マッサ、ショックを受ける
化け物鳥のむれが来たぞーっ、というディールの叫び声がまだ終わらないうちに、騎士たちは全員が目を覚まして、戦いのための態勢に入っていた。
《銀のタカ》隊の騎士たちが、長い槍を、ぶうんと振って、翼同士をつないでいた、二本の細長い棒を切り離す。
それまで、ひとかたまりに集まって飛んでいた騎士たちは、ばあっとお互いに距離をとって、マッサたちのまわりに広がった。
ピピピーッ、ピピピーッ!
鋭い『空笛』の音のあいまに、
ギャーッ、ギャーッ、ギャギャギャーッ!
遠くから、不吉な鳴き声が聞こえはじめた。
化け物鳥の声だ。
マッサは、片手で、リュックサックに飛び込んでしまったブルーを抱きかかえ、もう片方の手で、かごのふちをつかみながら、必死にまわりを見回した。
真っ暗で、ほとんど、なんにも見えない。
化け物鳥が、どっちから襲ってこようとしているのかも、マッサには分からなかった。
でも、ギャーッ、ギャーッという声だけは、どんどん近づいてくる。
マッサの体は、ぶるぶる震えだした。
マッサは、びっくりした。
自分では、そんなつもりがないのに、こわすぎて、体が、勝手にがたがた震えている。
もう、戦いが、はじまってしまう!
ピピ、ピピ、ピピーッ!
また、鋭い『空笛』の音が聞こえた。
その瞬間、マッサたちを乗せたかごは、びゅーんと、すごいスピードで、騎士たちがいるところから、離れはじめた!
「えええっ!?」
マッサは、びっくりして、上を見上げた。
ディールと、もう一人の若い騎士が、自分たちを運んで飛んでいる。
どうして、今、みんなから離れていくんだ?
これから、戦いが始まるのに!
「ディールさん! どうしたんですか!? 戻って! 化け物鳥が来てるのに、みんなを置いていって、どうするんですか!?」
「ばっかやろおおおお!」
上から、ディールの怒鳴り声が降ってきた。
「おまえを、敵の手に渡すわけには、いかねえだろうがぁ! 隊長たちが、あそこで戦って、奴らを食い止める! そのあいだに、俺たちが、おまえを運んで逃げるんだ!」
「……そんなぁ!?」
マッサは、ものすごいショックを受けた。
必死に首をねじって振り向くと、暗い中で、月あかりに照らされて、化け物鳥と、騎士たちの翼が、入り乱れて飛びかっているのがかすかに見えた。
かすれた『空笛』の音と、化け物鳥たちの叫び声も、いりまじって聞こえる。
それが、あっというまに、遠ざかっていく。
あんなに、必死に戦ってくれているガーベラ隊長や、他のみんなを置いて、自分だけ逃げるなんて!
……あっ! まるで、紙飛行機が落ちるみたいに、一人、やられて、落ちていった!
「ディールさん! 戻って! 戻ってください!」
マッサは、かごのふちをつかんで立ち上がり、必死に叫んだ。
「ぼくは、大丈夫! 『守り石』があるから、けがなんかしないよ! だから、戻って! ガーベラ隊長たちを助けて、一緒に戦ってあげてよ!」
「マッサ、この、アホウ!」
ディールは、本気で怒っている声で怒鳴り返してきた。
「俺だって、戻れるもんなら戻りてえよ! だが、おまえは、この国の希望だ。どうしても、おまえを魔女たちの都に連れていかなきゃならねえんだ!
確かにおまえには『守り石』があるが、その石は、そうやって身につけているあいだしか、働かねえ!
おまえが、もしも、化け物鳥に、誘拐されて、大魔王のところに連れていかれて、『守り石』を取り上げられてから、殺されちまったら、どうする!?
そうなったら、大魔王をやっつけることは、もう、誰にもできなくなるんだぞ!」
マッサは、さっきよりも、もっと大きなショックを受けた。
そうか。この石を、取り上げられてしまう、っていう可能性も、あるんだ。
そうなったら、マッサには、もう、なんにもできない。
かんたんに、殺されてしまうだろう……
「でも!」
マッサは、叫んだ。
「このまま、ガーベラ隊長や、みんなを見捨てるなんて、できないよ! ディールさん、やっぱり、戻ってください!」
「だああぁぁっ! おまえ、俺の話を聞いてなかったのかよ!? 俺たちは、おまえを、戦いの中に連れて戻ることは、できねえんだ――!」
そのときだ。
マッサは、ふと、何かを思いつきそうになった。
まだ、怒鳴っているディールの声も、集中しすぎて、聞こえなくなった。
何か……もうちょっとで……いいことを、思いつきそうな気がする。
マッサは、自分たちが乗っているかごと、ディールたちをつないでいるロープを見た。
ロープ。
「そうだ!!」
マッサは叫んで、ロープをつかみ、大きく揺さぶりながら叫んだ。
「ディールさん! これ、切ってください!」