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マッサの、たった一人の戦い

「ねえ、フレイオ。きみは、確かに、最初は、大魔王のスパイだったのかもしれない。でも、今はもう、ぼくたちは、友達になったんじゃないの?」


「はは。」


 フレイオは、マッサのほうを見ないまま、短く笑った。

 かさかさに乾いた枯葉みたいな、感情のこもっていない声だった。


「ばかばかしい。友達なんて、私には、いませんよ。いる必要もない。」


「うん、前に、君が、そう言ってたこと、ぼくは、よく覚えてる。」


 マッサは、泣きたいような気持ちをこらえて、すううっ、と息を吸い込んで、静かな声で続けた。


「でも、ぼくは、君の友達だと思ってるよ。今でも。……君も、あのとき、友達になろうって言ってくれた。ぼくは、すごく嬉しかったから、よく覚えてるんだ!

 あのとき言ってくれたことが、フレイオの、ほんとの気持ちだったんじゃないの? ぼくと友達になってもいいって、ほんとに、思ってくれたんじゃないの?」


「はは。」


 フレイオは、また、枯葉が砕けるみたいな、短い笑い声をたてた。


「王子とはいえ、やはり、まだ子供ですね。あんな言葉に、管単にだまされて。あんなもの、あなたを油断させるための演技だったに決まっているでしょう。」


 両目から、じわっと涙が出てきた。

 でも、マッサは、まだ、あきらめていない。


「ねえ、フレイオ。きみ、言ってたよね。一番強い魔法使いになるってことは、となりには、誰もいない。たった一人なんだって。」


 マッサの呼びかけに、フレイオは、それまでずっと別のほうに向けていた目を、はじめて、マッサのほうに向けた。


「ええ、そうですよ。だから、あなたとは、友達になんて――」


「そんなふうに、きみに教えたのは、きっと、こいつだよね。」


 フレイオが何か言おうとしたのを、ぐっと手のひらを出しておさえて、マッサは、大魔王ベルンデールを指さした。


「でも、フレイオ、よく考えてよ! 今のこいつの言葉、聞いてたでしょ? こいつは、自分だけが、ただ一人、死なない、最強の魔法使いになるつもりなんだ。

 そのとなりには、誰もいない。きみも、いないよ。こいつは、自分が死ななくなったら、弟子のきみなんか、もういらないやって、ぽいっと捨てちゃうよ!」 


「おや、おや、おや。」


 急に、ベルンデールが、半分笑いながら、マッサとフレイオの会話に割り込んできた。


「王子よ、人聞きの悪いことを言わんでもらいたいのう。確かに、そう教えたのは、このわしじゃ。しかし、もちろん、かわいい弟子のフレイオは別じゃとも。フレイオは、幼い子供のころからずっと、このわしが育て、教え、導いてきたのじゃからな。わしが、不死の魔法を開発したあかつきには、いずれ、フレイオにも、その魔法を教えてやるつもりじゃ。」


「嘘だ。」


 ベルンデールをにらみつけ、マッサは、きっぱりと言った。


「そんな、優しいようなことを言って、ごまかそうとしたって、そうはいかないぞ。

 フレイオ! こいつは、嘘をついてるよ! 君は、若くて強くて優秀な魔法使いだから、こいつは、心の中で、ちょっと怖がってるよ。いつか、きみが、自分に挑戦してくるようになるんじゃないかって! だから、自分が死ななくなったら、まず真っ先に、きみを殺しちゃうよ!」


 マッサは、必死に叫んだ。

 まだ、あきらめられなかった。

 ここまで一緒に旅をしてきたあいだのフレイオの言葉や、表情が、全部お芝居だったなんて、どうしても、どうしても、信じられない。


 もしかしたら――

 フレイオは、心の中で、まだ、迷っているんじゃないか?

 何とかして説得すれば、こっちの味方に……ぼくたちの仲間に、戻ってくれるんじゃないか?


「ねえ、フレイオ! だまされちゃだめだよ! こいつは、そういう、平気で人を裏切るやつだよ、絶対! さっきから、喋ってることを聞いたら、分かるでしょ!?」


「ええい、でたらめを言うな!」


 ベルンデールが怒って、しわしわの腕を振り回した。


「わしと、フレイオとのあいだには、師弟の、かたい絆があるのじゃ。おまえらなどには分からぬ、魔法使いどうしの、深い絆がな。なあ! そうじゃろう、フレイオ!」


 フレイオは、その赤い目で、しばらくのあいだ、マッサをじっと見つめていた。

 それから、すっと、視線をそらして、大魔王のほうに向きなおった。


「はい、師匠。そのとおりです。」


「フレイオ……!」


「うむ、うむ。よし、よし。」


 大魔王ベルンデールは、満足そうに両手をこすりあわせた。


「さあ、ここまでじゃな、王子よ。おまえが持っておる《守り石》を、わしに渡してもらおうか。渡さぬというのなら、おまえがその気になるまで、おまえの仲間を、一人ずつ殺していくぞ。」


 ベルンデールの手が、捕まっている隊長たちのほうに向いた。

 その手に、ばりばりばり! と、魔法の稲妻が光りはじめる。

 まずいぞ! 縛られて動けないところに、あんな攻撃を食らったら、心臓が止まって、死んでしまうかもしれない!

