マッサ、家に登る
タータさんたちの村は、なんと、森の中の、木の上にあった。
大きな大きな木の、高い枝の上に、細い丸太を並べて床にした、秘密基地みたいな家が、たくさん建てられているんだ。
家の壁や屋根は、細い枝を組み合わせたり、つるを編んで、作ってあるみたいだった。
しかも、となりの家どうしは、木の板や、ロープでつながっていて、地面に降りなくても、空中で、おたがいに行ったり来たりできるようになっている。
「すごいですね!」
マッサは、感動して叫んだ。
こんなところにすめたら、毎日、おもしろいだろうなあ!
「そうでしょう、そうでしょう。」
小さなたいまつを手に持ったタータさんが、嬉しそうに言った。
タータさんのたいまつのあかりがあるから、マッサは、もう、懐中電灯を消して、リュックサックにしまっていた。
でないと、タータさんの一族の人たちが、
「うわ、まぶしい!」
「何それ? 何それ?」
「わしにも見せてくれ。こりゃ、魔法かな?」
「おもしろい! さわらせてください!」
「わたしにも! わたしにも!」
と、集まってきて、大騒ぎになってしまいそうだったからだ。
「こうやって、木の上に住むのが、わたしたちの一族の伝統なんです。こうすれば、安全だし、木のてっぺんまで登れば、空の様子を見張ることだって、すぐにできますから、すごく、便利なんですよ。」
「でも、これ、どうやって家に入るんだよ……?」
マッサのとなりで、上を見上げながら、ディールがぶつぶつ言った。
タータさんたちの家は、木の、ものすごく上のほうにある。
家の床には、穴があいていて、どうやら、そこから入るらしい、ということは分かった。
でも、そこまでは、はしごもロープもないし、木の幹には、手足をかけることができそうな枝もない。
「そりゃあ、登るんですよ、ここを。」
タータさんは、当たり前みたいにそう言って、太い木の幹につかまると、するするするっとのぼり始めた。
長い四本の腕と、長い足を、まるで虫のクモみたいに動かしながら、あっという間に、家があるところまで登っていって、
「さあ、どうぞ、どうぞ。みなさんも、どうぞ、あがってください!」
と、上から手を振った。
「あー、そんじゃ、お邪魔します……って、登れるかよ、こんなもんっ!」
ディールが、自分も登ってみようとして、ずるずるすべり落ちながら、叫んだ。
タータさんたちは、腕が四本もあるし、指も長くて、ものすごく力が強いから、ほんのちょっとした出っぱりやへこみにも、指先をかけて、登ることができるらしい。
「くそっ、おれにも、腕が四本あったらな。」
ディールは、最初は「気持ち悪い」とか言っていたのに、タータさんを見ていて、少し、うらやましくなってきたみたいだ。
「じゃあ、上から、ロープをおろしますから、これを伝って、あがってきてください!」
タータさんが、途中にたくさんの結び目で「こぶ」を作った、太いロープを降ろしてくれた。
「なんか、古そうなロープだな。大丈夫かよ……。おい、マッサ。おまえ、先に登れ。」
「えっ?」
ディールにそう言われて、マッサは、一瞬、不安になった。
どうして、ディールさんは、ぼくに、先に登れって言うんだろう。
まさか、この古そうなロープが、切れないかどうか、ぼくを先に登らせて、テストしようとしてるのかな……?
「ぼくが、先に、登るんですか?」
「ああ、そうだ。もし、俺のほうが、先に登っちまったら、万が一、おまえが落っこちたときに、誰が下で受け止めるんだよ?」
そういうことだったのか、と、マッサは、ちょっと反省した。
つい、ディールさんを疑っちゃったけど、ディールさんは、ぼくが落っこちたときに、キャッチしてくれるつもりだったんだ。
「でも、ぼく、《守り石》を持ってるから、落っこちても、大丈夫ですよ。」
マッサがそう言うと、ディールは、あっ、そうか、という顔になった。
「そういえば、そうだったな。じゃあ、俺が先に行くぜ。もし、俺が落ちたら、ちゃんと受け止めろよ。」
「ええっ!?」
それは、難しいような気がする。
マッサの力じゃあ、落ちてくるディールさんをキャッチするなんて、絶対にできない。
まず、体重が重すぎるし、それに、鎧まで着ているんだから――
でも、そんな心配はいらなかった。
ディールは、両手と両足でしっかりロープにしがみつき、こぶを足がかりにしながら、すばやく、上まで登っていった。
「思ったより、登りやすいぜ。マッサ、来い。」
「はい!」
マッサも、学校で「登り棒」に登ったときのことを思い出して、うんしょ、うんしょと、ロープにしがみつきながら登っていった。
背中にリュックサックを背負っているせいで、後ろ向きにバランスがくずれるのと、登り棒と違って、ロープはぐらぐら動くから、かなり難しかったけど、落ち着いて、なんとか、最後まで登り切ることができた。
「よし!」
最後は、ディールが、がっちり腕を握って、家の中まで引き上げてくれた。
「わあ、きれいな家ですね!」
家の中を見て、マッサは、叫んだ。
タータさんの家は、細い丸太と枝とつるで作った、大きな四角い箱の中みたいな感じで、すっきり、片付いていた。
壁に小さな窓があったので、そこから、外をのぞいてみると、他の木でも、騎士たちが、ロープをつたって、それぞれが泊まらせてもらう家にあがっていくところだった。
けがをしている人たちや、その荷物は、タータさんの一族の若者たちがかついで、軽々と木を登っていく。
みんなの翼も、ロープをかけて、ぜんぶ、木の上に引き上げられた。
これで、安心だ。
「さあ、どうぞ、使ってください。」
タータさんが、毛布を持ってきて、ディールとマッサに貸してくれた。
マッサは、リュックサックをおろして、毛布にくるまり、ふうーっ、と、やっとくつろいだ気持ちになった。
「今、お茶をいれますからね……」
タータさんが、そう言っているのが、かすかに聞こえた。
でも、そのお茶ができあがるよりもはやく、マッサは、これまでの緊張と疲れがどっと出てきて、そのまま、床に横になって、ぐっすり、眠ってしまった。