マッサと最悪の忘れもの
その日、マッサはいつものように学校から帰ってきて、いつものように自分の部屋にあがり、いつものように「おはなしのノート」を開いて、騎士ブラックの大冒険のおはなしの続きを書いていた。
いつもだったら、晩ごはんまでには、今日のぶんのおはなしは、だいたい書き終わる。
でも、今日はすごく調子がよくて、もっともっと先まで書けそうな気がした。
晩ごはんを食べたあと、マッサはすぐに自分の部屋にあがって、おはなしの続きを書いた。
でも、お風呂に入る時間になっても、まだ、書きたいところまで、書き終わらない。
マッサは、お風呂に入って、パジャマに着替えて、ベッドに入って部屋の電気を消してからも、どうしても、おはなしの続きが書きたくて仕方がなかった。
マッサは、足音を絶対たてないように、そっとベッドから出た。
この部屋の真下には、おじいちゃんが寝ている部屋があるから、足音をたてて歩き回ったら、すぐにばれてしまうからだ。
暗いのは、ぜんぜん怖くなかった。
マッサは、すごく小さいときから、この部屋でひとりで寝ることになれていたからだ。
マッサは、ゆっくり、手探りで、棚のところまで行って、小さな懐中電灯を取った。
スイッチを入れると、床に、丸くて黄色い光の輪がひろがった。
そのあかりで、ランドセルのところまで行って、そっとランドセルをあけて、音をたてないように「おはなしのノート」と筆箱を出した。
ノートと筆箱と懐中電灯を持って、マッサは、そうっとベッドまで戻った。
ベッドの上に座って、頭の上から、かけぶとんをすっぽりかぶって、テントみたいにした。
これで、おじいちゃんが夜なかにトイレに起きても、ドアのすきまから光がもれていて、ばれる、という心配はない。
(まるで、冒険みたいだ。)
マッサは、すごく楽しくなってきた。
ふとんのテントの中で、懐中電灯でノートを照らしながら、マッサは、夢中でおはなしを書いた。
あんまり夢中になって書いていたものだから、マッサはそのうち、自分がいつ眠ってしまったのかもわからないうちに、ふとんのテントの中で、丸くなって、ぐっすりと眠り込んでしまった……
次の日、
「おい!」
というおじいちゃんの怒鳴り声で、マッサは飛び起きた。
一瞬、自分がどこにいて、今が何時なのか、分からなかった。
まわりは、まだ、真っ暗だ。
――いや、ちがう。
ふとんを頭からかぶっているから、真っ暗なんだ。
慌ててふとんの中からはい出すと、もう、窓の外はいつもよりも明るくなっていて、ものすごい音で目覚ましのアラームが鳴っていた。
「アラームが、さっきからずっと鳴りっぱなしだぞ! さっさと起きなさい!」
「はあーい!」
おじいちゃんに、一階から怒鳴られて、マッサはベッドから飛び出した。
たいへんだ、学校に遅刻する!
マッサは大慌てで着替えて、ランドセルをつかみ、だだだだーっと一階へ降りていった。
学校には、なんとか遅刻せずにすんだ。
いつものように友達が集まってきて、口々に言った。
「おはよう、マッサ! 新しいおはなし、できた?」
「騎士ブラックは、今日、どんなやつと対決するんだ?」
「また、スーパー回転ドリルドリルアタックは出るのか!?」
「うん、今日は……」
ものすごくいっぱい書けたよ。
そう言おうとした瞬間、マッサは、おなかの底から、ぞうっとした。
慌てて、ランドセルをあけてみると、いつもの場所に筆箱が入っていない。
それだけじゃなかった。
大事な大事な「おはなしのノート」も、入っていなかった。
やっぱり!
家に、忘れてきたんだ!
それも、昨日寝る前にこっそりおはなしを書いていたベッドの上に、筆箱といっしょに、開いたままで!
「しまった!!!」
マッサが、あんまり大きい声で叫んだから、友達はみんなびっくりして、引っくり返りそうになった。
「どうしたんですか、マッサ、そんな大きな声を出して。忘れ物ですか。」
「はい、いや、あの。」
先生にきかれて、マッサは、顔を赤くしたり、青くしたりしながら言った。
「先生、ぼく、お腹が痛くなってきたんで、家に帰っていいですか。
あっ、頭も痛くなってきた。熱があるかもしれません。」
「急に、何を言ってるんですか。
お腹が痛いなら、まずは、トイレに行きなさい。
それから、保健室に行って、熱があるかどうか、はかってもらいなさい。」
もちろん、熱なんかないので、家に帰るわけにはいかなかった。
あのノートが、おじいちゃんに見つかっていたらどうしよう。
マッサは、そのことが心配で、心配で、一日中、勉強がなんにも頭に入らなかった。