マッサと、大魔王の弟子
「えっ?」
マッサには、大魔王が言ったことの意味が、今度こそ、まったく分からなかった。
「なぜ……って、どういう意味だ!? 何が言いたいんだ!」
「考えたことはなかったかのう?」
大魔王は、まるで面白がっているように言った。
「予言された仲間は七人。それなのに、八人いる……それはいったい、なぜか? とな。」
「なぜか、って……」
マッサは、混乱して、何も言えなくなった。
大魔王は、くっくっくと笑った。
「一人、裏切り者がおるぞ。」
「えっ?」
マッサが思わずつぶやくと、大魔王は、まるで合図でも出すように、パン、パンと手を打ち合わせた。
すると、バターン! と音がして、玉座の後ろじゃなく、大広間の横の壁にあった隠し扉が開いた。
玉座の後ろに隠し扉がある、というのは、マッサたちの注意を引きつけるための、大魔王の嘘だったんだ。
やがて、柱のかげから姿をあらわした人たちを見て、マッサは叫んだ。
「隊長!? ディールさん!?」
「王子……申し訳ありません……」
「ちくしょう! 放せ! ほどきやがれーっ!」
よろよろと出てきたのは、ガーベラ隊長とディールだ。
どちらも、鎖でぐるぐる巻きに縛られている。
ふたりを連行してきたのは、ゲブルトの塔にもいた「動く鎧」だ。
さらに、
「いたたた! 痛い、痛い! そう、突っつかないでください!」
「ああっ!? タータさん!」
四本の腕を、がんじがらめに縛られたタータさんも、動く鎧に剣で追い立てられながら、よろよろと入ってきた。
まさか、次は――?
「お母さんっ!」
「マッサ、ごめんなさい。こんなことになるなんて……」
アイナファール姫も、鎖でがっちりと縛られて、がっくりとうなだれている。
そのとき、外から、
『ウオーン、ウオーン!』
という悲しそうな吠え声が聞こえてきた。
マッサが、思わず窓に駆け寄って見ると、太い金属のロープで編まれたがんじょうな網を、何重にもかぶせられ、地面の上でもがいているボルドンの姿があった。
そのそばでは、海辺の村の子供たちや、その家族たちも、一か所に集められて、完全に包囲されている。
マッサが言葉を失っていると、最後の一人が、ゆっくりと歩いて大広間に入ってきた。
その一人だけは、鎖で縛られてもいないし、動く鎧に追い立てられてもいなかった。
完全に、自由の身で、自分の意思で、歩いている。
魔法使いの杖を、手に握って。
「フレイオ……?」
マッサは、悪い夢でも見ているような気持ちで、彼の名前をつぶやいた。
嘘だ、まさか、そんな、信じられない――
「我が弟子、フレイオよ。よくぞ、ここまで王子とその仲間を連れてきた。ほめてやるぞ。」
「はい、師匠。」
「フレイオ、てめえーっ!」
自分を縛っている鎖をがちゃがちゃ言わせながら、ディールがわめいた。
動く鎧たちが、すばやく押さえつけなかったら、鎖をひきちぎって、フレイオをぶん殴りにいっていたかもしれない。
「俺たちを、裏切りやがったな!? 親友だと思ってたのによお! この裏切り者、大嘘つき、最低最悪の、大ばか野郎ーっ!」
「ふん。」
フレイオは、ディールのわめき声を聞いても、そよ風が吹いたほどにも気にしていない様子だった。
「裏切り者、ですって? はは、何を言っているのやら。
裏切り、というのは、味方を捨てて、敵につくことでしょう? わたしは、はじめのはじめから、あなたがたの味方だったことなんて、一度もなかったんですよ。
わたしは、最初から、今までずっと、大魔王様の、忠実なしもべだったのですから。」
「えっ……」
マッサは、混乱した。
フレイオは、旅の途中で、偶然出会った仲間じゃない。
マッサのおばあちゃんが、マッサの旅には、強い魔法使いの仲間が必要だと思って、わざわざ呼んでくれた相手だ。
いや、違う、そうじゃなかった。
確か、本当は、フレイオの師匠のほうが、来るはずだったんだ。
《東の賢者》ベルンデール……おばあちゃんの古い友達で、百五十才くらいのおじいさん……
「まさか、大魔王の正体が、あなただったとはね。」
大魔王を、きっ! とにらんだアイナファール姫の言葉が、混乱するマッサに、本当のことを教えてくれた。
「十年前の戦いのとき、姿さえ見ていれば、気づいたものを……。あなたほどの魔法使いが、なぜ、こんな愚かなことをしているのです? 大魔王……いいえ、《東の賢者》ベルンデール!」
「何だって!?」
ガーベラ隊長とマッサの、驚きのうめき声が、完全にひとつに重なった。
まさか……大魔王の正体は、フレイオの師匠、《東の賢者》ベルンデールだったっていうのか!?
