マッサ、治療する
洞窟の地面に寝そべったドラゴンが、マッサの目の前で、ぐわああっと口を開いた。
ドラゴンの口の中には、まるで、のこぎりみたいなぎざぎざの歯や、ドリルみたいにねじれた牙が、上にも下にも、びっしりと生えていた。
きっと、岩を食べる時には、この歯、全部を使って、岩を細かく砕いて、すり潰すんだろう。
大きく開いた口の上のほうから、黄色い唾が、ぼたぼた、ぼたぼた、大粒の雨のように垂れてくる。
そのしずくが飛んで、地面にかかると、そのたびに、ジューッ! と煙があがった。
でも、マッサは、平気だ。
落ちてくる唾からも、はね飛んでくるしずくからも、《守り石》が守ってくれる。
「あのーっ!」
マッサは、ドラゴンの口の中をのぞき込みながら、大きな声で言った。
「ぼく、今から、あなたの口の中に入ります! ちょっと、痛かったり、くすぐったかったりするかもしれないけど、咳や、くしゃみは、なるべく、がまんしてくださいね!」
『ンガガガ。』
と、ドラゴンが言った。
口を、ぎりぎりまで大きく開けているから、ちゃんと返事ができないんだ。
「じゃあ、行きます!」
マッサは、《守り石》をしっかり握りしめ、その手で、どきどきする心臓を押さえながら、ゆっくりと、ドラゴンの口の中に踏み込んでいった。
ドラゴンの歯は、一本一本が、マッサの身長よりも、ずっと大きいくらい。
しかも、それが、人間の歯みたいに一列だけじゃなく、何列にもなって、びっしり生えているから、そこを乗り越えていくのは、ものすごく大変だった。
「よいしょ! よいしょ! よいしょ!」
しまった! 何だか体が重いし、バランスが悪いと思ったら、重いリュックサックを背中に担いだままだった。
でも、今さら引き返すのは、時間がもったいないし、荷物だけ置いておいて、そこに、ドラゴンの唾がかかったら、荷物が全部、ジューッと溶けてしまう。
しかたなく、重いリュックサックを背負ったまま、マッサは、ジャングルジムによじ登るみたいに、ふうふう言いながら、びっしり生えた巨大な歯の列を乗り越えていった。
そこを越えると、真っ暗な洞窟みたいな、ドラゴンの喉の奥が見えてきた。
喉の奥に向かって、つららみたいな大きなとげが、びっしり生えている。
飲みこんだ岩を、喉の奥に送り込むための仕組みだろう。
「んっ?」
マッサは、首を突き出し、目を細くして、ドラゴンの喉の奥をじっと見つめた。
今、何かが、真っ暗な喉の奥で、ちらっと光ったような……?
右手に握った《守り石》を突き出して、そっちのほうに向けてみる。
あっ、また、キラッと光った!
あれは……?
「剣だ!」
マッサは、思わず一人で叫んだ。
ドラゴンの喉の奥のほうに、一振りの剣が突き刺さっている。
長い銀色の刃の、半分ほどまでが、ぐっさりと刺さっていた。
あんなものが刺さっているんだから、痛いのは当たり前だ。
「見つけましたーっ! 今、抜いてあげますからね! ちょっと、痛いかもしれないけど、ちょっとだけ、我慢してください!」
聞こえているかどうかは分からないけれど、とにかく、ドラゴンに向かってそう叫んでから、マッサは、少しずつ、剣のほうへと近づいていった。
剣は、ドラゴンの喉から、さらにその奥の真っ暗闇に落ち込んでいく、ぎりぎりのところに刺さっていた。
かなり深く刺さっているから、抜くには、けっこう力がいるかもしれない。
マッサは、不安定な足場に、しっかりと両脚をふんばって立った。
もしも、ずぼっ! と剣が抜けた拍子に、勢いあまって、喉から、胃袋のほうまで転がり落ちてしまったら大変だからだ。
《守り石》があるから、死んじゃうことはないだろうけど、ドラゴンのお腹の中に閉じ込められるなんて絶対に嫌だし、剣ごと転がり落ちて、今度は、お腹の中に剣が刺さってしまったら、とんでもないことになる。
「よし、じゃあ、抜きます!」
マッサはそう宣言すると、剣のつかを両手で握りしめ、ぐうっと上向きに力を入れた。
「ふんぐぐぐぐぐ!」
抜けない。ものすごくしっかり刺さっている。
できたら、ぐっぐっと前後左右に揺らしながら抜きたいけど、そんなことをしたら、ドラゴンがよけいに痛がるだろうから、できない。
「うーんぐぐぐぐぐ!」
顔を真っ赤にしながら、全力で引っ張り上げると、ずずっ、と、かすかに剣が動いた感覚があった。
その瞬間、マッサの足元にびっしり生えている、つららみたいに大きなとげが、ざわわっ! と震えて逆立った。
ゴオオオオオオオオオ!
多分、ドラゴンが「痛い!」と叫んだんだろう。
すさまじい吠え声が、喉の奥から、嵐のような暴風になってぶつかってきた。
「うわっ!」
マッサは、吹き飛ばされないよう、とっさに思いっきり剣のつかを握りしめた。
そのはずみで、ぐっ、と剣が動いて、傾いた。
(あっ!)
マッサが、しまった、と思ったときには、もう遅い。
グウウウウオオオオオオオオ!
さっきよりも凄まじい叫び声の暴風がマッサに襲いかかり、同時に、ぐわあん! と世界が回転した。
ドラゴンが、痛さに耐え切れずに、また暴れ出したんだ。
当然、口の中にいるマッサも、一緒に振り回されることになる。
「うわあああああああ!」
マッサは、それでも、剣のつかをはなさなかった。
ぐるーんと世界の上下が逆さまになって、マッサが、剣のつかにぶら下がるような状態になる。
その瞬間、ずぼっ! と音がして、突き刺さっていた剣が抜けた!
(やった!)
マッサが思った、その瞬間だ。
グオオオオオオオオオオ!
剣ごと落っこちるマッサを、ドラゴンの雄叫びの暴風が吹き飛ばし、マッサは、そのまま、気を失ってしまった……