マッサ、命がけの着陸
ディールのとんでもない言葉に、マッサは、思わず、大声で叫んだ。
「飛び降りろ、って……そんなの、もしも、飛び降りるのが、はやすぎたり、おそすぎたりして、塔の上に、うまく乗れなかったら……!?」
「そりゃ、地面に叩きつけられて、ぺっしゃんこになっちまうだろうな。」
「ええーっ!?」
たいへんなことになってしまった!
公園のブランコから飛び降りるのだって、あぶないから、やったことがないのに、いきなり、命がけの飛び降りをしなければならなくなってしまったんだ。
「そんなの、無理ですよーっ!」
「無理でも、なんでも、やるしかねえんだから、やれ! 飛び降りるタイミングが、はやすぎても、おそすぎても、だめだぞ! 勇気を出して、両手をはなすんだ。こわがって、ロープを握ったままだと、俺の翼に引きずられて、ぞりぞりぞりぞりーってなって、しかも、塔の上から落っこちるはめになるからな!」
「えええーっ!」
そんなの、絶対にいやだ!
「……さあ、用意しろ!」
ディールが、そう叫んだので、マッサは、はっと前を見た。
もう、灰色の石の塔が、すぐそこに見える。
先頭を飛んでいた隊長が、ひゅーっとなめらかに高さを下げていって、あっという間に、塔の上に降り立った。
翼をたたむタイミングも完璧で、ものすごくきれいな着陸だった。
「絶対に、失敗するな! 気合いで、飛び降りろ! 行くぜーっ!」
ディールがそう叫ぶと同時に、ひゅうーんと、高さを下げ始めた。
「わああああ!」
想像していた速さの、百倍くらいはやい!
ジェットコースターが下がるときみたいに、おなかのところが、ひゅううううぅんとなった。
あんまりにも、こわすぎて、マッサは石みたいに固まったまま、両手でロープを握りしめて、どんどん近づいてくる塔の屋上を見つめていた。
「今だ!」
ディールが叫んだ。
でも、マッサは、飛び降りなかった。
いや、飛び降りたいけど、できなかった。
こわすぎて、手の指がかたまってしまって、動かせない。
このままでは、当の屋上に、激突する!
「何してんだ、ばっかやろおおおお! おらあああぁ!」
激突の寸前に、ディールが叫んで、ぶうんと槍を振り回した。
ブランコのロープが、二本ともぶつりと切れる。
同時に、両足が、屋上の床に着いた!
そう思った次の瞬間、マッサは、塔の屋上の床を、ごろごろごろごろごろ! と転がっていった。
最後には、どすん! と、屋上のはしの柵にぶつかって、うつぶせになって、止まった。
ここまで、ものすごい速さで飛んできた勢いがついていたから、急には、止まれなかったんだ。
『ぎゅうっ!!』
と、マッサのおなかの下から、そんな声が聞こえてきた。
「ああっ! ブルー!」
かたい石の床に、体のあっちこっちをぶつけまくって、痛くて泣きそうになっていたマッサは、その声を聞いて、急いで飛び起きた。
シャツの中から、ブルーを出してあげると、マッサの体の下敷きになったブルーは、ちょっと平べったくなって、目を回していた。
あわてて、つんつん、つっついてみると、ブルーは、
『ぎゅううううぅ……』
と、うなった。
よかった……ブルーを押しつぶしちゃったかと思って、焦ったけど、何とか、生きてたみたいだ。
マッサが、ブルーをなでているあいだに、他の騎士たちも、次々と屋上に着陸してきた。
「いやあ、危ないところだったな!」
ガーベラ隊長が、大きな声で言った。
「よく考えたら、こんな危ないことをしなくても、おまえたちだけ、とりでの外の、広いところに、ゆっくりおろしてやればよかったかもしれない。」
「ええーっ!」
マッサは、ずっこけそうになった。
もう少しで、死にそうになったのに、べつに、こんな降り方をしなくてもよかったのか。
「だが、とりでの壁の外は、あぶないからな。化け物オオカミが、草のしげみのかげにかくれて、うろついていることがある。へたに、少ない人数で降りたら、やつらに襲われることがあるから、やはり、この降り方のほうが、安全だ。」
「うーん……」
ガーベラ隊長のことばを聞いて、マッサは、複雑な気分になった。
化け物オオカミに襲われるのと、塔から落っこちるのと、危なさは、あまり、変わらない気がする。
でも、まあ、とにかく助かったのだから、マッサは、文句を言わないことにした。
「やれやれ! まったく、心臓が止まるかと思ったぜ!」
いったん塔の上を通り過ぎ、ぐるーっと回って、ようやく着陸したディールが、文句を言いながら歩いてきた。
「あのとき、俺が、ロープを切ってなきゃ、お前は、この屋上の上を引きずられて、ぞりぞりぞりぞりーってなって、しかも、落っこちて、ぺっしゃんこになってたんだぜ!? まったく、しっかりしろよ!」
「ほんとうに、ありがとうございました……」
マッサはそう言って、深く頭を下げた。
たしかに、あのとき、ディールがロープを切ってくれなかったら、今頃、本当に、塔の上から落っこちて、ぺっしゃんこになっていたかもしれない。
「お……おう。感謝しろよ。」
もっと文句を言われるかと思ったけど、ディールが言ったのは、それだけだった。
マッサに、ていねいにお礼を言われたので、ちょっと、照れているみたいだった。
「よし、今日の任務はここまでだ。みんな、整列しろ。」
ガーベラ隊長が、そう言った。
小学校の、帰る前のあいさつみたいに、ガーベラ隊長の号令で、騎士たちはびしっと整列した。
そして、大きな声で、
「今日の任務、終了! 解散!」
と、あいさつをすると、せおった翼をはずしはじめた。