マッサたち、しょうたいされる
「……失礼。何ですって?」
「わたしは、タータ。《草原を見張る目》の一族です。」
そのひとは、そう言って、また、にっこり笑った。
ひょろっと背が高くて、やせている。
どうやら、男の人のようだ。
髪の毛を長く伸ばして、何本もの、細い細いみつあみにして、たらしている。
四本の腕も、それぞれの手の指も、脚も、全部がひょろ長くて、こう言ってはとても失礼だけど、全体的に、姿が、足の長いクモみたいな感じだ。
「一族、ということは、あなたは、一人でここにいるのではないのですね?」
「ええ、もちろん、そうですよ。」
と、タータさんは言った。
「一族みんなで、そっちの森に住んでいます。そして、悪いやつらが――大魔王の手下みたいな、悪い奴らが、森を荒らさないように、見張っているんです。だから、このあたりには、化け物オオカミも、こわがって、近づかないんですよ。」
「そうだったのか。」
ガーベラ隊長が、感心したように言った。
「こういうとき、いつもなら、絶対にあらわれるはずの化け物オオカミが、姿を見せないので、ふしぎだと思っていたのです。それは、あなたがたのおかげだったのですね。本当にありがとう。あなたがたのおかげで、私たちは、命が助かりました!」
「ええ、まあね。うれしいなあ! こんなふうに、旅のひとたちに、感謝してもらえるなんて。このごろは、大魔王の手下をおそれて、このへんを旅する人たちは、まったく、いなくなってしまいました。昔は、もっと、いろんな人たちの行き来があったのに。
あの頃は、楽しかったなあ! わたしたちは、旅の人たちと、いろんな話をするのが、本当に好きだったんです。いつか、また、あんなふうになったらいいのに。」
タータさんは、かなしそうに言った。
それを聞いて、みんなは、顔を見合わせた。
「あのう。」
何となく、みんながマッサを見たので、マッサは、思い切って、一歩前に出て、タータさんに話しかけてみた。
「実は、ぼくたち、そのために、旅をしている途中なんです。」
「そのために? ……って、どのためですか?」
「また、昔みたいに、みんなが、安心して、このへんを旅することができるようにするためです。つまり、そのために、ぼくたちは……大魔王をやっつけるために、旅をしているんです。」
「ええっ?」
タータさんは、驚いて、長い長い四本の腕を、大きく広げた。
「あなたたちが? 大魔王を? やっつけるんですか? それは、すごいですねえ。でも、いったい、どうやって?」
みんなが、また、一斉にマッサを見た。
マッサがガーベラ隊長の顔を見ると、隊長は、一瞬だけ迷ってから、うなずいた。
マッサは、心を決めて、もう一歩前に出ると、シャツの中から、《守り石》を引っぱり出した。
「これは《守り石》です。ぼくは、この国の、王子なんです。七人の仲間を探して、大魔王をやっつけるために……まずは、魔女たちの都へ行きたいんです!」
タータさんは、しばらくのあいだ、目をまんまるく見開いて、《守り石》と、マッサの顔を見比べていた。
「へーえ!」
と、ずいぶんながいこと経ってから、タータさんは叫んだ。
「ええ、ええ、わたしも、噂には、聞いたことがありますよ。《守り石》を持つのは、この国の、王家の人たちだって。そして、こんな予言も、聞いたことがあります。『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う』ってね。……へーえ! あなたが、その、王子様ですか! あなたがねえ! はあ、すごいなあ。」
「そこで、です。」
のんびりした驚き方をしているタータさんに、ガーベラ隊長が、きびきびと言った。
「急に、こんなことをお願いするのは、申し訳ないのですが……どうか、私たちを、助けていただけないでしょうか?」
「助ける、ですって? いったい、どんなことで、わたしの助けが必要なんです?」
「実は、この洞窟の奥にいる私たちの仲間が、大けがをして、動けなくなっているのです。もしも、あなたの一族の方々の助けが得られるのならば、これほどありがたいことはないのですが。」
「おや、おや、まあ!」
と、タータさんは、また、長い長い四本の腕を大きく広げた。
「けが人が、いるのですか。それなら、もっとはやく言ってくれたらよかったのに。ええ、大丈夫、もちろん、助けてあげますよ。旅の人たちを歓迎し、助けるのは、わたしたちの、昔からの伝統ですからね。……来てください、テート、ラート、ナート!」
タータさんが、急に、呪文のような言葉を叫ぶと、入口の上から、次々と、三つの人影が飛びおりてきた。
見れば、三人とも女の人で、みんな、タータさんと同じ、四本腕の人たちだ。
「うおおっ!? きっ……」
気持ちわりい、と、ディールがまた叫びかけたところで、ガーベラ隊長が、さっとげんこつを固めた。
それが見えたのか、
「きっ……き、き……きれいな、お嬢さんたちだな。」
と、ディールは、途中で言い直した。
「そうでしょう、そうでしょう!」
と、タータさんは、機嫌よさそうに笑った。
「こっちが、テート。そっちが、ラート。あっちが、ナート。三人とも、私の妹です。」
「あっ、もしかして。」
と、マッサは、あることに気がついて、言った。
「さっき、シュッとか、ヒュッとか言ってたのは、タータさんと、妹さんたちが、何か、合図を出し合ってたんですか?」
「ええ、そう、その通りですよ。あなたたちが、空から落っこちるところを、私たちは見ていました。それから、みなさんが岩山のほうに近づいてくるのが見えたので、わたしたちきょうだいが、様子を見に来たんです。みなさんが、いいものなのか、わるものなのか、分からなかったので、暗号の合図で話をしながら、そっと近づいてきた、というわけですよ。……さあ! それでは、みなさん、行きましょうか!」
「えっ?」
いきなり、タータさんが元気よく言ったので、マッサは、びっくりした。
「行くって、どこに行くんですか?」
「もちろん、わたしたちの村の、わたしたちの家にですよ。」
タータさんは、にこにこしながら、当たり前のように言った。
「そこなら、一族のみんなもいるから、安心して眠れます。薬も、食べるものもありますよ。さあ、さあ、どうぞ! みなさん、えんりょなく、いらしてください!」