マッサたちと、謎の音
チッ、チッ……チチッ、チチッ……
マッサは、一瞬、自分の聞き間違いかと思った。
でも、そうじゃないということは、すぐに分かった。
となりで見張りに立っていたディールも、はっとして、マッサのほうを見たからだ。
ディールは声を出さなかったけど、その顔は、はっきりと、
『今の音、おまえも聞いたか!?』
と、言っていた。
マッサも、声を出さずに、
『うん、ぼくも、聞きました!』
と、大きくうなずいた。
マッサとディールは、身動きもせずに、全神経を、自分の耳に集中した。
ざわざわ、ざわざわ、という、草や木の揺れる音。
チッ、チッ……チチッ、チチッ……
『今、また、聞こえた!』
マッサとディールは、顔を見合わせた。
聞き間違いじゃない。
草や木の葉の音にまじって、確かに、舌打ちをするような、チッ、チッ、という音が聞こえる。
シッ、シッ……チチッ……シッ、シーッ……
歯のあいだから、するどく息を吐くような、別の音まで聞こえてきた。
その音は、確かに、洞窟の外から聞こえてくる。
石とか、枝とかが立てる音だとは思えない。
どう考えても、何かの生き物が立てている音だ。
「ディールさん、何だろう……まさか、化け物オオカミかな!?」
さすがに、がまんできなくなって、マッサがひそひそ声で言うと、
「いや、奴らの声は、こんなふうじゃない……俺にも、何だか、分からん。」
ディールが、槍を構えながら、緊張した声でささやいた。
「マッサ。俺は、ここを見張る。おまえ、奥へ行って、隊長たちを起こしてくれ。ただし、外の奴に気付かれないように、静かにな!」
「うん、わかった……!」
マッサは、大急ぎの泥棒みたいに、こそこそこそっと洞窟の奥へ走っていって、
「隊長、起きてください!」
と、小さな声で呼んだ。
マッサが、肩をつかんで揺らすよりもはやく、ガーベラ隊長は一瞬で目を開き、置いていた槍をつかみながら立ち上がった。
ガーベラ隊長だけじゃなく、《三日月コウモリ》隊の隊長も、同時に起き上がっていた。
他の、けがをしていない騎士たちも、たちまち起き上がった。
さすが、ふだんから、化け物鳥たちとの戦いで鍛えられている人たちだ。
今、寝ていたのに、もう、すぐにでも戦う用意ができている。
「王子、何事です?」
「外に……何だかわからないけど、何か、チッとか、シッとかいうやつがいるみたいなんです! 何か、生き物……今、ディールさんが見張ってます。」
「分かりました。私が行きましょう。王子は、ここに。みな、王子を守れ。」
ガーベラ隊長は、槍を構えて、じりじりと入口のほうに出ていった。
「ぼくたちも、もうちょっと、前に行きましょう……!」
隊長が心配で、マッサや、他のみんなも、身構えながら、じりじりと前に進み、入口が見えるところまで出て、立ち止まった。
ガーベラ隊長は、入口の手前の、ディールのところまで、足音を立てずに進んでいった。
「ディール、様子は?」
「ああ、隊長……外に、何だかしらねえが、チッとか、シッとかいうやつがいますぜ。何か、生き物らしい。」
「おまえ、王子と同じ言い方をしているぞ。」
ガーベラ隊長は、ちらっと笑ったが、すぐに、真剣な顔になった。
チ、チ、チッ、チチッ……
シッ、シーッ……シューッシュッ……
チチチ……チッ、チッ……
「音が、ひとつじゃない。それに、近づいてきてる。もう、入口の、すぐそこから聞こえる。」
耳を澄ましていたガーベラ隊長は、そう言って、ぐっと槍を握りしめた。
隊長は、ディールと顔を見合わせて、うなずきあった。
いったん、みんなのほうをちらっと振り返ってから、すぐに、顔を入口に向け直し、
「何者だっ!!」
泥棒だったら、腰をぬかして転んでしまいそうな、ものすごくこわい声で怒鳴った。
「おまえたちが、そこにいることは、分かっている! 正々堂々、姿をあらわせ! さもないと、こちらから行って、串刺しにしてやる!」
しーん、と、なった。
「……逃げた、の、かな?」
「しいっ。」
思わず呟いたマッサを、《三日月コウモリ》隊の隊長がおさえる。
チチチッ、チチチッ……
シューッシュッシューッ……シュッ……
チチチチチチチ……
また、あの音がしはじめた。
さっきよりも、音が、激しくなっている。
まるで、何か、言い合っているみたいな音だ。
今ので、怒ったんだろうか? それとも……
「おい!」
ガーベラ隊長が、槍を構え、じりっと前に出ながら、また怒鳴った。
「もう一度、言う! 姿をあらわせ! これが、最後の警告だ。素直に出てこなければ、次は、こちらから出ていって、おまえたちを串刺しにしてやる!」
ディールも、他の騎士たちも、武器を握りしめ、ぐっと身構えた。
外は、また、しーんとした。
そして――
ひょいっ! と、洞窟の入口の、上側から、何かがあらわれた。