マッサ、飛び立つ
六人ずつ、二列に並んだ騎士たちのうち、後ろの列の人たちの顔を、マッサは、一度も見たことがなかった。
「はじめまして、王子。我らは《三日月コウモリ》隊の者です。」
「三日月……? あっ、そうだ、ガッツが言ってた! 夜空の戦いが専門の人たちですよね。昨日も、空で戦ってた!」
「よくご存じで。」
《三日月コウモリ》隊の隊長らしき、強そうな男の人が、目を細くして笑った。
「その通り。ガーベラ隊長の《銀のタカ》隊とともに、我らが、王子をお守りします。」
「昨日の夜、みなで、作戦会議をしたのですよ。」
ガーベラ隊長が、話の先を続けた。
「ここから、魔女たちの都まで、およそ一週間。途中で、安全に泊まれる町は、一か所しかありません。」
「えっ、一か所!?」
「ここのように、まわりに、しっかりとした石の壁があって、じゅうぶんな守りがある町は、少ないのです。小さな村などに泊まって、もしも、そこに王子を狙う敵がやってきたら、そこに住んでいる人たちを、まともに戦いに巻き込むことになります。」
「ああ、そうか……」
自分が、ぐっすり寝ているあいだに、ガーベラ隊長たちが、そこまで考えていたのかと思って、マッサは、ちょっと恥ずかしくなってきた。
「ですから、こういう作戦を考えました。《銀のタカ》隊と《三日月コウモリ》隊の共同作戦です。これで、何日でも、地面に降りずに、飛び続けることができます。」
「ええっ?」
どういうことだか分からず、マッサは、びっくりした。
「何日でも、地面に降りずに……って、みんな、ずっと徹夜しながら、飛び続けるってことですか? だめですよ、そんなの! 体に悪すぎるし、頭だって、ぼーっとしちゃいますよ。戦いになっても、力が出せませんよ。」
「違います。」
ガーベラ隊長が、ぱたぱたと手を横に振った。
「そんなに何日も徹夜して飛ぶのは無理だから、この作戦を考えたのですよ。
つまり、昼のあいだは、我々《銀のタカ》隊が前を飛び、《三日月コウモリ》隊の人たちを、ロープでつないで、凧みたいに、引っ張ります。《三日月コウモリ》隊は、昼のあいだ、そうやって引っ張られて飛びながら寝て、夜になったら、引っ張る役を、我々と交替するのです。」
「凧みたいに、引っ張られながら、寝るんですか!? 空を飛びながら!? そんなこと、できるんですか?」
「できますとも。」
《三日月コウモリ》隊の隊長は、当たり前みたいにうなずいたけど、どうすればそんなことができるのか、マッサには全然、想像がつかなかった。
「本当は、もっと大勢で王子をお守りすることができれば、いいのですが。」
と、ガーベラ隊長が言った。
「この砦の守りを、あまり薄くすることはできない、という理由と、あまり大勢でかたまって飛ぶと、目立ちすぎて、敵に見つかりやすくなり、かえって危ない、という理由から、この人数になりました。」
「いや、みなさんが、これだけ来てくれたら、ぼくは、じゅうぶん安心です。ぼくのために、集まってくださって、本当に、ありがとうございます。」
マッサが、騎士たちに深々と頭を下げると、騎士たちも、
「どういたしまして。」
と膝をついて、頭を下げた。
立ち上がったガーベラ隊長が、ちらっと空を見て、言った。
「もうすぐ、日がのぼる。城壁の上に移動しましょう。」
手を振る町の人たちにお別れを言って、マッサと騎士たちは、町を囲んでいる、高い石の壁の上にのぼった。
そこには、もう、騎士たちの翼が、ちゃんと用意されていた。
東のほうを見ると、空の色が、少しずつ明るくなってきている。
「離陸の用意を!」
騎士たちは、協力し合って翼を背負い、兜をかぶり、長い槍を持ち、かしゃん、かしゃんと音を立てて、目をおおう板をおろした。
いよいよだ。
「おい、王子様は、こっちだ。」
ディールが、めんどうくさそうに手招きをしている。
マッサたちが近づくと、そこには、植物のつるで編まれた、バスタブみたいな形の、大きな大きなかごが置かれていた。
中には、いくつかのクッションと、薄い毛布も入っていた。
ここに来るときに乗ってきた、木の枝のブランコの、百倍くらい豪華になっている。
「あっ! もしかして、また、ディールさんが、ぼくをぶら下げていってくれるんですか?」
「そうだ! まったく、めんどくせえ。でも、隊長に、そうしろって言われたからな。ほれ、さっさと乗れ!」
マッサは、ブルーといっしょに、急いでかごに乗りこんだ。
かごの四隅から、それぞれロープが出ていて、その先が、ディールと、もう一人の若い騎士のベルトにつながっている。
今度は、二人がかりで、ぶら下げていってくれるみたいだ。
豪華さが、二百倍になっている。
「風が、来まーす!」
おでこの前に手をかざして、東のほうを見張っていた騎士のひとりが叫んだ。
ヒュウーヒュウーヒュウー!
翼のレバーに手をかけ、姿勢を低くした騎士たちが、いっせいに『空笛』の音を響かせる。
ざああああああっと草をなびかせながら、大きな風のかたまりが、城壁に向かって押し寄せてくる。
同時に、地平線から、太陽がのぼり、金色の光が、矢のように広がった。
「うわっ!」
東のほうを見つめていたマッサは、まぶしすぎて、思わず目を閉じてしまった。
ヒュウッ!
空笛の音がするどく響き、騎士たちは、翼を開くレバーをいっぱいに引いた。
バサアッ!!
巨大な鳥のはばたきのような音を立てて、マッサたちをのせたかごとともに、翼の騎士たちは、空へとまいあがった。
マッサは、かごのふちを両手でつかんで、見下ろした。
砦の建物と、手を振るガッツたちの姿が、あっという間に遠ざかって、小さくなっていく。
「ガッツ、みんな! いってきまーす!」
マッサは、そう叫んで、思いっきり手を振り返した。
ブルーは、こりずに、下がどうなっているか見てみようとして、クッションのすきまから、そーっと下をのぞき、
『……ブルルルルッ。』
と言って、気絶してしまった。
「やっぱり!」
マッサは、リュックサックを、カンガルーのふくろみたいに、自分のお腹のほうにかけて、その中に、気絶したブルーを入れてあげた。
もしも、かごが大きく揺れたときに、ブルーが、空に放り出されてしまったら大変だからだ。
かごのふちを、しっかりつかんで、後ろを振り返ってみると、もう、砦の街は、まるで模型みたいに小さくなって、『青いゆりかごの家』がどれなのかも、全然わからなかった。
さあ、いよいよ、魔女たちの都をめざす旅のはじまりだ!