マッサ、翼を運ぶ
ガーベラ隊長は、ぐったりと倒れているルークの両わきに後ろから手を入れ、少しずつ引っ張って、担架の上に寝かせた。
気を失った大人の男の人の体を、鎧までつけているのに、引っ張って動かすなんて、ガーベラ隊長は、本当にすごい力持ちだ。
マッサも、足のほうを持って手伝おうとしたけど、足が片方折れているようだ、とガーベラ隊長が言っていたことを、ぎりぎりで思い出して、あわてて手を引っ込めた。
そこへ、
「隊長ーっ!」
と、聞こえてきた、あの声は!
「おお、ディール! 他のみなの様子はどうだ?」
「けが人は、ここにいるルークを入れて、全部で五人。あっちにいる四人のうち、二人は、かすり傷です。しかし、あと二人……ハイモンと、リゲルは重傷です。とても動けない。」
「重傷か。命に、別状は?」
「たぶん、……いや、大丈夫です。すぐには。」
「よし。手を貸せ、ルークを運ぶ。……王子! マッサ王子!」
ショックなことが起こりすぎて、呆然としていたマッサは、呼ばれて、はっとガーベラ隊長の顔を見た。
「その翼の残りが、持てますか?」
ガーベラ隊長が言っているのは、さっき、片方の羽を切り落とした、ルークの翼の残りだ。
「翼の部品は貴重です。特に、背中の、翼を開くためのしかけの部分は、簡単には、次を作ることができない。ぎりぎりまで、持っていきたいのです。担げますか?」
「う……うん。……はいっ!」
マッサは、大きな声で返事をして、自分に気合いを入れ、壊れた翼の残りを、ふーんっ! と持ち上げた。
持ってみると、壊れた翼は、マッサが元の世界で乗っていた自転車より、ちょっと重いくらいで、何とか、一人でも持ち上げることができた。
「では、行きましょう! 王子、私の前を歩いてください。後ろでは、お姿が見えません。何かあったときに、あぶない。あちらへ、まっすぐです。そう、そのまま、まっすぐ進めば、みなが集まっている場所に着きます。」
マッサは、こわれた翼を、何とか肩の上にのせてかつぎ、よいしょ、よいしょと歩き出した。
でも、大きな翼は、どうやって持っても、はしが、地面についてしまって、草や石に引っ掛かって、ものすごく歩きにくい。
それに、最初は何とか持ち上げられると思ったけど、歩いているうちに、どんどん重く感じてきた。
自転車でも、持ち上げてみろ、と言われたら持ち上げられるけど、ずっと持ち上げたまま、家から学校まで歩け、と言われたら難しいのと同じだ。
でも、マッサは、よろよろしながら、がんばった。
後ろからは、仲間を担架にのせたガーベラ隊長とディールが、ゆっくりとついてくる。
みんなも、がんばっているんだから、ぼくだって、がんばらないと……!
と、そのときだ。
かついでいる翼が、ほんのちょっとだけ、軽くなったような気がした。
『フン! フン! フゥンッ!』
と、気合いの声を出しながら、地面をずるずる引きずっている翼の先を、ブルーが、いっしょうけんめい、後ろから押してくれていた。
「ありがとう、ブルー!」
「王子、あと少しです。……おーい! 手伝ってくれ!」
ガーベラ隊長に呼びかけられて、草原のなかの、大きな岩の近くに集まっていた騎士たちが、急いでこっちにやってきた。
「王子、その翼を、こちらへ。俺たちが持ちます。」
「ありがとうございます……」
騎士たちに翼を渡すと、マッサは、両腕を思い切りぶらぶらと振った。
ちょっと、歩いて翼を運んだだけで、もう、腕が取れるんじゃないかというくらい、だるい。
大きな岩のそばに近づくと、そこには、他のこわれた翼が集められていて、二人の騎士たちが、ルークと同じように、ぐったりと横になっていた。
あと二人の、けがをした人たちは、起きていて、仲間に手当てをされながら座っていたけど、気絶していないせいで、かえって痛いらしく、苦しそうにうなっていた。
「みんな、ごめんなさい! ぼくのせいで……」
「いや、王子のせいではない。」
ガーベラ隊長が短く言って、あたりを見回した。
「このまま、ここに留まっていることはできない! いつ、我々のにおいを嗅ぎつけて、化け物オオカミがやってくるかわからない。こんな、ひらけた場所にいては、簡単に取り囲まれてしまう。それに、このまま朝になれば、我々の姿は丸見えだ。どこか、身を隠せる場所に――」
「ガーベラ殿、あそこはどうだろう。」
同じようにまわりを見回していた、《三日月コウモリ》隊の隊長が、指をさして言った。
「あそこに……そう、あちらの森の横に、大きな岩山がある。岩を背にすれば、少なくとも、後ろを敵に囲まれるおそれはない。屋根のかわりになる洞窟も、あるかもしれない。」
「そうですね。」
ガーベラ隊長は、大きくうなずいて、言った。
「よし、我々は、今から、あの岩山を目指して出発する! けが人を運ぶ者は、できるだけ揺らさないよう、気をつけて運んでくれ。荷物は、全員で分担して運ぶ。けが人の翼は……一度に運ぶのは、無理だな。いったん、ここに置いておき、後で、戻って回収する。よし、行こう!」