大人たち、あばれる
マッサが、実はお父さんだった大魔王の将軍と戦いはじめる、その少し前――
子供たちとボルドンは、そろって、大魔王の手下の猿たちと、激しい戦いを繰り広げていた。
『ウキャキャキャキャーッ!』
「えいえいえーいっ!」
「このこのこのーっ!」
ひとりの猿のまわりを、二人の子供たちが、一本のロープのそれぞれの端を持って、ぐるぐる走り回る。
足がロープでぐるぐる巻きになって、猿が動けなくなったところを、
「ええーいっ!」
カーン! と、チッチが特大のフライパンの一撃でやっつけた。
そこから、少し離れたところでは、ボルドンが、ウオオオオーッと吠えながら、猿たちを追いかけ回し、強い腕で、右に左になぎ払っている。
倒した猿の戦士を、ロープでがっちり縛り上げたチッチたちは、そばにあった、崩れかけの塀によじ登って、あたりを見わたした。
「ああっ! チッチ、あれ、みて!」
「あっ! たいへん!」
子供たちは、慌てて塀から飛び降りると、暴れまわっているボルドンのところに走っていった。
「くまさん、くまさん! たいへんなの、タックたちが!」
『グオッ!?』
ボルドンが、ぐうっと後ろ足で立ち、伸び上がって見ると、遠くの方で、タックと何人かの子供たちが、猿たちに包囲され、崖に追い詰められているのが見えた。
まずいぞ、切り立った崖の下は、ごつごつした岩の突き出た、深い海だ!
でも、ボルドンが助けに向かおうとした矢先に、
「くまさーん!」
別のほうから、別の子供たちが、必死に走ってきた。
「たいへんなの! みんなが、やられちゃう! たすけて、たすけて!」
『ガウッ!?』
ボルドンが、そっちを見ると、別の子供たちの一隊が、深い堀のすぐそばまで、猿たちに追い詰められているのが見えた。
まずいぞ、あの堀の底には、とげとげの杭がびっしり埋められていて、落ちたら、ぐっさりだ!
ガウ、ガウ、とボルドンは、崖のほうと、堀のほうを見比べた。
どっちも、絶体絶命だ。
すぐに、助けに行ってあげないと!
でも、自分の体は、ひとつしかないから、同時に両方を助けには、いけない。
だからといって、どっちか片方を選んで、どっちかを見捨てる、なんてことは、できないし――
いったい、どうすればいいんだ!?
そのときだ。
ボルドンは、自分がいる場所のすぐそば――人間にとっては、けっこう遠いけど、イワクイグマにとっては、すぐそばに、灰色の石でできた、大きな建物があることに気づいた。
一階建てで、屋根の低い、平べったい建物だったから、今まで気づかなかった。
その建物の壁には、小さな窓が、いくつか開いていて、そこから、人間の顔が、ちらちら、ちらちら、のぞいている。
イワクイグマの鋭い視力で、ボルドンには、はっきりと見えた。
あれは、人間の、大人たちだ。
そうか、分かったぞ。
あれは、きっと、海岸の村からさらわれてきた、子供たちの家族に違いない!
あそこは、牢屋で、みんな、閉じ込められているんだ。
『グオオオーン!』
ボルドンは、一声吠えると、だだだだーんと地面を蹴り、あっという間に、牢屋のところへ行って、
『ウオオオオオォーッ!』
バリーン! ドカーン!
と、腕の一振りで、分厚い石の壁を叩き壊した。
中にいた大人たちは、外から激しい戦いの物音が聞こえてきて、何だ何だと様子をうかがっていたところへ、いきなり、巨大な獣が突進してきて、牢屋の壁を破壊したものだから、震えあがってしまった。
ボルドンは、興奮のあまり、恐ろしい顔をしていたから、大人たちが、食べられる! と思ってしまったのも、無理はない。
でも、
『グオ!』
ボルドンは、細かいことを言わず、短く吠えて、さっと、鉤爪で遠くを指さした。
大魔王の命令で働かされ、仕事がないときは、暗い牢屋に閉じ込められていた大人たちは、すっかり弱っていたけれど、
「……おおっ!? おい、見ろ! あれはっ!?」
「ありゃあ、うちの子だ! うちのタックだ!」
「あたしの娘もいるよ! あたしの子だよー!」
自分の子供たちの姿を見た瞬間、力が百倍、勇気も百倍になって、鎖につながれたまま、飛びあがった。
ボルドンは、そんな大人たちをつないでいた牢屋の鎖を、鋭い鉤爪で、ばんばんばんばんばーん! と次々に叩き切っていった。
自分一人では無理でも、大人たちと力を合わせて、手分けをすれば、子供たちをみんな助けることができるはずだ!
