なぞの人物、あらわれる
「うおっ!?」
ガーベラ隊長も、ディールも、《三日月コウモリ》隊の隊長も、他の騎士たちも、同時にまったく同じ声を出して驚いた。
マッサは、といえば、おどろきすぎて、声も出なかった。
だって――洞窟の入口の、上のほうから、人間の顔が、ひょいっ! と、逆さまに、こっちをのぞき込んできたからだ!
「な、何だっ!?」
「人間……!?」
みんなの声に驚いたのか、その顔は、目を丸くすると、ひゅっ! とすごい速さで、また、上に引っ込んでしまった。
あんまり速すぎたし、逆さまだったので、どんな顔だったか、男か、女かも、はっきりとは分からなかった。
「今のは……何だ!? 人か!?」
「いや、でも、入口の上は、ものすごい崖になってたはずですぜ! つかむ場所もねえのに、普通の人間が、逆さまになって、はりついていられるわけがねえ。」
「では、化け物……!?」
「あんな化け物のことは、聞いたこともないが……」
みんなが、ひとしきり、がやがや言い合ったところで、
「よし。……とにかく。」
ガーベラ隊長が、すうっ、と息を吸い込み、
「そこの……えー……そこの、どなたか!」
さっきよりも、ずっと丁寧な言い方で、言った。
「先ほどは、おどかすような言い方をして、申し訳なかった。あなたがたは、いったい、何者か? もしも、我々の敵ではないというのなら、どうか、姿を見せていただきたい!」
「つまり、そっちが、大魔王の手下かどうか、ってことだ!」
ガーベラ隊長の横から、ディールが、そう付けくわえた。
「そっちが、大魔王の手下じゃねえんなら、俺たちの敵じゃねえ。姿を見せてくれ!」
すると、
「うわっ!」
ひょいっ! と、また、同じように入口の上から、逆さまに、顔が飛び出してきて、みんなはびくっとした。
それから、
「うおっ!」
と、みんなは、また、びっくりした。
入口の上から逆さまに顔を出した、そのだれかが、急に、くるっ! と宙返りをしながら、すたっ! と洞窟の入口の地面に着地して、まっすぐに立ったからだ。
「わたしたちが、大魔王の、手下ですって!」
そのひとは、そう言いながら、とんでもない、というように、両腕をパッと広げた。
「なんてことだ! とんでもない間違いです。わたしたちが、大魔王の、手下だなんて!」
「うおおおっ!?」
マッサの横で、ディールが、ばかでかい声で叫んだ。
他のみんなも、実は、同じくらい叫びたかったけど、びっくりしすぎて、声が出なかったのだ。
「うそだろっ!?」
ディールは、入口に姿をあらわした、そのひとを指さして、大声を出した。
「腕が、四本もあるッ!? 虫みてえ! 気持ちわりい!」
ボカァッ!! と、ものすごい音がした。
となりに立ったガーベラ隊長が、げんこつで、ディールを、思いっきりパンチしたんだ。
ディールは、横にぶっ飛んで、岩の床に引っくり返ってしまった。
「おや、おや。」
入口に立った、四本腕のひとが、驚いたように、ちょっとのんびり、そう言っているうちに、
「私の部下が、たいっへん、失礼なことを申し上げて、本当に申し訳ない。」
ガーベラ隊長が、握った拳をひらきながら、丁寧に言った。
「しかし……私たちは、あなたのような姿をしたひとに、これまで、会ったことがないのです。あなたは、何者ですか? ……ああ、失礼、まずは、こちらから名乗りましょう。私は翼の騎士団《銀のタカ》隊の隊長、ガーベラ。人間です。」
「ぼくは、マッサ。人間です!」
マッサも、隊長の真似をして、すぐに、そう言った。
王子、ということは、言わなかった。
相手が、本当はどういう人なのか、まだ、はっきりとは分からないからだ。
騎士たちも、隊長やマッサにならって、次々に、自己紹介をした。
「いててててて……」
「で、そこに引っくり返っているのが、私の部下のディール。彼も人間です。」
ガーベラ隊長のパンチで吹っ飛び、よろよろしながらやっと起き上がってきたディールのぶんまで、かわりに紹介して、
「で、あなたは?」
と、ガーベラ隊長が言った。
「ああ!」
そのひとは、よくわかりました、というように、にっこり笑って、長い長い四本の手を、胸の前であわせた。
「これは、どうも、ごていねいに。わたしは、タータ。《草原を見張る目》の一族です。」