タータさん、活躍する
モグさんの案内で、みんなは、黙々と坂道を登っていった。
道は、何度も折れまがったり、螺旋みたいに、くるくる回ったり、途中はとうとう階段みたいになったりしながら、どんどん登り続けた。
ときどき、休憩をしながら、また立ち上がって、登り続ける。
マッサは、とうとう、立ち止まってしまった。
「おい、どうした、マッサ、がんばれよ!」
「あ、足が……もう、疲れて、限界!」
ディールに言われて、マッサは、正直に叫んだ。
何も持たずに、建物の一階から四階まで、階段で上がるのも、なかなか大変なのに、今は、ブルーや、水や食料が入った重いリュックサックをかついで、重い剣まで手に持って、延々と坂道を登り続けているんだ。
でも、さすがに、ふだんから鍛えている騎士たちは、平然としている。
「王子、私が、荷物をお持ちしましょう。」
と、ガーベラ隊長が言って、剣と、リュックサックを持ってくれた。
「しばらくしたら、わたし、交代しますよ!」
と、後ろから、タータさん。
「隊長、荷物の中の水筒は、俺が持ちますぜ。出してください。……おい、もじゃもじゃ! お前、何を、自分だけ、荷物の中でのんびりしてんだ。出てきて、自分で歩けよ!」
「もじゃもじゃじゃない! ブルー!」
ディールに言われて、ブルーはぷんぷんしながら地面に飛び降り、マッサの足元を歩き始めた。
「王子、もし足が痛いようでしたら、おんぶしましょうか?」
真面目な顔で、そう言ったのは、《三日月コウモリ》隊の隊長だ。
「えっ!? いや、いいです、いいです! 自分で歩けます!」
マッサは、慌てて断った。
みんなに荷物を持ってもらった上に、おんぶまでしてもらうなんて、それじゃ、赤ちゃんみたいだ。
でも、荷物を持ってもらったおかげで、一気に体が軽くなって、元気が戻ってきた。
「みんな、ありがとうございます。……モグさん、あと、どれくらいですか?」
〈もう、半分は来ただよ。もう、ひとふんばりだ。みんな、がんばれ!〉
それから、みんなはまた、黙々と登り続けた。
一段一段が、ひざくらいの高さがある岩の階段を、手も使いながら、よじ登っていく。
足元で、ハッハハッハと言っているブルーの息の音と、自分の息の音とが、入りまじって聴こえた。
(だめだ……もう、だめだ! もう、一歩も、歩けない!)
マッサが、とうとう、そう思ったときだ。
〈着いた! 着いた! みんな、着いただよ!〉
前のほうで、モグさんが、そう叫んでいるのが聞こえた。
マッサは、最後の力をふりしぼって、足を持ち上げ、やがて、最後の一段を登りきった。
「ひかり!」
ブルーが、そう叫んだ。
そこは、幅が狭くて天井が高い通路みたいなところで、天井の一部に、細い割れ目があった。
そこから、まるで、舞台を照らすスポットライトみたいに、白い光がひとすじ、まっすぐに射しこんできていた。
あれは、太陽の光だ!
うわーっと、騎士たちの誰かが叫んで、みんなはお互いの肩を叩き合い、飛び上がって喜んだ。
長いあいだ、暗い地下を歩いてきたから、太陽の光が見えただけでも、ものすごくうれしい。
「モグさん、ここまで、道案内をしてくれて、本当にありがとうございました。」
〈いや、いや。〉
マッサがお礼を言うと、モグさんは、太陽の光を見ないように、大きな両手で目を隠し、用心深く背中まで向けながら、言った。
〈この先も、気をつけてな。おらは、まぶしい外には出られないから、一緒には行けないが、地下から、あんたたちの旅を、ずっと応援してるだよ。〉
「はい! ぼくたち、気をつけて、行ってきます!」
〈じゃあな。〉
モグさんは、ばいばいと手を振ると、もときた道を、すたすたと降りていった。
あんな長い道のりを、一人で歩いて帰るなんて、怖くないのかなと思うけど、地下の暮らしに慣れているひとにとっては、何でもないことなんだろう。
「さあ、あとは、あの割れ目から、地上に出るだけだね!」
マッサは、元気よく言ったけど、すぐに気がついた。
みんな、難しい顔をして、上を見上げている。
当たり前だ。
割れ目は、大人の背の三倍くらい高い天井の、ちょうど真ん中あたりにある。
はしごもないのに、いったい、どうやって、あの割れ目まで行けばいいんだ……?
「あれ、みなさん、どうしたんです?」
みんなが黙りこんでしまったとき、そう言ったのは、タータさんだった。
「いったい、何を、困っているんですか?」
「何をって……そんなもん、見りゃ分かるだろ、見りゃ! 出口はあそこだ。あんなところ、そう簡単に、登れるわけがねえだろうが。」
呆れたようにディールが言うと、タータさんは、目を丸くした。
「ええっ、登れないですって? こんなの、簡単に、登れるじゃないですか。」
「ええっ?」
今度は、マッサたちが驚く番だった。
でも、よくよく思い出してみたら、タータさんは、木登りの名人だ。
そうだ、最初に出会ったときだって、タータさんは、頭を下にして、崖の壁にはりついて、マッサたちがいる洞窟の中を、ひょいっ! と、のぞき込んできたんだった。
腕が四本もあるし、ものすごく身が軽いから、そういうことも、簡単にできるんだ。
「じゃあ、まずは、わたしが、このロープを持って、あそこまで登りますね。」
言いながら、タータさんは、まるで糸をあやつるクモみたいな手さばきで、長いロープを荷物から取り出し、さっさっさっ! と、たくさんの結び目を作っていった。
結び目の「こぶ」があれば、ロープをつたって登るときに、足や手が滑りにくくなって、便利だ。
「地上に出たら、わたしが、このロープのはしを、岩とか、樹とか、がんじょうそうなものに、くくりつけてから、もう片方を、垂らします。そしたら、合図をしますから、みなさんは、このロープをつたって、順番に、登ってきてください。」
ふだんは、のんびりしているタータさんは、それだけ、てきぱきと言うと、ロープの束ををかつぎ、まるで平らな道でも歩くみたいにすいすいと、険しい壁をよじ登っていった。
「あいつ、意外と、頼りになるなあ。」
ディールが、感心したように呟いて、みんなは、うんうんと頷いた。
さあ、これで、やっと地上に出られる。
いよいよ《魔女たちの都》を、この目で見ることができるんだ!