マッサの家出作戦
学校が終わると、「さようなら。」のあいさつをまだ言い終わらないうちに、マッサは教室を飛び出して、転びそうになりながら走って、走って、家に帰った。
靴を脱ぎ散らかしながら、廊下を走って、階段をかけあがり、部屋に飛び込んだ。
マッサは、こおりついたみたいに、その場に立って、ベッドの上をじっと見下ろした。
朝、ぐちゃぐちゃのままで飛び出してきたはずのふとんは、足元のほうにきちんとたたまれていた。
筆箱は、机の上に、きっちりおかれていた。
でも、「おはなしのノート」は、どこにもなかった。
マッサは、そうっと、ベッドの上のふとんをめくってみた。
念のために、ベッドの下も見た。
机の引き出しも、全部あけてみた。
それでも、大事な大事な「おはなしのノート」は、どこにも見当たらなかった。
ぎし、ぎし、ぎしと階段が鳴る音がして、ドアがひらき、おじいちゃんが入ってきた。
「マッサ、帰っとったのか。なんだ、ただいまも言わないで。」
「お、お、おじいちゃん。」
あんまり、嫌な予感がしすぎて、口をふるわせながら、マッサは勇気を出して、きいた。
「あのさ……今日……ぼくのベッドの上に、ノートが一冊、おいてなかった?」
「ああ。」
おじいちゃんは、なんだそんなことか、というような、どうでもよさそうな言い方で、言った。
「あったぞ。」
「えっ! ……えっ。じゃあ、そのノート、どこに置いたの?」
「やぶって捨てた。」
「えっ。」
マッサは、それだけ言って、もう、何も言えなくなった。
「あれは、やぶって、捨てた。」
おじいちゃんが、だめおしをするように、もう一度、ゆっくり、はっきりと言った。
「何だ、あんなものを、かくれて、こそこそと書いたりして! いつも言ってるだろう! あんなもの、くだらん! あんなことは、本当にはおこらない! うそばっかりだ! あんなものを書いていると、頭がわるく……」
「ひどいよっ!!!」
マッサは、いきなり、おじいちゃんをどなりつけた。
これまでの人生で、おじいちゃんにこんなふうに怒鳴るなんて、一回もしたことがなかったのに、今は、腹がたちすぎて、たちすぎて、叫ばなかったら、自分が爆発してしまいそうだった。
「あのノートは、ぼくの宝物だったんだ! ぼくが毎日、毎日、ちょっとずつ書いてきたおはなしが、あそこに、全部入ってたんだ! やぶって捨てたなんて、ひどいよ! 返してよ! ぼくのおはなしを返してよっ!」
「ばかものっ!!!」
おじいちゃんは、マッサと同じくらい大きな声で、どなり返してきた。
「あのノートは、勉強をするために渡したはずだ! あんな、くだらない作り話なんか、書くためじゃない! 捨てられて、当然だ!」
「くだらない話なんかじゃないよ! いっしょうけんめい書いたんだぞ! 返してよ、ぼくのおはなし! 返してよ! 返せ!!!」
「もう、おそい!」
やぶったノートは、外のゴミ箱に捨てて、そのゴミは、もうゴミ収集車が持っていってしまったと、おじいちゃんは言った。
「あきらめろ! だいたい、おまえが悪いんだ。あんなふうに、だまって、こそこそ、ものを書いたりして!」
バン! とドアを閉めて、おじいちゃんは出ていった。
マッサは、ライオンのように吠えて、おじいちゃんが出ていったドアが割れるんじゃないかと思うくらい、ばんばん叩いて蹴った。
それから、ドアの前に座って、わあわあ泣いた。
家の玄関のドアが、バン! と鳴るのが、遠くからきこえた。
おじいちゃんが、どこかに出かけたんだ。
きっと、これ以上、家の中にいたら、マッサと、もっと大げんかになると思ったからだろう。
「こんな家、出ていってやる!」
マッサは立ち上がって、大声で叫んだ。
世界に一冊しかない、大事な大事なぼくの宝物を、やぶって捨てるなんて。
そんなひどい大人とは、もう、絶対に、一緒に住みたくない。
そうだ、家出だ。家出をするしかない!
マッサは、そう、心に決めた。
おじいちゃんがどこかに出かけた、今のうちがチャンスだ。
マッサは、大事にしていた貯金箱をこじあけて、中にあったお金をぜんぶ出して、自分用の財布に入れて、ズボンのポケットにつっこんだ。
遠足に行くときに使うリュックサックをひっぱり出してきて、中に、懐中電灯を入れた。
それに、新しいノートと、筆箱も入れた。
おはなしが書きたくなったときに、いつでもどこでも、書けるようにするためだ。
それから、一階に降りて、冷蔵庫をあけて、ペットボトルを三本、リュックサックにつめた。
そばの棚にあったりんごを二こと、板チョコ一枚も入れた。
「よし!」
リュックサックをせおったマッサは、気合いをいれて玄関に向かった。
これからいよいよ、家出がはじまるんだ。
スニーカーに足をつっこんだマッサは、
「……いや、ちょっと、待てよ。」
玄関のドアを開ける前に、立ち止まって、考えてみた。
家出をするといったって、どこに行けばいいんだろう?
今は、まだ明るいけど、夜になったら、泊まる場所がひつようだ。
でも、マッサは、本物のテントなんか持っていない。
ホテルに泊まれるようなお金も、もちろん持っていない。
そのへんの道端で寝るのは、こわすぎる。
悪い人が来て、なぐってくるかもしれない。
持っているお金を全部とられるかもしれないし、ゆうかいされるかもしれない。
友達のだれかにたのんで、家にとめてもらおうかな?
いや、だめだ。そんなことをしたら、すぐに、おじいちゃんに連絡されて、めっちゃくちゃ怒られて、つれもどされてしまう。
「うーん……」
マッサは、なやんだ。
何のために家出をするかというと、「おじいちゃんとこれ以上いっしょにいたくないから」という、ひとつめの理由と、「おじいちゃんを反省させるため」という、ふたつめの理由がある。
孫が家出をするほど、悪いことを、自分はしてしまったのか。
マッサ、悪かった。どうか戻ってきてくれ。
もう、おはなしを書いても、怒らないから。
おじいちゃんが、そうやって反省してくれないと、意味がない。
家出をしても、すぐに見つかってしまったら、おじいちゃんは、反省するどころか、めっちゃくちゃ怒ってくるだけだろう。
それじゃあ、何のためにわざわざ家出をしたのか、まったく意味がわからなくなってしまう。
「うーん!」
算数のテストの一番難しい問題よりも、もっと難しい問題だ。
マッサは、頭をかかえてうなった。
ぜったい、おじいちゃんに見つからなくて、しかも、あぶなすぎなくて、夜には、ちゃんと寝られるような行き先――
「そうだ!」
マッサは、急にパンと手を叩くと、はきかけていたスニーカーを脱ぎ散らかして、もときた廊下を、走って戻っていった。