マッサ、立ち向かう
(誰かが、この階段をおりてきてる!)
マッサの心臓は、ばくばくばくばく、音を立てて騒ぎ始めた。
(大魔王が、来るのか?)
顔と、手の先が、じーんとして冷たくなった。
緊張しすぎて、今にも倒れてしまいそうだ。
「ブルー、ぼくの後ろに、隠れて!」
『わかった!』
ブルーは、尻尾の毛をブラシみたいにふくらませたまま、たたっと走って、マッサの後ろに隠れた。
カーン……カーン……
上の方から、マッサの耳にも、その音が聞こえてきた。
石に、かたい金属がぶつかる音だ。
間違いない。
この階段を、誰かが、こっちに向かって降りてくる。
ガーン……ガーン……
ガシャーン……ガシャーン……
らせん階段は、ぐるぐる巻いているから、相手の姿は壁に隠れて見えない。
ただ、だんだん近づいてくるにつれて、音だけは、ますます大きく、はっきり聞こえてきた。
これは、足の先まで守る、重い鎧を着た戦士の足音に間違いない。
(あれっ?)
緊張で、口の中はからから、顔には冷や汗をいっぱいかきながらも、マッサは、ふと思った。
(大魔王って……魔法使いじゃなかったのか?)
これまでに会ったことがある魔法使いたちは、おばあちゃんも、《魔女たちの都》の人々も、フレイオも、お母さんも、鎧なんか着ている人は一人もいなかった。
(大魔王は、魔法使いなのに、戦士みたいな、重い鎧を着てるのか? それとも……)
ガシャーン! ガシャーン!
階段の上から、ぬうっと黒い影がさして、マッサの上におおいかぶさるように伸びた。
マッサは、口から心臓が飛び出すんじゃないかというくらい緊張しながら、ぐうっと足を踏んばり、剣をかまえて、相手をにらみつけた。
姿をあらわしたのは、全身を爪先から指先まで真っ黒な鎧に包んだ、大柄な戦士だ。
頭にはすっぽりと黒い兜をかぶっていて、顔はまったく分からない。
兜の額のところには、ぎらぎらと怪しく輝く、真っ黒な宝石が飾られていた。
だらりと垂らした右手には、マッサの身長よりも長くて、分厚い剣が握られている。
その剣のつかには、こっちも怪しく輝く、赤い宝石がはめ込まれていた。
マッサは、すうううっ、と息を吸い込み、
「お、お、お、お前が、大魔王かっ!?」
と問いかけた。
声の最初のほうが震えてしまったけど、思ったよりは、震えなかった。
「ぼっ、ぼくは、この国の王子だ! お前と対決して、やっつけるために、仲間と一緒に、ここに来た! 大魔王、ぼくと、勝負しろっ!」
『王、子……?』
鎧を着た戦士は、ぼそっと呟いた。
何だか、少し、ぼんやりしているような……こんな状況じゃなかったら、もしかして寝ぼけているのか? と思うような言い方だった。
相手が、まったく緊張していない様子なので、マッサは、逆に、少し焦った。
「そ、そ、そうだ! ぼくは、予言された王子だぞ!
魔女たちの予言は、外れたことがない! だから、お前は、ぼくにやっつけられることに、決まってるんだ! 降参するなら、今のうちだぞ!」
『王子……』
戦士は、また、ぼんやりした声で繰り返した。
こいつ、ぼくの話をちゃんと聞いてるのかな、と、マッサが心配になりかけた、その時だ。
『俺は、大魔王様では、ない。』
と、黒い鎧の戦士は、急にはっきりした声になって言った。
『俺は、大魔王様に仕える、将軍だ。大魔王様を守るのが、俺の仕事。お前を、ここより先には、通らせない。』
「何だって?」
マッサは、びっくりした。
こんなに強そうなやつが、大魔王じゃなくて、大魔王に仕える将軍?
ということは、大魔王は、こいつよりも、もっともっと、強いっていうことなのか!?
目の前のこいつをやっつけられそうな気さえ、ほとんどしないのに……
でも、ここで、ぐずぐずしてはいられない。
今、こうしている間にも、外では、残してきたみんなが戦っているんだ!
「いや、そうはいかないぞ。ぼくは、お前をやっつけて、ここを通る! やあああぁーっ!」
剣を構えて、マッサは突進した。
この剣は、当たれば何でも切ってしまうほど、切れ味が鋭い。
相手の剣が、どれほど大きくて重そうでも、ぼくの剣で、真っ二つにできるはずだ!
「ふんっ!」
ブオゥンッ! バッシーンッ!
「うわああーっ!」
マッサは、後ろ向きに大きく吹き飛ばされて、らせん階段を、ごろごろごろーっ! と転がり落ちた。
普通なら、首の骨が折れるか、頭が割れて、死んじゃっていてもおかしくないところだ。
《守り石》のおかげで、そうはならなかったけれど、全身が、めちゃくちゃ痛い。
「うううううーっ……」
目が回って吐きそうなのと、あっちこっちが痛いのとで、泣きそうになりながら、マッサは必死に立ち上がった。
何だ、今の攻撃は!?
こっちの剣が、相手の剣にぶつかりそうになった瞬間、何か、赤い光みたいなものが――
『マッサ、マッサ! だいじょうぶ!?』
吹っ飛んだマッサを追いかけて、ブルーが、たたたたたーっと階段を駆けおりてきた。
「うううーっ……何とか……でも、今、何が、どうなったのか……」
『びかーって、なった!』
ブルーは、マッサのまわりを心配そうに走り回りながら叫んだ。
『あかい、ひかり! それで、マッサ、ばーんって、おっこちちゃった!』
「赤い、光?」
ガシャーン……ガシャーン……
腹が立つほどゆっくりとした足取りで、大魔王の将軍が、階段をおりてくる。
その手に握られた剣のつかで、赤い宝石が、ぎらぎらと輝いている。
(もしかして……)
と、マッサは、気がついた。
(あの剣には、ぼくが持ってる《守り石》と、似たような魔法の力があるんじゃないのか?)
だから、こっちの剣が当たる前に、魔法の力で跳ね返されてしまったのかもしれない。
でも、それ以上、考えている余裕はなかった。
『ふんっ!』
ブオンッ! バッシーン!
「うわあああぁーっ!」
将軍が横殴りに叩きつけてきた剣を、何とか剣で受け止めようとした瞬間、また、赤い光が走って、思いきり吹き飛ばされる。
ゴロゴロゴロゴロ、ドンッ!
「うううううううーっ……!」
壁にぶつかって止まったひょうしに、涙がふき出してきた。
相手に、手も足も出せず、棒でひっぱたかれたボールみたいに階段から叩き落されていくしかないなんて、痛いし、情けないし、腹が立つし……
こんなの、一体、どうすればいいんだ!?




