ブルー、目を回す
「その二人って、さっき、このへんで何かを集めてた子供たちなんじゃない?」
ぱっと茂みのほうを向きたい気持ちと戦いながら、マッサも、口だけを動かして言った。
「そうかもしれねえな。……どうします、隊長? だっと走っていって、とっつかまえますか?」
ディールが言った。
ここから、子供たちがかくれている茂みまでは、ふつうに歩いて十歩、いや、十五歩くらいだ。
ディールの足なら、子供たちが逃げても、追いつけるかもしれない。
「いや、やめておこう。」
少し考えて、ガーベラ隊長が言った。
「子供たちは、別に、悪さをしているわけではないのだからな。しばらくは、ほうっておこう。子供たちを追いかけて、怖がらせたりしたら、後で、この村の人々に、協力してもらいにくくなるかもしれん。」
「なるほど……よし、みんな、あっちのことは無視しろ、無視! 知らないふりをして、普通に、めしを食うんだ。」
『モグモグモグモグ……』
「って、もじゃもじゃは、もともと、完全に、めしのことしか考えてねえな……」
『モグモグモグ……もじゃもじゃじゃない! モグモグモグ……』
ブルーは、ほっぺたの内側に、いっぱい木の実を詰めこんだまま、怒っている。
「わかった。じゃ、ぼくも、気にせず食べようっと。」
マッサは、そう言って、かっちかちのパンを、苦労しながらかじりはじめた。
「ええ、食べましょう、食べましょう。」
タータさんも、そう言って、木の実を、もぐもぐ、よくかんで食べている。
「やれやれ、あごが、きたえられるぜ。」
ぶつぶつ言いながら、ディールが、干し肉をかじって、
「おい、ものを噛みながら、しゃべるな。」
と、ガーベラ隊長に注意された。
フレイオは、炎を口に運んでは、ふーっと、長く煙を吐き出している。
そうしながらも、みんな、目のはしで、こっそりと、茂みのようすをうかがっていた。
そのまま、しばらくすると……
マッサたちが、わざと知らないふりをしている茂みのなかから、ひょっこりと、小さな男の子の顔がのぞいた。
男の子は、マッサたちが、おいしそうに食事をしているのを、目を大きく見開いて、じーっと見つめていた。
その口が、ぽかーんと開いて、口のはしから、たらーんと、よだれが流れ落ちた。
「こらっ!」
小さな、しかるような声がして、茂みのなかから、にゅっと手が伸びて、男の子の頭をつかんで、もう一度、茂みのなかに引っ込ませた。
マッサたちは、気づかないふりをするのに苦労しながら、必死に茂みのほうへ聞き耳を立てた。
「なに、してんのっ! あいつらに、みつかったら、どうすんのよっ!」
「だってえ。」
しかっているのは、女の子の声で、答えているのは、男の子の声だ。
「あの、たべてるやつ、おいしそうなんだもん!」
「だめよっ。みなさいよ、あいつら、ぶきなんかもってる! きっと、あいつらも、だいまおうのてしたなのよ!」
「でも……」
茂みのなかから、マッサたちのところにまで聞こえてくるくらいの大きさで、ぐううううーっと、おなかの鳴る音がした。
「ぼく、おにくが、たべたいんだもん。あのおにく、おいしそう……」
「だめよっ! ほら、よーく、みなさいよ。おにくをたべてる、あのおっさん! すっごーく、わるそうなかおをしてるわっ! ぜったい、だいまおうのてしたよっ!」
「だれが、悪そうな顔のおっさんだっ!?」
ディールが、いきなり立ちあがって、そう怒鳴った。
無視しよう、知らないふりをしようと、自分で言っていたのに、おっさんとか、悪そうな顔をしてる、なんて言われたから、思わず、腹を立ててしまったんだ。
ガサガサッ! と、茂みのなかで音がした。
いきなりディールに怒鳴られて、びっくりした子供たちが、茂みのなかで転んだんだ。
それから、また、ガサガサガサッ! と音がして、茂みのなかから、小さな男の子と、女の子が立ちあがった。
