マッサの喜びと悲しみ
もちろん、他の仲間たちとも、ずっとお別れになったわけじゃない。
また《王子と、八人の仲間》が集まって、出動することが何度もあった。
それは、国のあちこちで、事件が起こって、人々が困ったときだ。
気の荒いドラゴンが暴れまわっているのを、捕まえに行ったり、生き残りの化け物オオカミが、村を襲っているのをやっつけに行ったり、大雨が降って山崩れが起こり、家が壊れちゃった人たちを助け出しに行ったり――
もちろん、集まるのは、そういう仕事のときだけじゃない。
ただ、なんとなく会いたくなったときに、気軽にお互いをたずねて、楽しく遊ぶこともたくさんあった。
雪が降った時に、みんなで、ボルドンの山に遊びに行って、みんなで、そりすべり大会をしたり。
みんなで、タータさんの村に遊びに行って、木々のあいだに、たくさんのロープをつるし、ぶら下がってゆらゆら揺らしてから、びゅーん! と次のロープに飛び移ったり。
みんなで、地面の下にすんでいるオオアナホリモグラのモグさんをたずねて、地下の世界を案内してもらい、たくさんの宝石を掘りだしたり。
みんなで、翼の騎士団のとりでの町をたずねて、ガーベラ隊長やディールに『翼』で飛ぶ方法を教えてもらったり。
みんなで、《魔女たちの城》に集まって、お城の庭でのんびりお菓子を食べたり、お茶を飲んだりしながら、たくさんの冒険の思い出を話し合ったり――
そうやって過ごすうち、あっという間に、時は流れていった。
『青いゆりかごの家』に暮らしていた子供たちも、今は、すっかり大人になっている。
みんな、それぞれに、野菜や果物を売る自分のお店を開いたり、コックさんになったり、パン屋さんになったりしていた。
ガッツや、他の何人かは、翼の騎士団に入って、ガーベラ隊長やディールとともに、『翼』を背負って戦っている。
大人になったマッサは、強い魔法使いでもあり、そして戦士でもあった。
マッサは、お父さんのシュウ、おばあちゃん、成長した妹や弟たちといっしょに、アイナファール姫を助けてたくさんの仕事をした。
いつしか人々は、マッサを『炎の心のマッサファール』と呼んで尊敬するようになっていた。
マッサは、寒い冬の炎のように人をあたため、暗いところを照らす灯りのように人を安心させる力を持っているから、そう呼ぶんだと、人々は言った。
このままいけば、マッサは、いつかアイナファール姫のあとをついで王様になり、人々から尊敬されながら、この国で一生を過ごすことになるだろう――
でも、そんなマッサが、ときどき、ひとりになったとき、何だか心配そうな、暗い顔をしていることがあるのに、家族たちや、ブルー、フレイオたちは気づいていた。
何かを考えこんで、椅子に腰をおろし、じっと床を見つめたまま、長いあいだ、じっとしていることもあった。
ある夜、そんなふうになっていたマッサに、
『マッサ。』
と、ブルーが、そっと声をかけた。
マッサの姿は、もう、すっかり大人の男の人になっていたけど、ブルーの姿は、今も昔とあまり変わらずに、真っ白で、ふわふわのままだ。
『マッサのかお、かなしい! だいじょうぶ?』
「えっ?」
マッサは顔をあげて、ブルーを見ると、あわてて言った。
「ああ、うん。何でもない。……大丈夫だ。」
『そう?』
ブルーは、あやしそうに言って、マッサに近づくと、ぴょんと膝の上に飛び乗って、宝石のように青いふたつの目で、長いこと、じっとマッサの目を見つめた。
『ううん、マッサ、だいじょうぶじゃない! かなしいきもち。だから、げんき、ない。』
「元気がない? そんなふうに、見える?」
『うん。マッサのかお、かなしそう! こころが、かなしいから、かおが、かなしい! どうしたの?』
「ブルーには、気づかれていたんだな。」
マッサは、昔と違って大きく、ごつごつした手で、ブルーを抱き上げて、優しくなでた。
もう、大人になったから、話し方も、昔とは違っている。