「愚か者、か。ふふふ、わしの正体に、今の今まで気づかなかった、おまえたちのほうこそ、愚か者ではないか?」
大魔王ベルンデールは、勝ち誇ったように笑った。
「いかにも、わしはベルンデールじゃ。あるときは《東の賢者》、またあるときは《北の大魔王》……二つの顔を持つ男よ。
魔女の姫、そなたとこうして会うのは、そう、二十年ぶりくらいかのう?」
「いつからです?」
大魔王ベルンデールをにらみつけたまま、アイナファール姫は、静かに言った。
「いつから、私の母の友情を裏切り、この島に手下を集めていたのです?
十年前、あなたの軍勢は、突然、攻め寄せてきた。けれど、本当は、もっと前から、ひそかに準備を進めていたのではありませんか?」
「はっはっは、そうとも! もっと、ずっと前からじゃ。
我が弟子、フレイオの言葉を借りれば、裏切りなどという、人聞きの悪い言葉を使わんでもらいたいのう。わしが、魔女たちの女王のほんとうの友人であったことなど、一度もなかったのじゃから。
すべては嘘、わしの計画をなしとげるための、はかりごとよ。」
「いったい、何のために?」
アイナファール姫の声は、まだ静かだ。
でも、その静かな声の奥底には、マグマのような怒りが燃えている。
「あなたは、それほどまでに優れた知識と、魔法の力を持ちながら、なぜ、それをこんなふうに使うのです? あなたの計画とは……その目的というのは、いったい、何なのですか?」
「《守り石》じゃ。」
そう言った大魔王ベルンデールの目が、急にこっちを向き、マッサは、はっとしてシャツの上から《守り石》をつかんだ。
マッサの胸元を見つめるベルンデールの目は、つかみ取りにできる大金を前にした泥棒のように、異様にぎらぎらと光っている。
「わしは、長年をかけて、最高の知識を身につけ、あらゆる魔法のわざを身につけてきた。それでも、どうしても、こえることのできぬ限界があった。
わしは、死にたくない! この知識と力を持ったまま、永遠に、生きていたいのじゃ!
《守り石》があれば、大きな怪我をすることも、死ぬこともない……死の恐怖におびえることなど、永遠にしなくてすむようになる……
せっかく手に入れた力、築き上げた地位、身につけた知識を、むなしく手放して、あの世へ行くことなど、ない! 何もかも、永遠に、自分のものにしておくことができるのじゃ!」
「何を、ばかなことを言ってるんだっ……!」
マッサは、何かにとりつかれたように叫ぶベルンデールが怖かったけど、それでも、言わずにはいられなかった。
「《守り石》の魔法は、その人が、もともと生きられるはずの寿命よりも早く死んじゃうことを、防いでくれるだけだ!
永遠に生きられる人なんて、誰もいない。《守り石》は、寿命をこえて生きられるようになんか、してくれないんだぞ!」
「はっはっは、いかにも、素人の言いそうなことよ。」
マッサの言葉を、ベルンデールは嘲笑った。
「魔法とは、奥深く、底知れぬもの。その力に限界があるなどと、勝手に決めつけて、はじめから努力をあきらめるのは、頭の悪い、つまらぬ人間どものすることじゃ。
このわしが《守り石》を手に入れ、その魔法のしくみを研究すれば、それをヒントにして、永遠に生きられる魔法を開発することもできるはずじゃ!
ああ、その日は、決して遠くはないじゃろう。これまで、どの魔法使いもなしとげることができなかった偉業、死の克服じゃ! わしは、それをなしとげた天才として、永遠に、最強の魔法使いとして君臨するのじゃ!」
そういうことだったのか。
マッサは、お腹の底がぐらぐら煮えるような気分で、すべてを悟っていた。
大魔王は、はじめから、《守り石》だけが目的だったんだ。
昔は、おばあちゃんの友達のふりをして、うまく《守り石》を取ろうとしたけど、それは、きっと、うまくいかなかったんだ。
だから、十年前に、大魔王として戦争を起こし、攻め寄せて、力ずくで《守り石》を奪おうとした。
それから十年、マッサも《守り石》も、向こうの世界に行っていたけれど、十年たって、とうとうマッサと《守り石》が戻ってきた。
マッサのおばあちゃんから、
『孫が、大魔王を倒すための旅に出るから、一緒に行ってやってほしい。』
という連絡が来たとき、ベルンデールは、飛び上がって喜んだだろう。
用心のために、自分が直接来るんじゃなく、弟子のフレイオを送り込んだ。
そして、長い旅のあいだ、ずっと、マッサたちのことを見張らせていたんだ――
「フレイオ。」
マッサは、静かに呼びかけた。




