マッサ、選ぶ
マッサはその日から、自分の部屋にこもったり、お城の庭を一人で歩き回ったりしながら、考え抜いた。
こっちの世界には、家族たち、仲間たち、そして自分を尊敬してくれるたくさんの人々がいる。
魔法もあって、いろんなことができる。
やっぱり、こっちの世界で、ずっと暮らしたい。
でも、それなら、ずっと、今と同じ気持ちを味わい続けることになる。
本当は、自分のことをとても大切に思ってくれていたおじいちゃんを、一人ぼっちのままにしてしまった……
この、苦い後悔の気持ちが、いつまでも、とげのように、自分の中に残り続けることになるんだ。
ぼくが帰ったら、おじいちゃんは、どんなに喜ぶだろう。
ぼくが、お父さんたちの話をしてあげたら、おじいちゃんは、目を輝かせて聞いてくれて、今、お父さんが幸せだと分かったら、涙を浮かべるに違いない。
いや……でも、待てよ。
おじいちゃんのもとへ帰るということは、今度は、こっちの世界にいる家族たちを、置き去りにするということになる。
おばあちゃんも、お母さんも、お父さんも、口では、
「おまえが選びなさい。」
と言うけれど、本当は、ぼくとお別れするのは、ものすごくさびしいと思ってくれているはずだ。
それに、妹や、弟たちだっているし……
そうだ、それに、旅の仲間たち。
ブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオ、ボルドンと、もう会えなくなるなんて、そんなの、さびしすぎて、我慢できそうにない。
やっぱり、こっちの世界で、ずっと――
でも、こうしていると、やっぱり、心の奥から浮かび上がってくる。
厳しくて怖いけど、マッサのために、毎日ごはんを作ってくれたおじいちゃん。
ときどき、マッサが寝たと思ったら、こっそり部屋に入ってきて、ごつごつした手で、頭をなでてくれたおじいちゃん――
『マッサ、かえる? かえらない?』
「ブルー。」
悩んでいるマッサのところに、ブルーが、とことことこっとやってきて、ちょこん、と、となりに座った。
「帰りたい。おじいちゃんのことは、どうしても忘れられない。
でも、こっちの世界のみんなと会えなくなるのも、さびしいんだ。
ああ、こんなの、とても選べない! 残酷すぎるじゃないか、どちらかを取るなら、どちらかと永遠に別れなくてはならないなんて――」
『わかれ? わかれって、なに? おいしいの?』
「おいしくないよ。永遠の別れというのは、もう、ずっと会えない、ということだ。こんなに悲しいことはない。」
『あえない?』
ブルーは、宝石のような青い目をぱちぱちさせた。
『どうして?』
「えっ?」
と、今度は、マッサのほうが、目をぱちぱちさせた。
『いつでも、あえる。ぼくとマッサ、いつでも、いっしょ!』
「えっ?」
『ぼく、マッサといっしょにいく。』
ブルーは、ふんっ! と胸をはり、ふんむっ! と、ちっちゃな力こぶを作って、言った。
『ぼくとマッサ、ともだち! だから、いっしょにいく!』
マッサは、長い、長いあいだ、ブルーを見つめていた。
それから、手を伸ばして、ぎゅうっと、ブルーを抱きしめた。
「本当に?」
マッサは、ささやくような声できいた。
「ブルー……本当に、いっしょに来てくれる?」
『うん。ぼく、マッサといっしょ! ともだち!』
「ああ……それなら、私は……ぼくは……勇気が出せる。ブルー、本当に、ありがとう!」
『フフン!』
じまんそうに、にっこりしているブルーを抱いて、マッサは、勢いよく立ち上がった。
「行こう。みんなに、このことを知らせなくては。」
《炎の心のマッサファール》が、向こうの世界に帰るという噂は、たちまち、国じゅうに広がった。
国のあちこちから、ぜひ、マッサにもう一度会って、これまでのお礼やお別れを言いたい、という人々が集まってきて、城の前は、たいへんな騒ぎになった。
マッサは、その一人一人に、ていねいにお礼を言い、別れを惜しんだ。
とうとう、お別れがみんなすんでしまうと、マッサは、家族たちとともに、城の庭に行った。
そこには、もう、魔法使いたちが勢ぞろいして、ただ一度の大魔法、時をこえてふたつの世界をつなぐ『穴』を開く術を使うための準備をととのえていた。
「お兄さま、本当に、行ってしまうのですね。」
「ああ。」
すっかり成長して、凛々しい姫になった妹に、マッサは、自分がずっと首にかけていた《守り石》をかけてあげた。