「最近、何度も、思い出すことがあるのだ。……それは、祖父のことだ。」
『そふ? そふって、なに? おいしいの!?』
「いや、おいしくない。……それ、久しぶりに聞いたな。祖父というのは、おじいちゃんのことだ。」
『おじいちゃん? マッサの、おじいちゃん?』
「ああ。」
マッサは、遠いところを眺めるような顔をして、つぶやいた。
「私が、君といっしょにこの世界に来た日から、長い年月がすぎた。あの日のことを、覚えているか?」
『ぼく、おぼえてる! くらい、ちっちゃなへや。そこに、マッサがきた! それで、りんご、くれた。おいしい! ウフフフフーン……』
「そうだ。あの日、開かずの部屋で、私は君と出会った。あの日、私が、生まれてはじめてあの部屋に入ったのは、祖父と……おじいちゃんと、大げんかをしたからだった。」
『けんか! どうして?』
「おじいちゃんが、私の宝物を捨ててしまったから。」
マッサは、ほろ苦い微笑を浮かべて言った。
「物語を書いた、大切なノートだった。世界に一冊しかない……それを勝手に捨ててしまったおじいちゃんに、私は腹を立てて、家出をすることにしたんだ。」
『マッサのたからもの、すてた!? わるい! おじいちゃん、すごく、わるい!』
「ああ、子供のころの私も、そう思ったんだ。だが、後になって、母上から話を聞いて、すべての事情が分かった。おじいちゃんは、わたしが魔法に興味をもって、こっちの世界に来て、大魔王との戦争に巻き込まれることを恐れていたんだ。」
マッサは、深い深いため息をついた。
「おじいちゃんは、おじいちゃんなりに、私のことを深く考えてくれていたんだ。私が、危険な戦いに巻き込まれることなく、安全に暮らせるようにと……。でも、その日の私には、そんなことは分からなかったんだ。
あの日から、一度も、おじいちゃんに会っていない。けんか別れをして、それっきりだ。
おじいちゃんは、行方不明になった私を、ずっと探し続けたかもしれない。ずっと、たった一人で、さびしく……もしかしたら、今ごろは、もう……」
『なに?』
「おじいちゃんは、もう、死んでしまったかもしれない。私がいなくなって、一人ぼっちで。」
ぽろりと涙がこぼれ落ち、マッサは、慌てて、片手で顔を隠した。
『マッサ、おじいちゃんに、あいたい?』
「ああ。……会いたい。会って、ちゃんと話したい。おじいちゃんが、どうしてあんなことをしたのか、分かった、もう怒っていないと、伝えたいんだ。……だが、もう、手遅れだ。」
マッサの目から、また、新しい涙が流れた。
「ふたつの世界をつなぐ魔法の穴は、消えてしまった。……いや、もう一度、魔法の穴を開くこと自体は、もしかしたら、できるかもしれない。だが、あの日から、あまりにも長い時間がたちすぎている。
本当は、もっと早く、このことをしっかりと考えるべきだったんだ。だが、ここでの暮らしが、あまりにも楽しくて、幸せで、私は、つい、おじいちゃんのことを考えるのを先延ばしにしていた。
今となっては、もう、あの家そのものが、ないかもしれない。そして、長生きの魔法など使うことのできないおじいちゃんは、きっと、もう……」
と、マッサが顔を両手でおおってしまった、そのときだ。
「マッサ。」
と、静かに部屋に入ってきていた誰かが、マッサの後ろから呼びかけた。
振り向くと、そこに、フレイオが立っていた。
「あなたが、最近、何かをずっと悩んでいたことには、私も気づいていましたよ。」
「フレイオ……本当か? みんなには分からないように、隠していたつもりだったのに。」
「そんなの、分かるに決まっているじゃないですか。長い付き合いの、友達なんですから。」
フレイオはそう言い、マッサの肩に手を置いた。
「マッサ。あなたが、おじいさまのもとに――元の世界に戻りたいと、心から望むのならば、まだ、ひとつだけ、方法は残されていますよ。」