「俺たちの子供たちを、助けろーっ!」
「今、行くわよーっ!」
大人たちは、柵の切れ端の棒でも、落ちていた岩の欠片でも、何でもそのへんにあるものを武器としてひっつかむと、ウオオオオオオオーッ! とボルドンにも負けない大声を出して、猿たちに突進していった。
そのころ、子供たちをすっかり包囲した猿たちは、
『グッフッフッフ、もう、おまえたちは、おしまいだ。』
『槍で突こうか、海に落とそうか!』
『頭から、ばりばりーっと、食っちまおうか!』
と、子供たちをおどかして、調子に乗っていたけど、
ウオオオオオオオーッ!!
という猛獣のような声と、
ドドドドドドドーッ!
という、ものすごい数の足音が、自分たちの後ろから迫ってくることに気づいて、ぎょっとして振り返った。
「この野郎、うちの大切な子供に、手を出すんじゃねえーっ!」
「あたしの大事な子に、なんてことをしてくれるんだーいっ!」
怒り狂ったお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんたちが津波のように押し寄せて、さっきまで子供たちを追い詰めていた猿たちは、逆に、追いかけ回されて、必死で逃げ回るはめになった。
「わしらの孫に手を出すと、容赦せんぞーっ!」
「よくも、おれの妹をいじめたなーっ!」
「わたしの弟たちに、何するのよーっ!」
ふだんは優しそうなおじいさんやおばあさん、お兄さんやお姉さんたちも、まるで嵐みたいに、暴れまくっている。
マッサたちが聞いたのは、ちょうど、このときの、みんなの怒りの雄叫びだった。
マッサとお父さんは、大魔王の塔の、はるか上のほうの窓から、その様子を、目を凝らして見おろしていた。
「あれは、みんなの家族だ! ボルドンが、牢屋を壊して、みんなを出してあげたんだ!」
「もしかして、俺は、大魔王に操られて、あの人たちを捕まえてしまっていたのか? ああ、俺は、なんということを……」
「お父さん。」
マッサは、頭を抱えているお父さんに、きっぱりと言った。
「今、ここで、そんなこと言ってても、やったことが消えるわけじゃないよ。全部、終わってから、謝るしかない。
とにかく今は、一刻もはやく、大魔王を倒しにいかなくちゃ! それが、ぼくたちの責任だよ!」
言いながら、マッサは、自分で、
(ぼく、今、誰かに似てたような気がするな……)
と思った。
ああ、そうだ。
あれは、ゲブルトの魔法で操られたディールが、フレイオを、短剣で刺してしまったときだ。
後悔するディールに向かって、ガーベラ隊長が、似たようなことを言っていた。
「そ、それは、確かに、そうだな。」
子供のマッサに、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったらしく、お父さんは、驚いた様子で顔をあげた。
「十年か。あんなに小さかった、赤ん坊のマッサが、こんなふうに言うようになるなんてな。」
「うん、まあね。」
ちょっと恥ずかしい気分になって、マッサは、早口に言った。
「行こう、お父さん、ブルー! 大魔王は、この上にいるんだよね?」
「えっ? ああ、多分……そうだった、と思うんだが。」
「思う? 思うって、どういうこと? 覚えてないの?」
「すまない。あの兜をかぶっていたあいだのことは、あまり、よく思い出せないんだ。何だか、夢の中の出来事みたいに、すべてが、ぼんやりとしていて……」
「そうか……じゃあ、しかたがないね。お父さんは、上からおりてきたんだから、きっと、大魔王もそっちにいるはずだ。この階段は、一本道みたいだし、とにかく、上がっていこう!」
「ああ! 行こう!」
『ぼくもいく! マッサといっしょ!』
「うん、行こう!」
お父さんと、ブルーといっしょに、階段を駆けあがりながら、
(あれ?)
マッサは、ふと、不思議なことに思いあたった。
(予言では「王子と、七人の仲間」だったはずなのに……
ブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオ、ボルドン、お母さん、お父さん……
あれ!? いつの間にか、仲間が、八人になってる!?)
数え間違いかと思って、指を使いながら、何度か数え直してみたけど、結果は同じだ。
(どうして、仲間が増えてるんだろう? ……いや、まあ、いいや! そもそも、あんなに大勢の子供たちが、もう増えてるんだから。少ないのはだめだろうけど、七人いて、それよりも増えるのは、別にかまわないだろうし。)
何よりも、これから大魔王と戦うときに、ブルーと、それから、お父さんもいっしょにいてくれるというのが、ものすごく心強い。
(よし、行くぞ! ぼくは、予言のとおりに、大魔王を倒して、世界を救うんだ!)