「私がこの国からいなくなると聞けば、悪いやつらが、チャンスと思って、何かをたくらみ始めるかもしれない。そんなときは、君たちが、この国を守るんだ。頼んだぞ。」
「ぼくたちも、姉さんを助けるよ! なっ、そうだよな!」
「当たり前だ! きょうだいみんなで助け合って、この国を守る! 兄上、ぼくたちのことを、忘れないでくださいね。絶対ですよ!」
弟たちも、口々に言った。
「おばあちゃんと、父上と、母上を頼んだぞ。」
マッサと、きょうだいたちは、ぎゅーっと抱きしめあった。
「赤ん坊だったあなたとお別れしたときに、私は、もう二度とあなたには会えないと、覚悟していた。」
お母さんが言った。
「でも、あなたが、私を助け出してくれた。あなたとまた会えた、あの日から、私はずっと幸せだったわ。そして、あなたが向こうの世界でも幸せに暮らしてくれるなら、私も同じように幸せよ。マッサ、元気でね。」
「母上……お母さん。今まで、ありがとう。忘れないよ、絶対に。」
「マッサ、おまえと暮らせた日々は、私にとって、人生最高のプレゼントみたいなものだった。懐かしいあの家に戻り、お父さんに会いたい気持ちは、もちろんあるが、私は、この世界に残る。アイナファールと結婚すると決めた時から、そうすると、心に決めていたんだ。ここで、おまえと別れることになるのは辛いが、どうか、分かってくれ。」
「うん。父上は……お父さんは、お父さんの道を選んだんだね。ぼくは、ぼくの道を選ぶよ。お母さんと、みんなと、幸せに。」
マッサは、お母さんとお父さんと、しっかり抱き合った。
「マッサファール……マッサや……最後に、よく、顔を見せてくれ。」
「おばあちゃん。」
おばあちゃんは、しわしわの手でマッサの顔をなで、マッサの耳元で、ひそひそ声で言った。
「おまえは、むこうで、かならず、幸せにくらせるよ。実を言えば、わしらは『予言の書』を使ったんじゃ。おまえは、ずっと、幸せに暮らせるって、そこに、ちゃあんと書いてあったよ。」
「ありがとう、おばあちゃん。」
マッサは笑って、おばあちゃんを抱きしめた。
「あの本に、本当に、その言葉が残るように、ぼく、しっかりやっていくからね!」
「王子!」
よく知っている声が聞こえて、マッサがそっちを見ると、懐かしい八人の仲間が勢ぞろいしていた。
「王子ならば、必ず、向こうの世界でも、自分の道を切りひらいて進むことができます。その優しさで、人を助け、そして、人に助けられながら。――さらば、つつがなく行かれよ!」
今は、立派な騎士団長になったガーベラ隊長が、そう言って槍をかかげた。
「あのときの旅のことも、それから後の思い出も、俺は、絶対に、じいさんになっても、死ぬまで、忘れねえからな。」
ディールが、歳をとっても、やっぱり変わらない喋り方でそう言って、にっと笑う。
「本当に、さびしいです。でも、これは、マッサが決めたこと。わたしたちは、忘れませんから、マッサも、わたしたちのことを、忘れないでくださいね!」
四本の腕を、ちぎれんばかりに振りながら、タータさんが言う。
『グオーン、グオーン、グオオーン、ガオオオオオン!』
『さよなら、さよなら、ぼくの、すばらしいともだち! って、いってる!』
ものすごく巨大な大人のクマになったボルドンの言葉を、ブルーが通訳する。
「うん。みんな、ありがとう、さようなら! ぼくも、みんなのことを、絶対に忘れない! 約束するよ!」
「ええ。」
フレイオが言って、優しく笑った。
「分かっていますとも。離れても、私たちは、ずっと仲間。ずっとずっと、友達です!」
「うん!」
マッサは、ブルーをしっかりと抱いて、魔法使いたちの輪の真ん中に立った。
お母さん、おばあちゃん、フレイオ、そして集まった魔法使いたちが、いっせいに呪文を唱えはじめる。
マッサも、この時のために覚えた呪文を、みんなと心をひとつにして唱えた。
やがて、マッサとブルーのまわりに、きらきらした光の粒が舞い始める。
いよいよ、そのときが来たんだ。
光の粒は、あっという間に、光の吹雪のようになり、激しい渦になって、マッサとブルーを飲みこんだ。
「さようなら、さようなら! みんな、ありがとう!」
マッサは、ブルーを両腕できつく抱きしめながら、ぎゅうっと目を閉じて、叫んだ。
「ぼく、絶対に、絶対に、絶対に、忘れないよーっ!!!」




