マッサと『青いゆりかごの家』
マッサは、騎士たちが、どうやって翼を背中からはずすのか、気になったので、よーく見て、観察することにした。
騎士たちは、大きなつばさを、太い革のベルトで、ランドセルみたいに背中に背負って、胸の前で、何カ所もしめて、とめていた。
騎士たちは、お互いの翼を、交替で支えながら、たくさんあるベルトをひとつひとつ外して、じゅんばんに翼をおろし、それを持って、塔の階段を降りていった。
どこかに、翼をしまっておくための部屋があるのかもしれない。
「おい、ディール。」
かぶとをぬいで、翼をはずしおわったディールに、同じように翼をはずしたガーベラ隊長が、声をかけた。
「すまないが、おまえは、これから、マッサとブルーを『青いゆりかごの家』に、つれていってやってくれないか。」
「ええーっ!」
ディールは、ものすごく嫌そうな顔をして、そう言った。
「なんで、俺が! こんなやつら、自分で、勝手に行かせればいいじゃ……」
「ディール!」
ガーベラ隊長がどなって、ごん! と、また、ディールの頭をげんこつで叩いた。
りんごくらいなら、粉々にたたきわってしまいそうな、ものすごく痛そうなげんこつだ。
「いてえっ!」
と叫んで、ディールは、とびあがった。
ガーベラ隊長は、いい人だと思うけど、すぐに暴力をふるうのは、よくないなあ、と、マッサは思った。
ぼくだったら、今ので、ぜったいに泣いてるな、とも、思った。
「文句を言うな! 本当は、私が連れていってやりたいところだが、私は、これから、任務の報告書を書かなくてはならない。せっかく、おまえが、ぶら下げてきてやったのだから、最後まで、めんどうをみてやれ。」
「いてててて……わかりましたよ。まったく、なにも、叩くこたぁねえのに。」
ディールは、ぶつぶつ言いながら、しかたなさそうに、引き受けた。
「あのう。」
マッサは、遠慮しながら、手をあげて、質問した。
「今、言ってた、『青いゆりかごの家』って、何のことですか?」
「大魔王の手下によって、家族を失ってしまった子供たちが、集まってくらしている家だ。」
ガーベラ隊長が、きびきびと答えた。
「おまえも、帰る家がなくなってしまったんだろう? おまえと同じような子供たちが、『青いゆりかごの家』には、たくさんいる。そこへ行けば、眠るベッドもあるし、食事ももらえる。」
「そうなんですか……」
マッサは、そう答えながら、思い出して、また泣きそうになってきた。
もう、おじいちゃんのいる、あの家に帰ることはできないんだ。
その『青いゆりかごの家』というところが、どんなところかは、行ってみないとわからないけど、もしも、一生、そこにいないといけないんだったら、すごく嫌だ。
うちに、帰りたい……
『あれ!』
と、それまで黙っていたブルーが叫んだ。
『マッサ! どうしたの? いたい? いたい?』
ブルーは、マッサが泣いているのを見て、心配してくれたんだ。
「ほら、来いよ。何、泣いてるんだよ。」
ディールが、めんどうくさそうに言った。
「泣いたって、どうにもならねえだろ。とにかく、『青いゆりかごの家』に行こうぜ。あとのめんどうは、そこの家のやつらが見てくれるさ。」
まだ泣いているマッサの手を、ぐいぐい引っ張って、ディールは、塔の、ぐるぐる回る階段を降りていった。
そのあいだじゅう、ブルーは、マッサの肩とリュックサックの上で、右にいったり、左にいったりしながら、マッサのほっぺたの涙を、ふさふさの尻尾で、何度もふいてくれた。
塔の外に出ると、そこはとりでの中庭で、たくさんの騎士たちが歩き回ったり、剣や、槍で戦う訓練をしていた。
「おーい、ディール! おれと一試合、しないか。」
「そうしたいところだけどよ、今、ちょっと、用事があるんだよ。」
友達らしい騎士のさそいを、残念そうにことわって、ディールは、マッサの手をぐいぐい引っ張り、とりでの門のほうへ歩いていった。
門を出ると、そこは、町になっていた。
狭い道の両側に、家がたくさん立っていて、男の人、女の人、お年寄り、子供、たくさんの人たちが歩いていた。
「こっちだ。」
マッサは、ディールに、ぐいぐい引っ張られながら、道を歩いていった。
とちゅうに、いろんな果物を売っているお店や、ふしぎな形をした道具を並べて売っているお店もあった。
マッサは、まだ、悲しかったけど、目に入ってくるいろんなものが、どれも、見たこともなくて、すごく珍しいので、だんだん、涙は止まってきた。
たくさんの人が行ったり来たりしている、にぎやかな広場をつっきって通り抜けたディールは、マッサたちをつれて、一件の、ものすごく大きな建物の、玄関のドアの前で立ち止まった。
その家の壁は、薄茶色の石を積んで作られていて、ドアは、白くぬられていて、その上に、青いゆりかごの絵がかいてあった。
何か、文字も書いてあったけど、見たこともない形の文字で、マッサには、ぜんぜん読めなかった。
でも、何て書いてあるのかは、だいたい分かった。
きっと『青いゆりかごの家』と、書いてあるんだろう。
マッサは、そのことを、ディールに質問しようとしたけれど、それよりもはやく、
「おぉーい!」
と、ディールが大きな声を出して、どんどんどん! と、ドアが割れるんじゃないかというくらいの勢いで、ノックをした。
「翼の騎士団、《銀のタカ》隊のディールだ! ここを開けてくれ!」
すると、ガチャッ、と鍵があく音がして、ギイーッ、という音をたてて、『青いゆりかごの家』のドアが開いた……