マッサたち、夜の森を歩く
念入りに焚火のあとしまつをして、マッサたちは、洞窟を出発することになった。
「ブルー! ブルーってば、起きて! 出発だよ!」
『ムニャムニャムニャ……りんご、おいしい!』
「だめだ、こりゃ。」
焚火が消えても、まだぐっすり眠っているブルーを、マッサは、そっと抱き上げて、すっぽりとリュックサックに入れた。
もう「リュックサック」じゃなくて「ブルー入れ」っていう名前にしたほうが、あっているかもしれない。
「その、大きな羽根……つばさ、というんですか? わたしと、妹たちも、運ぶのを手伝いますよ。」
と、タータさんが言った。
「はあ? いやいや、無理だろ。」
と、ディールが言った。
「翼は、けっこう重いんだぜ。こう言っちゃあなんだが、そっちのお嬢さんたちも、あんたも、ひょろひょろじゃねえか。とても、翼を持って長い距離を歩けるとは、思えねえ。翼は、いったんここに置いておいて、後で、俺たちがまた取りに来るぜ。」
たしかに、と、マッサは思った。
翼を片方切り落として、半分くらいの重さになった翼でも、マッサは、ぎりぎりで、やっと運べたんだ。
タータさんや、妹たちの腕は、本当に、ひょろーっとしていている。
長さは、マッサの腕より、ずっと長いけど、太さは、マッサの腕よりも細いくらいだ。
あんなに細い腕で、重い荷物が運べるとは、とても思えない。
「おや、おや。」
と、タータさんは、にこにこしながら言った。
「そうですかねえ。まあ、試しに、一度、やってみましょう。ああ、よっこいしょっと。」
「あっ、やめろ、それは俺の翼だ! 落として壊したりしたら、おまえ、ぶっ飛ば――」
そう怒鳴ったディールの声が、風船がしぼむみたいに、たちまち、小さくなっていった。
「ああ、よっこらしょ! それ、どっこらしょ! もひとつ、おまけに、えいこらしょっと!」
そう、かけ声をかけながら、タータさんは、右の腕の一本で、ディールの翼を。
左の腕の一本で、ガーベラ隊長の翼を。
そして、まだあいている、二本の腕で、集めてあった騎士たちの荷物を、ごっそりまとめて、軽々と持ち上げてしまった。
「ああ、こんなの、軽い、軽い! 簡単に運ぶことができますよ。さあ、テート、ラート、ナート、あなたたちも、手伝ってください!」
「はーい!」
元気よく答えた三人の妹たちは、お兄さんのタータと同じように、
「よっこらしょー、どっこらしょー、えいこらしょー!」
と言いながら、けがをしている騎士たち全員分の翼や、その荷物を、まるで空っぽの紙袋でも持ち上げるみたいに、軽々と持ち上げてしまった。
「……すっげえ。」
いつもは、ぶつぶつ言うはずのディールが、さすがに、完全に、まいったという顔をしている。
マッサは、びっくりして、言った。
「タータさんたちは、ものすごく、力持ちなんですね!」
「いえ、いえ。こんなの、ふつうですよ。」
タータさんは、にこにこしながら答えた。
「さあ、それでは、行きましょう!」
翼と、大荷物を持ったタータさんが先頭に立ち、そのあとに、タータさんの妹たちが続き、そのあとに、ブルーをリュックサックに入れたマッサが続き、そのあとに、けがをした人たちをおんぶしたり、担架にのせたりして、騎士たちが続いた。
洞窟から出たタータさんと妹たちは、岩山のすぐとなりの、真っ暗な森の中に、どんどん踏み込んでいった。
ふつうに考えると、大荷物が、突き出した枝や、茂みに、引っ掛かってしまいそうだ。
でも、タータさんたちは、ひょいひょいと大荷物を持ち上げたり、さげたりして、ものすごく上手に枝や茂みをよけながら、進んでいった。
タータさんたちは、足が、ひょろーっと長いから、ちょっとした茂みなんかは、一歩で、ひょいっとまたぎ越してしまうこともできる。
でも、マッサたちは、そうはいかない。
「おーい! ちょっと、待ってくれ! 担架が、茂みに引っ掛かって、はやく進めねえんだ!」
後ろから、ディールの声が聞こえた。
「タータさん、ちょっと、待ってください!」
マッサは、目の前の茂みを、必死にかき分けながら、呼びかけた。
こんな真っ暗な森の中で、タータさんたちとはぐれて、迷ってしまったら、もう、どうしようもない。
「ああ、すみません、すみません。」
タータさんたちが、ひょいひょいと茂みをまたぎ越して、戻ってきた。
「わたしたちは、こうやって森の中を歩くことに、なれているから、ついつい、さっさと進んでしまいました。ここからは、少し、ゆっくり進むことにしますね。」
そうやって、どんどん森の奥に入っていくにつれて、あたりは、どんどん、暗くなってきた。
最初のうちは、うっすら、まわりが見えていたけど、今は、もう、目の前にぼんやり見えているものが、本当にタータさんたちの背中なのか、それとも、地面から生えている木なのか、それさえもよく分からない。
まずいぞ。このままでは、タータさんたちとはぐれて、迷ってしまう。
ああ、今、ここに、懐中電灯があればなぁ……!
「ん?」
その瞬間、マッサは、何かを思い出しそうになった。
懐中電灯だって?
「ああーっ!!」
マッサは、思わず、めちゃくちゃ大きな声を出してしまった。