マッサ、お願いする
『マッサ!』
ドラゴンの尻尾の先から、なんとか這い降りたマッサのところに、真っ先にブルーが駆け寄ってきて、飛びついた。
『マッサ、だいじょうぶ? だいじょうぶ? だいじょうぶ?』
「うん、大丈夫だよ。ごめんね、びっくりさせちゃって。」
他の仲間たちは、巨大なドラゴンが、いつまた動き出すんじゃないかと、少しびくびくしている様子で、近づいてきた。
さすがの騎士たちも、これほど大きな生き物が相手では、腰が引けてしまうのも無理はない。
「おーい、みんな、大丈夫ですよ! このドラゴンさんは、すごく優しいんです。……みんな、心配をかけて、ごめんなさい。ぼく、このドラゴンさんに、ここまで送ってきてもらったんだ。」
〈岩神さまに、送ってもらうなんて! ものすごい話だ! ははぁーっ!〉
モグさんは、ありがたそうにひれふして、ドラゴンを拝みはじめた。
その横で、ガーベラ隊長が、目を丸くして言った。
「こんな巨大なドラゴンを、味方につけるとは……王子、いったい、どんな魔法を使ったのです?」
『魔法デモ 何デモ ナイゾ。』
大きな岩どうしが擦れ合うような、低く軋むような声で、ドラゴンが話しはじめた。
『ソイツハ、俺ノ 喉ノ 奥ニ 刺サッテイタ 剣ヲ 抜イテクレタ。ダカラ、ソノ 礼ニ、俺ガ ココマデ 送ッテヤッタンダ。』
「これが、その剣なんだけど。」
と、マッサは、ここまで気をつけながら握りしめてきた剣を、みんなに見せた。
「ドラゴンさんが、くれたんだ。でも、これ、ぼくが持ってるより、隊長たちの誰かが使ってくれたほうが、いいんじゃないかと思うんだけど。」
「いいえ、とんでもない!」
ガーベラ隊長が言った。
「それは、王子のものです。竜の喉の奥から抜かれた剣など、めったにない宝物ですよ。ぜひとも、王子がお持ちにならなくては。」
「その通り。まさしく王子にふさわしい、立派な武器です。」
《三日月コウモリ》隊の隊長も、真剣にそう言った。
「そう? じゃあ、もらっとこうかな……」
マッサは、そう答えたものの、これから、どうやってこの剣を持ち歩いたらいいのか、ちょっと困った。
剣を入れるケースである「さや」がないから、そのままぶらぶらさせて持って歩くのは、危なくてしょうがない。
「さやの代わりに、とりあえず、これで、くるんでみたらどうですか?」
タータさんが、気をきかせて、荷物の中から、自分の毛布を取り出して、剣の刃の部分にぐるぐる巻きつけてくれた。
でも、巻きつけるはしから、まるで生クリームにナイフを入れるみたいな軽さで、布がサササーッと切れてしまって、タータさんの毛布は、あっという間にばらばらになってしまった。
「あららら……これじゃあ、だめだ。それにしても、すごい剣だなあ。なんてすごい切れ味なんでしょう!」
「やはり、王子が持っておくしかないですね。もし、万が一、刃が当たったとしても、王子なら、絶対に怪我をしないんですから。」
「あっ、そうか。じゃあ、やっぱり、この剣は、ぼくが持ってるのが一番いいみたいですね。みんなが、怪我をしたら大変だし。……ブルー、いい? 絶対、この剣にぶつかったらだめだよ!」
『トコロデ、』
と、みんなが話し合っているところに、ドラゴンが声をかけてきた。
『見タトコロ、フダンハ 地上デ 暮ラシテイル 者ガ 多イヨウダナ。ナゼ、コンナ 地下深クヲ ウロウロシテ イルノダ?』
みんなを代表して、マッサが、これまでの事情を、かいつまんで、ドラゴンに説明した。
マッサが、十年前の大魔王との戦いで、行方不明になっていた、王子さまだったこと。
『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う。』
その予言に従って、マッサが、仲間を集めながら旅をしていること。
みんなで《魔女たちの都》に向かおうとしたけれど、地上には化け物オオカミが、空には化け物鳥がいて危ないので、地下の道を通ろうと考えたこと――
「そしたら、ぼくが、穴に落っこちちゃって、偶然、あなたと出会ったっていうわけなんです。」
『フウウウゥゥム。』
ドラゴンは、よく分かった、というように、鼻から長い息を吐いた。
それだけで、洞窟の中に、ごうっと風が吹いて、みんなは吹き飛ばされないように、必死に足を踏ん張った。
『ソウカ。俺ガ 知ラナイ ウチニ、地上デハ、ソンナ 戦争ヤ 事件ガ 起キテイタノカ。』
「そうなんです。……あっ、そうだ!」
マッサは、いいことを思いついて、ぽん! と手を叩いた。
「ドラゴンさん、こんなことを頼むのは、図々しいと思うんですけど、もしもよかったら、ぼくの仲間になって、大魔王をやっつけるのに、力を貸してくれませんか? あなたほどの力があれば、どんなに強い大魔王だって、簡単に倒すことができると思うんです!」
マッサのとなりで、ディールが、その手があったか! という顔をした。
岩でさえも簡単に砕いてしまうドラゴンの力を借りることができたら、大魔王なんて、ぷちっ! とやっつけることができるかもしれない!
『フウウウゥゥム。』
ドラゴンは、また唸った。
でも、今度の唸り方は、前とは違って、残念そうだった。
『悪イガ、ソレハ 難シイ。』
「えっ! どうしてですか?」
マッサは、がっかりして、思わず、そう言った。
『俺ハ オマエタチト 旅ヲ スルニハ 大キスギル。俺ガ 浅イ トコロヲ 通ルト、地上デハ 地震ガ 起キテシマウ。
ソレニ、俺ニハ 大キナ 弱点ガ アルノダ。俺ハ コノトオリ 地下デハ 最強ダガ、カラダニ 少シデモ 太陽ノ 光ガ 当タルト、ソコカラ 石ニ ナッテ シマウンダ。』
「ええっ!?」
マッサは、びっくりした。
まさか、こんなに巨大で力強いドラゴンにも、弱点があったなんて。
『大魔王ガ ドコニ 住ンデイルノカ シランガ、地上デノ 戦イニハ、俺ハ 役ニ 立ツコトガ デキナイ。ソレデハ、一緒ニ 戦ウ 仲間ニハ ナレナイダロウ。』
「そうか……」
マッサは、納得して、大きく頷いた。
「よく分かりました。ごめんなさい、図々しく、無茶なお願いをしちゃって。」
『イイヤ、カマワナイ。ダガナ、ソレ以外ノ コトナラ 助ケテヤレルゾ。』
「えっ?」
『オマエタチハ 《魔女タチノ都》ヘ 行クト 言ッテイタナ。ソノ 近クマデナラ、俺ガ 送ッテ イッテヤロウ。』