マッサたち、しらないふりをする
マッサは、すべりやすい急な階段を、気をつけて降りながら、
(村に着いたら、まず、そのへんを歩いている村の人を探して、船を貸してくれそうな人がいないか、聞いてみよう!)
と、思っていた。
いや、それよりも、まずは、料理屋さんとか、魚屋さんとか、とにかく食べられるものを売ってくれるところがないかを、きいたほうがいいかもしれない。
そして、ごはんを食べながら、村の人たちに、船のあやつり方や、海の様子や、大魔王の島に行くにはどうやって行ったらいいのかを教えてもらおう――
でも、そんなマッサの計画は、村に降りたとたんに、まったくの「計画だおれ」になってしまった。
「だあーれも、いねえな……」
ぽかんとした顔で、まわりを見回しながら、ディールがつぶやく。
「ああ。上から見たときも、人の気配がない村だ、とは思ったが……まさか、ここまでとは。」
ガーベラ隊長も、あちこちを見回しながら、思わず、という感じでつぶやいた。
マッサたちは今、村のなかを通る、一番大きな道を歩いている。
でも、道には、村の人たちの姿はまったくなかった。
道の両側にならんでいる、どの家も、どのお店も、ぴったりと扉がしまっていて、窓には、きっちりとカーテンがかかっていて、しーん、としている。
マッサたちは、念のため、近くのお店や、家のドアを、とんとんとん、とノックしてみた。
それから、
「失礼しまーす。」
と言いながら、ドアノブをつかんで、回したり、押したり、引いたりしてみた。
でも、やっぱり、しーん、としていて、返事もないし、ドアも開かなかった。
『いない? だれも、いない? おいしいもの、ない!?』
「うん……おいしいものは、ちょっと、なさそうだね……」
『ぷっしゅううううう。』
ブルーは、がっかりして、空気の抜けた風船みたいな顔になってしまった。
村のなかを歩いていくうちに、マッサたちは、とうとう、海辺まで出た。
そこにも、やっぱり、だれもいない。
ザザーン、ザザーンと、おだやかな波が、岸辺に打ち寄せているだけだ。
さっきまでは、確かにいたはずの、二人の子供たちさえも、姿を消してしまっていた。
マッサたちは、みんなで、砂浜にすわって、作戦会議を開くことにした。
「さすがに、ちょっと、おかしいですよねえ。こんなに、人がいないなんて。」
「うん。」
タータさんの言葉に、マッサはうなずいた。
「ノックしても、もしかしたら、十年前の戦争のときに、大魔王の軍隊が攻めてきたから、ここに住んでた人たちは、ほとんどみんな、逃げ出して、いなくなっちゃったのかな。」
「そのわりに、家はどれも、焼けたり、壊れたりしてねえよな。」
あたりを見回して、ディールが言う。
「それに、さっきは確かに、子供が二人、このへんで何かを集めてたじゃねえか。」
「ええ、確かに。」
ディールの言葉に、フレイオがうなずいた。
「住んでいる者はいるけれども、みんな、家の中に閉じこもっていて、姿を見せないようにしているのかもしれません。」
「ぼくたちのことを、大魔王のスパイか何かだと思って、警戒してるのかな……?」
マッサが言うと、ガーベラ隊長が、
「そうかもしれませんね。」
と、ため息をついた。
「まあ、とにかく、この浜辺で、いったん休憩して、食事でもしましょう。今日も、朝から歩きづめでしたからね。これからどうするかは、食べてから、ゆっくり考えることにしましょう。」
『しょくじ!』
空気のぬけた風船みたいになっていたブルーが、急に元気を取り戻して、はね起きた。
『しょくじ! おいしいもの! おおい? すくない?』
「うーん……ちょっと、すくないけど、おいしいよ。よくかんで食べてね。」
マッサが、そう言って木の実を渡すと、ブルーはさっそく、
『すくない! おいしい! すくない! おいしい!』
と言いながら、ぽりぽりぽりぽり、木の実をかじりはじめた。
