マッサ、ぼうぜんとする
王子だとか、何だとか、全然わけがわからないうちに、マッサは、ガーベラ隊長にぐいぐい手を引っ張られて、昼間に命がけの着陸をした塔がある、騎士団のとりでに連れていかれた。
「えっ、えっ? 今から、どこに行くんですか!? みんなが心配してると思うから、ぼく、一度『青いゆりかごの家』に帰らないと……」
「大丈夫です、ディールに言って、そちらには、部下たちを向かわせておきましたから。さあ、こちらへ!」
隊長の言葉づかいが、前までと、すっかり変わっている。
まるで、ものすごくえらい人に向かってしゃべっているみたいな話し方で、なんだか、へんな感じだ。
ガーベラ隊長は、りっぱな大人で、マッサは、まだ子供なのに……
「ん? ……おお、ガーベラ隊長! 今夜も、おつかれさまでした。」
とりでの入口に立っていた、見張りの騎士が、隊長に向かって敬礼した。
「おや? 騎士たちと、一緒ではないのですか? その子供は、何ものですか?」
「そう、この子だ。この子について、とても重大な報せがある。騎士団長殿に、報告することがあるんだ。」
ガーベラ隊長とマッサは、昼間は訓練につかわれていた、大きな中庭を横切って、塔のある大きな建物に入っていった。
ここが、騎士団の本部なのだ。
「騎士団長殿! 重要な報告があります。他のみなさんも、集めてください。」
「おお、ガーベラ隊長。どうしたというのだ、そんなに慌てて。」
化け物鳥の襲撃があったせいで、夜なかでも、騎士団の人たちは、全員が起きてしごとをしていた。
ガーベラ隊長の願いで、騎士団長のりっぱな部屋に、えらそうなおじさんや、おばさんたちが、ぞろぞろ集まってきた。
「いったい、何事かね、ガーベラ隊長。」
「化け物鳥の襲撃は、いつも通り、迎えうつことができたのだろう?」
「それとも、いつもよりも、大きな被害が出たのか?」
「そこに連れてきた子供は、何か、この話に関係があるのかね?」
「関係があるか、ですって? 大ありです。」
ガーベラ隊長は胸をはり、マッサのほうに腕を振りながら、話しはじめた。
「みなさん、お聞きください。この子こそ、我々が、十年のあいだ探し求めつづけた、希望の星。十年前の魔王との戦いで、ゆくえしれずになった、マッサファール王子、その方なのです!」
一瞬、しーん、となった。
「……マッサファール王子って、誰っ!?」
マッサが、思わず、そう叫んだのと同時に、
「まっさかあ!」
騎士団長や、えらそうなおじさんやおばさんたちが、いっせいに笑い出した。
「ガーベラ隊長。王子が生きていてほしいと願う、あなたの気持ちは、よく分かる。わたしたちも、最初の三年、五年は、希望をもっていた。だが、我々が、あれほど必死になって、国じゅうを探しまわっても、けっきょく、王子は見つからなかったではないか。だから、みんな、もう、探すのをあきらめることにしたではないか。」
「だいたい、ゆくえしれずになったとき、王子様は、まだ、はいはいもできないような赤ん坊だった。そんな赤ん坊が、たったひとりで、ここまで、無事に成長できるわけがない。人違いだ。」
「どうして、その子供を、王子様だなどと思ったのかね? そうだ、その子の名前を聞こうじゃないか。……おい、そこの子。きみの名前は、何というのだね?」
「えっ……ぼく、マッサです。」
マッサが、少しびっくりしながらも、はっきり、そう答えると、みんなは、一瞬、しずかになった。
それから、すぐに、わははははは、と笑い始めた。
「ああ、まあ、確かに、名前は似ているな。半分は、あっている。」
「でも、だからって、なあ。」
「ガーベラ隊長。その子が、自分で、自分のことを、王子だと言っているのかね?」
「そうだとしたら、きみは、たぶん、だまされているぞ!」
「違います!」
ガーベラ隊長は、きっぱりと言った。
「この子が言ったのではありません。だいたい、あなたがたが、さっき、おっしゃったではありませんか。ゆくえしれずになったとき、王子は、まだ、ほんの赤ん坊だったと。王子は、父上と母上のことも、自分がこの国の王子だということも、まったく知らずに成長なさったのです。」
「ガーベラ隊長、そこまで言うのならば、聞かせてくれんか。」
騎士団長が、重々しく言った。
「きみは、いったい、何を証拠に、この子がマッサファール王子様だというのかね。本人も覚えていないことを、きみが、どうやって証明するのだね?」
「証拠なら、あります!」
どれだけ、みんなに笑われても、疑われても、ガーベラ隊長は、堂々としている。
「王子、あれを。」
隊長に、急にそう言われて、マッサは、しばらく、ぽかんとしていた。
「王子」と呼ばれても、全然、自分のことだという気がしなかったし、「あれ」というのが何なのかも、すぐには分からなかったからだ。
マッサが、じっとしていると、ガーベラ隊長は、じれったそうな顔になった。
「王子、ほら。あれですよ、あれ!」
言いながら、親指と人差し指で、まるを作って、胸の前に当てた。
「……ああ、あれ!」
やっと、隊長が何を言っているのか分かって、マッサは、ごそごそと、自分のシャツの中から、あの首飾りを引っぱり出した。
「あの……ぼく……こういうもの、持ってるんですけど。」
マッサの手の中で、緑色の石が、きらっと光った。
その瞬間。
「うおおおおおお!」
爆発みたいな歓声があがった。
「守り石だ!」
「王家の宝だ。守り石が、もどってきた!」
「王子様だ!」
「本物の、王子様だ!」
「マッサファール王子様、ばんざーい!」
えらそうなおじさんやおばさんたちが、まるで子供みたいに、ガッツポーズをして叫んだり、ぴょんぴょん飛びはねたりして、喜んでいる。
感激しすぎて、泣いている人までいた。
マッサは、その興奮のうずの中で、ぼうぜんとして、立っていた。
本当に、ぼくが、王子?
いったい、何が、どうなっているんだろう?