でも、あの時よりも、今のほうが、ずっとずっと人数が多い。
「はっはっは! やっと、分かったらしいな。」
と、マッサの後ろで、ディールがいばって、
「おまえが、いばるな。」
ごん! と、ガーベラ隊長が、げんこつを落としてから、ささやいた。
「王子、みなに、何か、一言。」
「ええっ!?」
急に言われて、マッサは、ますますびっくりした。
砦で、みんなの前でしゃべったときには、まるで小学校の校長先生みたいだと思ったけど、今回は、もっと大変だ。
式典の最初に登場して演説する、市長さんくらいのレベルになっている。
でも、マッサが何かしゃべらないことには、ひざまずいている魔法使いたちが、このまま動けない。
「……えー、みなさん!」
マッサは、テレビで見たことがある市長さんの話し方のまねをして、できるだけ大きな声で言った。
「はじめまして! みなさん、お出迎え、ありがとうございます。ぼくは、マッサです。ここにいるみんなに送ってもらって、この《魔女たちの都》に来ました。……えー……ぼくが、何をしにきたかというと、まずは、ぼくのおばあちゃんに……いや、祖母に、会いに来ました! それで……えー……あの……」
と、マッサが、緊張しすぎて、つっかえてしまったところで、
「我々が、どこで、どのようにして王子様とめぐり会うことができたのかについては、後ほど、ゆっくりと説明させていただこう。」
と、ガーベラ隊長が、堂々と続けた。
「しかし、今は、とにかく、女王陛下のもとへ、案内していただきたい。あの戦争から、十年。女王陛下は、今日、十年ぶりに、王子と再会なさることができるのだから。」
「もちろんだ!」
ひざまずいて頭を下げ続けていたセラックが、もう我慢できなくなったというように、笑顔で跳ね起きた。
「やった、やったぞ! 王子さまのお帰りだ!」
魔法使いたちは、いっせいに立ち上がり、そのままの勢いで、全員が空中に飛びあがって、ぐるぐる飛びまわりながら叫んだ。
『やった、やったぞ! 王子さまの、お帰りだーっ!』
『マッサファール王子さま、ばんざーい!』
あっちこっちから、魔法の花や紙吹雪が降ってくる。
どーん! ぱーん! と、色とりどりの、魔法の花火もあがる。
マッサたちは、大騒ぎの中、ひらいた門を通って《魔女たちの都》の中へと入っていった。