仲間たち、怒る
「あたしのなまえ、チッチよ。」
「ぼくは、タック。」
マッサたちがわけてあげた、かっちかちのパンを、もぐもぐ食べながら、二人の子供たちは言った。
「チッチと、タックね。ぼくは、マッサ。よろしく!」
『ぼく、ふわふわじゃない! ブループルルプシュプルー!』
「私は、ガーベラという。」
「俺は、ディールだ。悪そうなおっさんじゃないからな!」
「わたしは、タータといいます。どうぞよろしく。」
「フレイオです。」
と、マッサたちも、順番に自己紹介をする。
「わあ! おにいちゃん、てが、よんほんもある!」
「えっ、わたしですか?」
タータさんは、ちょっと驚いたようだったけど、すぐに、長い腕を、ぱっと広げてみせた。
「はい、このとおり、手が、四本ありますよ。」
「ぜんぶ、うごくの?」
「ええ、もちろん。ほらね。」
「すごーい! ねえねえ、どうして、てが、よんほんもあるの?」
「どうして、ですか? ……さあ? どうして、でしょうねえ。わたしたちは、もともと、そうなんです。たぶん、木登りをするのに、便利だから、じゃないでしょうか?」
「そっかあ!」
チッチとタックは、タータさんのすがたに、興味しんしんだ。
「えーっと、あとひとり……というか、人じゃないけど、とにかく、あとひとり、ボルドンっていう仲間がいるんだ。今、そーっと、ゆっくり、こっちに向かってるところだよ。」
マッサは、とりあえず、それだけ言った。
なにしろ、ボルドンが大きなクマだなんて言ったら、チッチとタックが、怖がって逃げ出しちゃうかもしれないからだ。
「あのね、じつは、ぼくたち、長い長い旅をして、ここまで来たんだ。それでね、この村に来たのは、海に出るための船を、貸してもらいたいと思ったからなんだけど――」
マッサがそう言った瞬間、チッチとタックの顔が、さっと曇った。
「ふね、ない。」
チッチが、ぼそっと、そう言った。
「うん。」
タックも、ぼそっと言った。
「ふね、ない。とられちゃった。」
「えっ、とられた? だれに? ……もしかして……大魔王に?」
「うん。」
チッチが、一番きらいなやつの話をするときの顔になって、言った。
「あいつ、おとうちゃんたちのふねを、ぜーんぶ、とっちゃったの。」
「ええっ! 大魔王が、自分で、ここに来たの?」
「ううん。」
タックが、ぶるぶると頭を振った。
「ちがう。だいまおうの、てした。こわーい、さるのかいぞく。」
「猿の海賊……」
マッサは、顔をしかめて呟いた。
きっと、そいつらは、《ふたつ頭のヘビ》山脈にいたやつらみたいな、鎧を着た猿たちだ。
「そいつらが来たのは、いつ?」
「んーっとね、あたしが、まだ、ちっちゃかったとき。」
「ぼくも、ちっちゃかったとき!」
「それなら、最近だな。ここ一、二年くらいのことだろう。」
ガーベラ隊長が言って、
「ちくしょう! やられたぜ。」
ディールが、ばしんと自分の足を叩いた。
「大魔王のやつめ! 船がなけりゃ、だれも自分のところに攻めてこられないと思って、そんなことをしやがったんだな。」
「あの……」
マッサは、さっきからずっと気になっていたことを、とうとう、きいてみることにした。
「ねえ、チッチ、タック。あのさ……もしかして、きみたちの、家族って……その、大魔王の手下が、攻めてきたときに……」
マッサが、そこまで言うと、チッチとタックの顔が、ぎゅうっとゆがんだ。
あっ、しまった、とマッサが思ったときには、タックは、もう、うえーん、うえーんと泣き出してしまった。
でも、チッチは、涙が出そうになるのを、必死にがまんしながら、
「おとうちゃんとおかあちゃんは、つれていかれちゃった。」
と言った。
「みーんなの、おとうちゃんと、おかあちゃんと、おじいちゃんと、おばあちゃんと、おにいちゃんと、おねえちゃんが、つれていかれちゃった。おとなと、おっきいこどもたち、みーんな。」