子供たちは、大急ぎでマッサたちに背中を向けて、走って逃げようとした。
マッサは、思わず、
「ちょっと、待ってっ!!」
と、その背中に向かって、思いっきり叫んだ。
すると――
子供たちの動きが、ぴたっと止まった。
自分たちと、ほとんど同じくらいの子供の声だったから、かもしれないし、必死に叫んだマッサの声が、悪者のようには聞こえなかったから、かもしれない。
「ねえ、君たち!」
マッサは、何とか、子供たちに話を聞いてもらおうとして、急いで呼びかけた。
「ひょっとっして、おなかがすいてるの? よかったら、こっちに来て、いっしょに食べない? お肉も、分けてあげるよ! 少ないけど……」
「えっ、いいの!?」
「こらっ!」
男の子が、ぱっとふりむいて顔を輝かせ、女の子にしかられた。
「だめだってば! あんなの、あたしたちを、おびきよせるための、わなにきまってる!」
「でも……おにく、わけてくれるって!」
「ばかね! おいしいものをあげるからとか、おもしろいものをみせてあげるとか、そういうやつは、あやしいから、ついていっちゃだめだって、おかあちゃんに、おしえてもらわなかったのっ!?」
「おかあちゃん……」
その言葉を聞いたしゅんかん、男の子の顔が、くしゃっとゆがんだ。
「おかあちゃん……おかあちゃーん……! おかあちゃんに、あいたいよーう……!」
そして、男の子は、うえーん、うえーんと、大きな声で泣きはじめた。
「ああ、もう! ああ、もう! ないちゃだめよ! なくな! そうじゃないと……あたしも……あたしも……」
そして、女の子まで、顔をくしゃくしゃにして、
「うえーん、うえーん、うえーん!」
と、大声をあげて、泣き出してしまった。
「うわあ、これは、大変だ。……どうします、ディールさん?」
「どう、って……俺にきくなよっ!」
タータさんにきかれて、ディールは、あわてて、マッサを前に押し出した。
「おい、マッサ! 何とかしてくれっ!」
「ええっ!? そんなこと、言われても……」
マッサが困った、そのときだ。
泣いている子供たちのほうに、たたたたたたっ、と走っていったものがいる。
ブルーだ。
『はいっ!』
ブルーは、ちっちゃな手で、自分の食べかけの木の実をにぎって、子供たちにさしだした。
『おいしいもの! きのみ、おいしい! すくないけど、おいしい。たべると、げんきでる。はいっ!』
「うわあ……」
いっしょうけんめい、木の実をさしだすブルーを見て、泣いていた男の子と女の子は、目をまんまるにした。
「なに、これ! かわいい!」
「みたことない! かわいい、ふわふわ!」
『ぼく、ふわふわじゃないっ! ブループルルプシュプルー!』
「うわあ、おこってる! かわいい!」
『そう、ぼく、おこってる! かわいい!』
「ねえ、さわっても、いーい? かみつかない?」
『ぼく、わるいやつ、かむ! わるくないひと、かまない!』
「わーあ……ふかふかだあ! かわいい!」
「ねえ、だっこしても、いーい?」
『いいよ!』
「わーあ……あったかい! ふわふわ!」
「ぼくもぼくもぼくも! ぼくも、ふわふわ、だっこする!」
『ぼく、ふわふわじゃないっ!』
「だーめ! いま、あたしが、だっこしてるのっ!」
「やーだ、やーだ! ぼくもぼくもぼくも! ぼくも、だっこする!」
「だーめっ! あたし!」
「ぼくもーっ!」
『ムギュウウウウウ。』
女の子と男の子に取り合われて、ブルーは、もうちょっとで、つぶれちゃいそうになっている。
「待って、待って、待って! ブルーが、苦しがってるよ!」
慌てて走っていったマッサが、女の子と男の子を引き分けたときには、
『ぷっしゅうううううう……』
ブルーは、すっかり目を回していたけど、なんとか、ぎりぎりで、助かったのだった。