マッサ、対決する
「逃げた、ですって!?」
「ありがとう、おじいさん!」
おじいさんを、その場に残し、お父さんとマッサ、ブルーは、大急ぎで玉座への階段を駆けあがった。
大魔王の玉座は、とげや、渦巻きや、恐ろしい怪物の姿を彫刻した、真っ黒な木でできていた。
マッサとお父さんは、玉座の後ろにある石の壁に両手をつき、目を近づけて、石の継ぎ目のすきまをよくよく調べはじめた。
この壁のどこかに、秘密の通路の入口の、隠し扉があるはずだ!
『がんばれ、マッサ! がんばれ、マッサのおとうさん!』
ブルーは、しばらくのあいだ、ちっちゃな手をパチパチと叩いて応援していたけど、そのうち、自分も、床のすぐ近くの、壁の低いところを、フンフンとかいで調べはじめた。
(どこだ、どこだ、どこだ? 早くしないと……でも、慌てずに……)
そう思いながら、マッサが、石の継ぎ目を、ひとつひとつ指先でなぞっているときだ。
マッサのお父さん、シュウが、急に、ふっと手を止めた。
その背筋が、不自然に、ぴんと伸びる。
目から、光が消えた。
まるで壊れかけの操り人形のように、シュウは、ふらふらと歩いて、壁を調べ続けているマッサの後ろに立った。
そして、後ろから、ゆっくりと、マッサの首に手を伸ばしていった。
その手の動きの先にあるのは、《守り石》をかけている鎖だ。
「うーん……」
壁を見つめながら、そうマッサがうなった瞬間、シュウの手の動きが、ぴたりと止まった。
そのまま、体全体が、ぶるぶると震えはじめる。
まるで、マッサから《守り石》を奪おうとする力と、それを止めようとする力が、ひとつの体の中で争っているみたいだ。
そのことに、マッサよりも先に気づいたのは、ブルーだった。
ふと、なにげなく顔をあげたブルーは、マッサのお父さんが、恐ろしい顔をして、マッサの首に手を伸ばしているのを見た。
『マッサ!』
「え?」
ブルーの鋭い叫び声に、マッサが振り向いた瞬間、
「ウオオオッ!」
と叫びながら、いきなり、お父さんがつかみかかってみた。
マッサは、びっくりしすぎて、声も出せなかった。
とっさに、横っ飛びにとんで、ぎりぎりでお父さんの手をよける。
でも、
「ウウウウウーッ!」
とうなりながら、お父さんは、再びつかみかかってきた。
「お父さん!? どうしたの、やめてよ! お父さん!」
叫んでも、シュウの動きは止まらない。
大きな手が、痛いほどの力で、がっちりとマッサの腕をつかんだ。
そして、もう片方の手が、首に向かって伸びてきた。
お父さんの目が、まったく自分を見ていないことに、マッサは気づいた。
魔法だ。
お父さんは、また、魔法で操られている!
「お父さん!」
悲鳴のような声でマッサが叫んだ、その瞬間だ。
『ええーいっ!』
黒い鎧に足をかけ、風のようにシュウの体を駆けあがったブルーが、鎧に守られていない、シュウの耳に、がぶっ! と思いっきり噛みついた!
「ウオオオオッ!」
シュウは、あまりの痛さに、マッサから手を放してのけぞった。
激しく頭を振って、ブルーを振り払おうとするけど、ブルーは、がっちり爪をたて、耳に食らいついて、離れない。
「ウオ、ウオッ、オオオオオオッ!」
ブルーごと頭を抱えて、大きくよろめいたひょうしに、シュウは足を滑らせ、玉座の前の階段を踏み外した。
そして、ブルーもろとも、そのまま、階段を転がり落ちていった。
「お父さーん! ブルー!」
マッサは、真っ青になって、自分も転げ落ちそうになりながら、二段飛ばしで階段を駆け下りた。
玉座の前を階段を、上から下まで転がり落ちたシュウとブルーは、ぐったりと目を閉じて、完全に動かなくなっている。
気を失っているだけか?
