翼の騎士たち、眠る
空の旅がはじまった最初のうち、マッサは、緊張して、まわりをきょろきょろ見回してばかりいた。
いつ、どこから、化け物鳥のむれがおそってくるか分からないからだ。
かごのふちを、しっかりつかみながら、そーっと、クッションの上に膝立ちになって、右や、左や、前や、後ろを見回す。
騎士たちが、ときどき、ヒュウッ! ヒュウッ! と空笛を鳴らすたびに、マッサは、かごの中で飛び上がった。
敵が来たぞ! という、しらせかと思ったからだ。
でも、どうやら、そうじゃないみたいだった。
騎士たちは、『そっちはどうだ?』『異常なし!』ということを、お互いに報告しあっているらしい。
朝から、昼になっても、何にも起こらなかった。
ただ、空を飛んでいるだけだ。
本当は、それだけでもすごいことだけど、こう何時間も続くと、なれてきて、飽きてしまう。
ときどき、まがりくねった川の上をこえたり、森の上を飛んだり、遠くに小さな村や、町が見えたりするけど、ただ、それだけだ。
一度、ブルーが、気がついて、リュックサックから出てきたけど、自分たちがまだ空の上にいるとわかると、
『ブルルルルッ! こわい!』
と言って、またリュックサックの中にもぐりこんでしまった。
だから、景色を見ながら、ブルーといろいろ話をすることもできない。
しかも、朝早くに叩き起こされたせいで、ものすごく、眠くなってきた。
でも、徹夜で準備をしてくれた騎士たちが、寝ずに飛んでくれているのに、夜に寝ていたマッサが、かごの中でぐうぐう寝ていたら、悪すぎると思って、がまんした。
うう、でも、眠い。ねむすぎる……
ゴン!
「いたっ!」
マッサが、つい、こっくり、こっくりしていたら、急に、背中に何かがぶつかった。
ここは空中なのに、いったい、何がぶつかってきたんだろう!?
まさか、敵!?
「あー、悪い、悪い!」
上から、そんな声が聞こえてきた。
ディールだ。
「今、水筒をおろしたんだが、ぶつけちまった。わざとじゃねえぜ!」
言われて、見てみると、長いロープにむすびつけられた水筒が、かごの中に転がっていた。
そういえば、朝ごはんから、今まで、何も飲んでいない。
マッサは、水筒からひと口、水を飲んだ。
それから、手のひらに水を少し出して、
「ブルー、お水だよ!」
と呼ぶと、ブルーが、リュックサックから、ひゅっと顔だけ出して、ぺろぺろっと水をなめて、また、すばやく、ひゅっと引っ込んだ。
空の上で、リュックサックから外に出るのは、こわいみたいだ。
「ディールさん、ありがとう!」
マッサが、上を見上げて、そう言うと、
「おう! しばらく、水は、それだけしかないからな。少しずつ、大事に飲めよ!」
と、ディールが、片手を上げるのが見えた。
正直に言うと、さっき、水筒がぶつかったときは、ぼくが寝ていたから、ディールさんは、わざとぶつけたんじゃないかな? と思ったけど、もしかしたら、本当に、わざとじゃなかったのかもしれない。
こわいような、優しいような……いったい、どっちなのか、よくわからない人だ。
それから、また、ながーい、ながーい空の旅が続いた。
マッサが、つい、うとうとしたり、はっ! と目を覚ましたりしているうちに、太陽はだんだん傾いて、西の空が、真っ赤な夕焼けに染まりはじめた。
ヒューッ、ヒュッ、ヒュヒュヒューッ!
『空笛』が、聞いたことのない鳴り方をして、マッサが、はっと上を見上げると、騎士たちが、空を飛びながら、すごいことをしはじめていた。
水の中を泳ぐ魚のむれみたいに、騎士たちは、すーっと並び方を変えた。
《三日月コウモリ》隊が、前に出て、その後ろに、ガーベラ隊長たちの《銀のタカ》隊が、ぴったりと近づく。
《銀のタカ》隊の人たちが手を伸ばしたら、《三日月コウモリ》隊の人たちの足の裏をくすぐれるんじゃないか、というくらいの近さだ。
全部、飛びながらやっているから、もし、ちょっとでも近づきすぎて、ぶつかってしまったら、バランスが崩れて墜落してしまう。
でも、騎士たちは、落ち着いて、ひとつひとつの作業を、確実に進めていった。
《銀のタカ》隊の騎士たちは、自分の翼にくっつけて運んでいた、二本の細長い棒を取り出した。
その棒の、両方の先には、それぞれ、小さいフックがついていた。
《銀のタカ》隊の騎士たちは、その棒をつかって、自分の前を飛んでいる《三日月コウモリ》隊の騎士たちの翼と、自分の翼を、右と、左の二ヶ所で、しっかりとつないだ。
ふたつの翼が、細くてじょうぶな二本の棒で、合体した状態になったんだ。
ヒュヒューウ、ヒュヒューウ!
合図と同時に、一瞬、後ろを飛んでいる《銀のタカ》隊の騎士たちの飛ぶ高さが、がくん、と下がった。
マッサは、もうちょっとで、あっ! と言いそうになった。
みんなが、墜落してしまう! と思ったからだ。
でも、大丈夫だった。
一瞬、がくんと下がった《銀のタカ》隊の騎士たちは、また、すぐにしっかりと風に乗って、《三日月コウモリ》隊の騎士たちに引っ張られながら、順調に飛び続けた。
よく見ると、引っ張られているほうの《銀のタカ》隊の騎士たちは、自分の槍を、翼のベルトにしっかりとくくりつけて落ちないようにし、手足を、だらーんと楽にして、完全に力を抜いているようだった。
ガーベラ隊長も、そうやって、もう、ぐっすり寝ているように見えた。
「すごいや。」
マッサは、上を見上げながら、思わず、つぶやいた。
「ほんとに、みんな、空の上で寝てる!」
そのとき、
「ふわあああああ。」
と、上から特大のあくびが降ってきて、マッサは、はっと気がついた。