「私たちは、これにしましょうか。」
そう言って、タータさんが荷物から取りだしたのは、干し肉だった。
薄く切ったお肉を、かっちかちに乾かして、腐りにくくしたものだ。
それから、甘くないクッキーみたいな、かっちかちのパンが少し。
ちょっとだけ甘い、木の実が少し。
「いただきまーす。」
みんなは、ブルーのまねをして、少しずつ、食べ物をかじりはじめた。
よくかんで、少しでも長く味わって食べたほうが、お腹がいっぱいになった気がするから、というのと、どれも、かっちかちに乾いているから、いきなり、ガリッとかんだら、歯が痛くなってしまうかもしれないからだ。
フレイオは、いつものように、金属のお皿に、香りのいい油を注いで、そこに火をつけた。
そして、長いスプーンで火を口に運んでは、ごくんと飲みこみ、ふうっと、口から煙を吐き出した。
今回は、煙の形が、魚みたいになって、空中をくるくるっと回って、空に消えていった。
「あれっ、そういえば、ボルドンは? まだ、こないね。」
『ボルドン!』
木の実に夢中になっていたブルーが、ぱっと顔をあげて、心配そうにあたりを見回す。
『ボルドン、こない。だいじょうぶ? どこ?』
「まさか、敵と出くわして……なんてことは、ねえだろうな。」
ディールも、心配そうに言った。
でも、タータさんが、
「……ああ! 大丈夫、大丈夫! ほら、あそこを、見てください。」
と、崖の上を指さした。
すると、崖の上に、ボルドンの大きな体が、頭と肩のところだけ、ちょっと見えた。
みんなで、じーっと見ていると、ボルドンは、まるでカタツムリみたいに、すっごーく、ゆっくり、そーっと歩いているみたいだ。
「ボルドン……何してるんだろう?」
マッサが、ぽかんとして言うと、ガーベラ隊長が、あっ、と声をあげた。
「もしかしたら、さっき、私が『できるかぎり、そっと来てくれ。』と言ったから、そのとおりに、できるかぎり、そーっと歩いているのかもしれません。」
「あっ、そういうこと? でも、何も、あそこまで、ゆっくり、そーっと歩かなくてもいいのにね。」
「俺が、ひとっ走りして、ボルドンのやつを呼んできてやりましょうか? ……あ、でも、俺だけじゃ、言葉が通じねえや。おい、もじゃもじゃ、俺と一緒に来てくれ。」
『ぼく、もじゃもじゃじゃない! ブループルルプシュプルー!』
ブルーが、木の実を両手で握りしめたまま、パタンパタンパタンと両足で砂をふんで、怒った。
『でも、ぼく、いっしょにいく!』
「おう。それじゃ……」
と、砂に片手をついて立ち上がりかけたディールが、急に、ぴたっと動きを止めた。
「どうした?」
『なに?』
ガーベラ隊長とブルーが、同時に、同じような顔になってたずねる。
ディールは、そのまま、すっと元通りに座りなおすと、さりげない感じで海のほうを見ながら、口だけを小さく動かして言った。
「みんな、そのまま、顔を動かさずに聞いてくれ。……今、俺から見て、右手のほうに、大きめの茂みがあるのが分かるか?」
「ああ、はい。」
「うん。」
「あの茂みが、どうしたんです?」
みんなは、一気に緊張して、ディールが言ったとおりに、顔は動かさず、目だけでそっとそっちを見ながら答えた。
フレイオは自分の杖を、ガーベラ隊長は槍を、それぞれ、さりげなく手元に引き寄せた。
ディールは、あいかわらずさりげない感じで海のほうを見たまま、口だけを小さく動かして言った。
「その茂みの影に、二人、隠れてる。……俺が立とうとしたときに、さっと頭を引っ込めるのが見えた。」
「敵か。」
ガーベラ隊長が、うーんと背筋をのばして空を見るふりをしながら、完全に槍を握った。
「いや。」
ディールは、ぱっと茂みのほうを向きたい気持ちを、必死におさえているような調子で答えた。
「隠れたのは、二人とも、小さな……マッサよりも小さな、子供でした。」