それとも――
「やれ、やれ。あと一歩のところで、ねずみごときに、邪魔をされるとは。」
急に、そんな声が聞こえた。
マッサは、心臓が止まりそうになったけど、頭で考えるよりも先に、体が動いた。
ばっと、声のほうに向かって、剣を構えた。
「あ、あなたは……いや、あんた……おまえは……」
「おう、おう、怖い顔じゃのう。」
ひっひっひ、と笑ったのは、さっきまで、柱のところに座りこんでいたおじいさんだった。
さっきまでの、よぼよぼした様子は、もうない。
しわしわの、痩せた姿はそのままだけど、背筋はまっすぐに伸び、まるで自分が世界で一番偉いとでもいうような態度で、こっちを見ている。
「じゃが、そんな顔をしてみせたところで、だめじゃ。ほれ、足が、震えておるぞ。」
「おまえが、怖いから、震えてるんじゃない。」
マッサは、ぎっ、と相手を睨みつけて言った。
「お父さんとブルーが、心配だからだ。
おまえが、魔法で、お父さんを操ったんだな! そのせいで、お父さんとブルーが……
絶対に許さないぞ! 大魔王め!」
「はーっはっはっは!」
おじいさん――いや、いまや正体をあらわした大魔王は、大声で笑った。
「その通り、わしが、この城の主じゃ。おまえの父親を操った魔法も、わしのしわざよ。
しかし、そんなふうに、許さない! と叫ぶだけでは、どうにもならんぞ。
父親も、ネズミも、もはや助けにならん。いったい、どうするつもりじゃな?」
「どうするも、こうするも……こうだぁーっ!」
マッサはいきなり床を蹴り、魔法で、ビューンとまっすぐに飛んで、剣をふりかざし、大魔王に突っ込んだ。
「うおおおおりゃあーっ!」
バリバリバリバリーッ!
「うわあぁーっ!」
マッサの剣が大魔王を真っ二つにしかけた、その瞬間、空中に稲妻の盾みたいなものがあらわれ、マッサの攻撃を防いで、大きく弾き飛ばした。
あの、城のまわりを囲んでいた結界と、同じ魔法だ。
「このっ……うおおおおおーっ!」
バリバリバリバリバリーッ!
「わあああぁっ!」
怒りにまかせて、何度切りかかっても、結果は同じだ。
「やめよ、やめよ! 無駄なことじゃ。わしの魔法の結界は、剣ごときでは破れぬ。そもそも、おまえのようなひよっこが、一人でわしを倒そうなどとは、笑止千万よ。」
「うるさいっ!」
大魔王にだまされていたことと、大魔王の魔法のせいでお父さんとブルーが階段から落ちてしまったことで、マッサは、激怒していた。
剣を突きつけて、叫んだ。
「ぼくは、予言された王子だ! ぼくが、おまえを倒すってことに、もう、決まってるんだ!
そっちこそ、あきらめろ。魔女たちの予言は、外れたことがないんだぞ!
『王子と、七人の仲間が、魔王を倒して、世界を救う』――これは、絶対に決まっていることなんだ! だから、ぼくは、必ず、おまえを倒す!」
「ふっ。」
マッサの、渾身の叫びを受けても、大魔王は、鼻で笑っただけだった。
いや、
「ふっふっ……くっくくく……くはははははははぁ!」
と、体を反らして、大笑いした。
「何だっ! 何が、おかしい!」
「その、仲間とやらいうのが、この有様でもか?」
言って、大魔王が手を振ってみせたのは、階段から転落して、床に倒れたまま、ぴくりとも動かないシュウとブルーの姿だ。
マッサは、何も言わず、じわっと出そうになった涙を、必死にまばたきをして追い払った。
お父さんは、ブルーは……生きているのか?
いや、大丈夫、きっと生きている。
でも、本当に?
ひょっとしたら、まさか、もう――
「仲間……仲間、か。のう、王子よ。」
ぐっと涙をこらえているマッサに、大魔王は、何のつもりか、急に世間話でもするような調子で話しかけてきた。
「おまえの言うとおり、予言された仲間の数は、七人。そうじゃな?」
「は……? そうだ! さっきから、そう、言ってるだろう!」
「で、今、おまえの仲間は、何人おるのかな?」
「……はぁ?」
大魔王が、急に何を言い出したのか分からず、マッサは、戸惑った。
でも、同時に、お腹の底から、かすかな勇気が湧き上がってきた。
今は戦えないけれど、ブルーと、お父さん。
そして、お母さん、フレイオ、タータさん、ディール、ガーベラ隊長、ボルドン――
「八人だ!」
マッサは、堂々と言った。
「七人をこえて、八人も、仲間が集まったんだ! それに、海辺の村の子供たちだっている!
だから、ぼくは、おまえなんかには、絶対に負けないぞ!」
「ふっふっふ。」
マッサの言葉を聞いても、大魔王は、慌てないどころか、不気味な含み笑いをもらしただけだった。
「八人の仲間か。……なぜだと思う?」