「連れていかれた?」
ガーベラ隊長が、おどろき半分、怒り半分の声で言った。
「船で、連れていかれたのか?」
「そう。だいまおうの、しまで、はたらかされるんだって。あたしたちは、ちっちゃすぎて、やくにたたないから、つれていかれなかったの。」
「ぼ、ぼ、ぼくたちの、おとうちゃんとおかあちゃん、りょうしだった。」
タックが、泣きながら、いっしょうけんめい言った。
「さかなをとる、りょうし。それで、いっぱい、おさかなつって、いっぱい、おかねをもうけて、ごはん、いっぱいたべさせてくれた。……でも、おとうちゃんとおかあちゃん、つれていかれちゃった! うえーん、うえーん!」
「だから、あたしたち、たべるもの、じぶんであつめてる。」
チッチが、さっき隠れていた茂みのほうへ走っていって、小さなバケツを持ってきた。
「ほらっ、こんなにとれた。」
そう言って、チッチがさしだしたバケツの中には、ぶよぶよした、黒っぽい海藻が山もりと、コインくらいの大きさの二枚貝がいくつか入っていた。
「これ、きょうのごはん。あたしたち、じぶんでとったの。おゆで、ゆでてたべる。……でも……」
そこまで言ったチッチの顔が、きゅうっとゆがんで、大粒の涙が、ぼろぼろこぼれた。
「これ、ほんとは、ぜんぜん、おいしくないの! おなかがすくから、たべてるの! ほんとは、おかあちゃんの、おいしいりょうりが、たべたいよーう! ああーん、ああーん、ああーん!」
『かわいそう! かわいそう!』
ブルーが、かんかんに怒って、泣いている二人のあいだを走り回った。
『おなかすいて、かわいそう! だいまおう、わるい! わるい!』
「まったくだ!」
ディールも怒って、また、バシンと自分の足を叩いた。
「大魔王め、ひっでえことをしやがる! 絶対に、こいつら小さい子供を、人質にとって、大人たちをおどしたに違いねえ! 小さい子たちに手出しをしねえかわりに、おまえたちは大人しくついてこい、そうじゃねえと、小さい子たちがどうなるか分からねえぞ……って言って、おどしたんだ。きたねえまねをしやがって!」
「ほんとうに、ひどい! ゆるせません。こんな、小さな子供たちだけで、村に残されたのでは、食べるものがなくなって、死んでしまっても、おかしくないところでしたよ!」
タータさんも、めずらしく、かんかんに怒っている。
「偶然、波打ちぎわでも、食べられるものがとれる土地だったことが、不幸中の幸いでしたね……」
フレイオも、ぼそっと言った。
「おい、マッサ!」
ディールが、ものすごい大声で言った。
そんな大声を出しているのは、チッチとタックがかわいそうすぎて、ちょっと自分も泣きそうになっているのを、隠すためみたいだった。
「こりゃ、ぼやぼやしてる場合じゃねえぜ! 一刻も早く、大魔王の島に殴りこみをかけて、大魔王のやつをぶっ倒して、こいつらの父ちゃんや母ちゃんや、他の家族たちを、助けてやらなきゃならねえ!」
「落ち着け、ディール。」
と、横から、ガーベラ隊長が、静かな声で言った。
「腹が立っているのは、私も同じだ。だが、ただ大声を出していても、どうにもならん。一刻も早く、というが、大魔王の島に行くためには、どうしても、船が必要だ。そして、この村には、船がない。……これでは、どうにもならんだろう。」
「そんなこと言ったって、隊長! ……まあ……ええ、まあ、そりゃ、そうなんですが。」
ディールは、ちょっとだけ落ち着いてきたようだったけど、
『ぼく、おこってる! だいまおう、やっつける! がじがじ、かむ! ばりばり、ひっかく!』
ブルーは、チッチとタックがかわいそうで、かんかんに怒って、すっかり凶暴になっている。
マッサは、ううーん、と、考え込んでしまった。
これから、ぼくたちは、いったい、どうすればいいんだろう?