マッサ、落ちる
あんまりにも長いあいだ、地下を歩き続けてきたせいで、マッサは、だんだん頭がぼうっとしてきた。
今までよりも重い荷物を背負っているから、ただ普通に歩くよりも、よけいに疲れる。
ブルーはといえば、とっくに、マッサのリュックサックの上で、くるっと丸くなって、ぐっすり寝ちゃっていた。
「ねえ、ディールさん。」
マッサは、ぼんやりする気分を、何とかすっきりさせようと思って、ディールに話しかけた。
「今、何時くらいかな?」
「なんじ、って……何だ?」
隣を歩いているディールが、やっぱり、少しぼうっとした声で答えた。
そうだった。この世界には「時計」ってものがないから、何時、って聞いても、意味が伝わらないんだ。
「ぼくたち、ここまでで、どれくらい歩いてきたんだろう? もう、夜なのかな?」
「さあな……確かに、太陽が見えねえせいで、昼だか夕方だか夜だか、まったく分からねえな。」
ディールは、そう言って、
「おい、モグさん。」
と、前を歩くモグさんの背中を、ぽんぽんと叩いた。
〈はあ、何だね?〉
「あんたなら、地下の暮らしに慣れているから、分かるだろう。今は、もう夜か? それとも、まだ、夕方くらいか?」
〈よる? ゆうがた?〉
モグさんは、一瞬〈何だそりゃ?〉という顔をした。
でも、すぐに、一本一本がスコップみたいに長くて鋭い爪が生えた、大きな手を、ばふっと打ち合わせた。
〈ははあ、その「よる」とか「ゆうがた」ってのは、地面の上に住んでる人らの言い方だな。おらたちが住んでる地面の下には、「よる」とか「ゆうがた」なんてもんは、ねえ。だから、おらたちは、そういうことは、気にしねえんだ。〉
「そうか……」
ディールは、珍しく、文句を言わずに黙った。
よく考えたら、地面の下は、いつでも真っ暗なんだから、朝も、昼も、夕方も、夜もないのは当たり前だ。
〈もうちょっと進んだら、休むのにちょうどいいところがあるだ。そこまでで、いったん、寝ることにしたほうがよさそうだな。〉
モグさんがそう言って、みんな、また、黙々と歩いた。
マッサは、ますます、頭がぼうっとしてきた。
何度もあくびが出て、まぶたが、とろんと下がってくる。
うっかりしていると、歩きながら、そのまま寝ちゃいそうだ。
今、みんなが歩いているのは、少し狭い、一本道のトンネルみたいなところだった。
二人並んだら、肩がつっかえてしまいそうな幅しかないので、みんな、ここでは、一列になって歩いていた。
先頭は、モグさん。
次は、タータさん。
その次がマッサと、寝ているブルー。
その次が、ディールだ。
後ろのみんなも、一列になって、ついてくる。
〈あっ、みんな。ここは、ちょっと気をつけるだ。地面の、右のほうに、穴があるからな。ここに落ちたら、迷路みたいなところに行ってしまうだぞ!〉
モグさんが、そう言うのが聞こえた。
「はい、ここですね。」
タータさんがそう言って、マッサの目の前で、ひょい、と大股に地面をまたぎ越した。
見ると、地面じたいが、ちょっと右のほうに傾いていて、右端に、大きな丸い穴があいていた。
人ひとりが、簡単にすぽんと落っこちてしまいそうなくらいの、大きな穴だ。
気をつけないと、ここに落ちたら、大変なことになる。
マッサは、一気に穴の横を飛びこえるために、気合いを入れて、よっ! とリュックサックを担ぎ直した。
その瞬間、ぽん! と、何かが、後ろから、マッサの後ろから飛んできた。
それは、マッサの右肩の上、顔のすぐそばを飛びこえた。
ふわっと、やわらかい毛がマッサのほっぺたにかすった。
――ブルーだ。
マッサが、リュックサックを勢いよく担ぎ直した勢いで、その上でぐっすり眠っていたブルーが、ぽーんと飛ばされてしまったんだ!
ブルーは、マッサの目の前の地面に、ぽすっと落っこちた。
それでも目を覚まさずに、丸くなったまま、ころころころっと、右側の穴のほうへ転がっていく!
声を出す暇もなかった。
マッサは、両手を突き出しながら、全身で、ブルーをキャッチするためにスライディングした。
後ろで、ディールが、うおおおおおと叫んでいるのが聞こえた。
ブルーの体が、暗い穴に落っこちていく。
その寸前に、マッサの指先が、ブルーの白い毛皮をつかんだ。
マッサは、自分が地面に倒れ込みながら、つかまえたブルーの体を、思いっきり、ディールのほうに投げた。
ディールの腕の中に、ブルーの白い体が、すぽーん! と収まる。
「マッサ!」
何事かと振り返ったタータさんが、すごい顔で叫びながら、四本の長い腕を伸ばしてくる。
マッサも、何とか、そっちに向かって手を伸ばそうとした。
でも、間に合わなかった。
「あぁぁぁぁぁ!」
必死に伸ばした手は、もうちょっとのところで届かなかった。
マッサは、ブルーを助けたかわりに、自分が、たった一人で、暗い穴の中に落っこちてしまった!