マッサと《草原を見張る目》の一族
「うおお!? 何だっ!?」
「うわあ、びっくりしました!」
「王子、何事です!?」
マッサが、急に大きな声を出したから、みんな、びっくりして口々に叫んだ。
「あっ、ごめんなさい。でも、ぼく、すごく便利なものを持ってたことを、思い出したんです!」
マッサはそう言うと、暗闇のなか、手さぐりでリュックサックをあけて、中に手を突っ込んだ。
ごそごそごそ……
『ウフフフフフ……』
リュックサックの中から、あやしい笑い声が聞こえてきた。
何だか、ふかふかするなぁと思ったら、リュックサックの中で寝ている、ブルーのおなかをくすぐっちゃってたみたいだ。
ブルーの体をよけて、リュックサックのいちばん底まで、手を突っ込んでみる。
その手が、かたい、筒みたいなものに触った。
「あった!」
マッサが取り出したものは、おじいちゃんの家の《あかずの間》で、リュックサックの中にしまいこんだまま忘れていた、懐中電灯だ。
スイッチを入れると、ぱっと光の輪が広がって、みんなの姿と、びっくりしている顔が、はっきりと見えた。
「うおっ!? 何だ、その光は!? こっちに向けんな、眩しいだろ!」
「うわあ、すごく、明るいですねえ! まるで、昼間の光のようです。その、手に持っているものは、何ですか? その短い棒が、燃えているんですか?」
「王子、それは、光の魔法ですか!? いつのまに、そんな技を!」
「あっ、いや、これは……」
みんなに驚かれて、マッサは、どう説明したらいいのか、困ってしまった。
もちろん、懐中電灯は、燃えているわけでもなく、魔法でもなく、電気の力で光っているだけだ。
でも、こっちの世界で『電気』っていっても、話が通じない気がする。
「そう、これは、光の魔法がかかった道具で、ここを押すと、先から、光が出るんです。」
とりあえず、魔法っていうことにして、説明すると、
「おおー……」
と、みんなが感心して、
「では、王子、お手数ですが、みなの足元を照らしておいていただけますか。」
と、ガーベラ隊長が言った。
よかった。今は、みんな忙しいから、懐中電灯のことを、あまり詳しく聞かれずにすんだ。
懐中電灯のことを、ちゃんと説明するとしたら、マッサが元いた世界のことまで、話さないといけなくなる。
そうなったら、めちゃくちゃ、話が長く、ややこしくなってしまうだろう。
でも、いつかは、マッサがどこから来たのか、本当のことを、みんなに言わなきゃいけなくなる日が来るだろう。
そのとき、いったい、なんて説明したら、分かってもらえるんだろうか?
もう、元の世界に帰るための「穴」は、なくなってしまって、証拠もないのに……
(あれっ?)
考えているうちに、マッサは、ふと、おかしなことに気付いた。
ぼくが、本当に、この世界の王子様なんだとしたら……
ぼくは、赤ちゃんのとき、こっちの世界で生まれたはずだ。
ぼくは、どうして、おじいちゃんの家がある、元の世界に行くことになったんだろう?
戦争が起こって、大魔王から、逃げるためだったのかな。
だとすると、いったい誰が、《穴》を通って、ぼくを、おじいちゃんの家に連れていったんだろう?
「みなさん! わたしたちの村が、見えてきましたよ! ほら、みんなが、出迎えにきました。」
急に、先頭を進んでいるタータさんが、元気よくそう叫んだ。
「えっ。」
マッサは、村ってどこかな、と思って、そっちを見ようとした。
その瞬間、
「うわぁっ!?」
鼻の先がぶつかりそうなくらい近くに、いきなり、知らない人が立って、こっちの顔をのぞきこんでいたので、マッサはびっくりして大声を出した。
しかも、一人だけじゃない。何人もいる。
その人たちは、みんな、腕が四本ある人たちだった。
「うおっ!?」
「わあ!?」
と、後ろから、騎士たちの声も聞こえてきた。
マッサたちは、いつのまにか、何十人もの、四本腕の人たちに、まわりを取り囲まれていたのだ。
葉っぱがガサガサいう音も、枝を踏みつけるパキパキという音も、まったく聞こえなかったから、全然、気付かなかった。
「わたしの、村の人たちですよ。」
タータさんが、ほがらかに、紹介した。
すると、まわりを囲んだ、四本腕の人たちの中から、ものすごくお年寄りで、おじいさんだかおばあさんだか分からないくらい、顔も、体もしわしわの人が出てきて、
「タータ、テート、ラート、ナート。おかえり。」
と、口をもぐもぐさせながら、言った。
「おお、こちらが、化け物鳥におそわれて、空の上から、落ちた人たちじゃな? おや、おや、かわいそうに。けがをしている人たちも、おるではないか。」
「はい、そうなんです。」
と、タータさんが言った。
「ですから、この人たちを、村に泊まらせてあげて、手当てをしてあげたらいいと、わたしは思います。長老、許していただけますか?」
長老というのは、村でいちばんのお年寄りで、いちばん偉い人、という意味だ。
「はーい、わたしも、お兄さんに賛成!」
「さんせい!」
「さんせーい!」
と、タータさんの妹たちも、口々に言った。
それを聞いて、
「ああ、もちろんじゃ。」
と、長老は、大きくうなずいた。
「困っている旅人を助けるのは、わしら《草原を見張る目》の一族の、伝統じゃからのう。さあ、さあ、みんな。この方たちを、わしらの家へ、案内してさしあげなさい!」