マッサとふしぎな生き物
絶対に、何かいることはわかっているのに、こう、急に静かになると、逆に怖い。
「おっ……おい、そこのやつ!」
マッサは、外に聞こえたらどうしようということも忘れて、思わず、叫んでいた。
「おまえが、そこにいることは、わかってるんだぞ! おとなしく、出てこい!」
もし、そこのやつが、巨大なゴキブリだったら、マッサは、真剣にゴキブリに話しかけていることになるが、今は、こわすぎて、とにかく何かしゃべらないと、気が変になりそうだった。
すると。
サッ! と、何かが、向こうのほうにある、たんすみたいなもののかげから、一瞬だけ出て、また引っ込んだ。
「うわ!」
マッサは、びっくりして、もう少しで、高級ないすの上から、後ろ向きに転げ落ちるところだった。
懐中電灯の光に、一瞬だけ照らし出された、その「なにか」は……
ネズミ? ゴキブリ?
いや、違う。
色は、白かった。ゴキブリみたいに黒くなかった。
大きさは、だいたい、子猫くらいだった。ネズミほどは、小さくなかった。
じゃあ、子猫なのかな?
いや……ちょっと見えただけだけど、猫みたいなかっこうでは、なかった気がする。
「お……おい、そこの、白いやつ!」
マッサは、勇気を出して、もう一度、大きな声で言った。
「おまえが、そこの、たんすみたいなやつの後ろにいることは、わかってるんだぞ! おとなしく、出てこい!」
すると。
サッ! と、また、そいつが出てきて、すぐに引っ込んだ。
今度は、尻尾があるのが、ちらっと見えた。
ふさふさの、白い毛が生えた尻尾だ。
全体の形は、ちょっと、リスみたいだった気がするけど、リスは、あんなに大きくない。
それに、耳が、ちょっと長かったように見えた。
ウサギかな? ……うーん。
子犬かな? ……うーん。
やっぱり、子猫かな? ……うーん。
それとも、巨大な、リスかな? ……うーん。
「おいっ!」
マッサは、もう一回、呼びかけてみることにした。
「そこの、白い、えーと……なんか、ウサギのような、猫のような、犬のような、リスのようなやつ! おまえが、そこにいることは、わかってるんだぞ! おとなしく、出てこい!」
すると。
サッ!
そいつは、たんすのかげから飛び出して、一瞬、止まって、それから、また、ヒュッともとのかげに引っ込んだ。
そいつは、やっぱり真っ白で、やっぱり、ウサギのようで、猫のようで、犬のようで、リスのようで……けっきょく、何の生き物なのか、よく分からなかった。
そいつが止まった、一瞬のうちに、マッサは、もうひとつのことを発見していた。
それは、そいつの目が、宝石みたいにキラキラ光って、とってもきれいな、濃い青色だったということだ。
あんなにきれいな、まるで深い海みたいに濃い、青い目をした生き物がいるなんて、マッサは、これまで聞いたこともなかったし、テレビや、図鑑で見たこともなかった。
いったい、何の生き物だろう?
マッサは、さっきまで怖いと思っていたこともすっかり忘れて、胸がどきどきしてきた。
もしかしたら、いままで、誰もみつけたことのない、新しい種類……新種の生き物かもしれない。
つかまえたら、ぼくは、有名人になれるかも。
……いや、いや、だめだ。ひょっとしたら、世界に一匹しかいない、貴重な生き物かもしれない。
無理やり、つかまえたりせずに、仲良くなったほうがいいだろう。
あっ、そうだ。
りんごを出して見せたら、食べにくるかもしれない。
マッサは、高級ないすから、ゆっくりとおりた。
いすには、マッサがほこりだらけのスニーカーでのぼった足跡が、くっきりとついていた。
ちょっとこすってみたけど、全然、とれなかった。
おじいちゃんに見つかったら、めっちゃくちゃ怒られそうだ。
でも、今は、それどころじゃない。
「おーい」
マッサは、前よりやさしく、呼んでみた。
「そこの、白い……ウサギのような、猫のような、犬のような、リスのようなやつ……くん? こっちにおいで。ほら、リンゴ、あげるから!」
リュックサックから、リンゴをひとつ出して、ふってみせながら、マッサはそう言った。
でも、今度は、いくら待っても、あの生き物は出てこなかった。
「おーい! ……あのう、すみません」
言い方が気に入らなかったのかな、と思って、マッサは、今度は、ていねいな言い方にしてみた。
「そこの、……真っ白な、おうつくしい、ふさふさの生き物さん? どうぞ、こちらにいらっしゃって、リンゴを、おひとつ、めしあがりませんか?」
でも、やっぱり、あの生き物は出てこなかった。
こうなったら、こっちから行くしかない。
マッサは、右手で懐中電灯を前に突き出し、左手にりんごを一個、にぎりしめたまま、あの不思議な白い生き物が隠れたたんすのほうへ、ゆっくりと、近づいていった……