 何とかしないと……何とか、何とか……


「おまえは、ぼくの怖さが、分かってないみたいだな。」


 マッサは、これまで生きてきた中で一番、冷たい目つきをして、一番、冷たい声を出して、大魔王に言い放った。


「もしも、おまえが、ぼくの仲間の誰かに手を出したら、ぼくは、怒りくるって、おまえを、剣でみじん切りにしちゃうぞ。謝ったって、絶対に許さないからな。

 つまり、ぼくの仲間に手を出したら、その瞬間、おまえ自身が死んじゃうことになるんだ。《守り石》を持っているぼくには、おまえの魔法なんか、少しも効かないんだから、ぼくを本気で怒らせたら、最後だぞ。

 おまえは、死ぬのが嫌なんだろう? だったら、よくよく、考えたほうがいい。」


「おう、おう、怖い顔じゃのう。」


 大魔王は、マッサの言葉を、せせら笑った。


「泣きそうなのを隠して、必死に虚勢をはっておるのが、見え見えじゃ。

 王子よ、おまえこそ、自分の弱さが、分かっておらんようじゃのう。

 自分がおとなしく《守り石》をさし出しさえすれば、仲間を誰も死なせずにすむというのに、そうせずに、みすみす、一人を見殺しにするか? ……いや、いや、いや。」


 大魔王は、にやにや笑いながら、ゆっくりと首を振った。


「おまえは、そんなことはせん。……いや、できん、と言ったほうがよいじゃろうな。わしには、はっきりと分かっておるのじゃぞ。おまえは、とても心優しい子供じゃということがな。」


「マッサ!」


 お母さんが、鋭く叫んだ。


「大魔王の言葉に、のせられてはいけない。絶対に《守り石》を外さないで! 外したら、あなたまで、やられてしまうわ!」


「そのとおり!」


 ガーベラ隊長も叫んだ。


「そいつは、最後には、我々を全員、始末するつもりでいるに決まっています。たとえ、王子が《守り石》を渡したとしてもです!」


「そうだぜ!」


 鎖をがちゃがちゃ言わせながら、ディールも叫んだ。


「そんな、根性悪の最低野郎の言うことなんか、絶対に信じるんじゃねえぞ! 《守り石》を渡せば俺たちの命を助けるなんざ、大嘘だ! おまえが石を渡した瞬間、おまえも俺たちも、まとめてバリバリーッとやっちまうつもりだ!」


「マッサが、生きてさえいれば、希望は、残ります!」


 タータさんも叫んだ。


「でも、予言された王子が、いなくなれば、希望は消える! マッサ、あなただけは、生き延びてください!」


「ええい、黙れ、黙れーっ!」


 バリバリバリバリーッ!


 突然、大魔王が怒鳴って、その指先から、雷の魔法が投網のように広がった。


「うわああああーっ!」


 縛られたままで雷の直撃を受け、仲間たちが、悲鳴をあげて倒れる。


「お母さん! みんなーっ!」


 叫んで駆け寄ろうとしたマッサは、バッシーン! と見えない壁にぶつかって、跳ね返されてしまった。

 大魔王のしわざだ。


「はっはっは……王子よ、おまえは、自分ひとりでは、飛ぶ魔法しか使えぬそうじゃな。しかも、他のものを飛ばすことはできず、自分を飛ばすだけで、精一杯らしいではないか。

 わしは、数え切れぬほどの魔法を使いこなすことができるし、今のように、同時に、ふたつの魔法を操ることもできるのじゃぞ。」


「ううっ……」


「ぐぐぐぐ……」


 勝ち誇る大魔王ベルンデールの足元で、仲間たちが苦しんでいる。

 ベルンデールが、わざと魔法の威力を弱くしていたから、一撃で死んでしまうことはなかったけど、体じゅうが痺れて、痛すぎて動けないみたいだ。


「どうして……」


 マッサは、とにかく、何でもいいから喋って、時間を稼ごうと思った。

 今は、どうにもならないように思えても、時間さえ稼げば、何とかなるチャンスが巡ってくるかもしれない。


「どうして、そんなことを知ってるんだ? ぼくが、飛ぶ魔法しか使えないとか、他のものを飛ばすことはできないとか……どうして、おまえは、そこまで詳しく、ぼくのことを知ってるんだ?」



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