マッサたち、橋をわたる
マッサとブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオ、そしてボルドンの一行は、いよいよ、魔法でかくされていた透明な橋をわたって《死の谷》を越えることになった。
でも、
『ブルルルルッ! こわい!』
「確かに……こりゃあ、ちょっと、心臓によくねえな。」
「うわあ、何だか、お腹の底が、ぞーっとしますねえ!」
ちょっと橋の上にのってみたみんなは、口々にそう言って、すぐに戻ってきてしまった。
みんなが、ぞーっとするのも、無理はない。
魔法がかかった橋は、氷よりも、ガラスよりも透明に見えるから、その上に立つと、《死の谷》の不気味な霧が、はるか下のほうで渦をまいているのが、はっきりと見える。
まるで、自分が、何もない空中に浮かんでいるような感じがして、すっごく怖いんだ。
「マッサは、怖くないんですか?」
と、ふしぎそうにきいたタータさんに、
「うん、ぼくは、いざとなったら、空を飛ぶ魔法が使えるし、高いところに慣れてるから。」
と、マッサが答えて、
「あーあ、いいよなあ、翼がなくても、空が飛べるやつは。」
と、ディールがうらやましがった。
「でも、まあ、文句を言ってても仕方がねえ。空中に立ってるみたいで、さすがに、ちょっと怖えが、まあ、下を見なけりゃ、大丈夫だろ。」
「……いや、そういうわけにも、いかんぞ。」
と、言ったのは、何事もよく考えてから行動するガーベラ隊長だ。
「何しろ、橋が、まったく見えないのだから、どれくらいの幅があるかも分からない。うっかり広がって歩いたら、はしっこの者が、足を踏み外すかもしれん。
手すりがあるのかもしれないが、それが、急に途切れることだって、あるかもしれないからな。」
「なるほど!」
と、タータさんが、四つの手をぽんと打った。
「見えないから、橋が、途中でどうなっているか、まったく分からないですもんね。ひょっとしたら、どこかに、落とし穴が開いている、ということだって……」
「げっ、そいつは、やばいな……《死の谷》の真ん中で、橋から落ちたりしたら、絶対に助からねえぞ。」
みんなで、あれこれ相談して、知恵を出し合った結果、
「やっぱり、まずは、ぼくが行くよ。」
と、マッサが先頭に立つことになった。
マッサなら、もしも、足を踏み外しても、すぐに魔法で飛んで、助かることができるからだ。
みんなは、マッサが踏んだのと同じところを、きっちり踏みながら、マッサのあとに、一列になってついていくことに決まった。
マッサが踏んだ場所は、安全だ、ということが、はっきりしているからだ。
でも、列のいちばん最後を歩くボルドンは、体が大きいから、マッサが踏んだところだけを、きっちり通って歩く、というのは難しい。
体が大きいぶん、どうしても、右や左に、はみ出してしまう。
もしも、そこに、落とし穴があったりしたら大変だ。
マッサは、うーん……と、うなりながら、よくよく考えて、
「あっ、そうだ! ぼく、いいこと考えた!」
と、思いついた。
長い棒をひろってきて、それを、目が不自由な人のための杖みたいに使って、右や左の床をさぐり、ちゃんと橋の床があることを確かめながら進むんだ。
こうすれば、マッサが踏んだ場所だけじゃなくて、そのまわりも、安全だっていうことが分かる。
「じゃあ、みんな、出発するよ! みんな、ぼくの後ろを、しっかりついてきてね!」
「分かりました!」
「おい、マッサ、少し、ゆっくり歩いてくれよ!」
「わたしは、いつでも、いけます!」
「ボルドン、絶対に、私を、うしろから押さないでくださいよ。」
『ガオガオーッ。』
『そんなこと、しないよ! って、いってる。』
こうして、いよいよ、マッサたちは橋をわたりはじめた。
マッサは、あとに続くみんなの命がかかっているから、ものすごく集中しながら、ゆっくりと先頭を進んでいった。
ぼんやりしていたら、いつ、ヒューンと《死の谷》に落っこちてしまうか分からない、という緊張感のせいで、みんなも、ものすごく集中しながら、マッサのあとをついていった。
《死の谷》が、あまりにも巨大なせいで、橋をわたりきるには、かなり長い時間がかかった。
そのあいだ、だれも――あのディールでさえも、まったく、一言も喋らなかった。
そして、とうとう、全員が、ぶじに反対側の地面にたどり着いたときには、みんな、ばったり地面に倒れこんで、はあああーっ、と、深い安心のため息をついた。
「諸君! 我々は、とうとう《死の谷》を越えた。ここから、さらに北へと向かえば、《惑いの海》に出る。ここからは、いっそう、気持ちを引き締めていかなくてはならない。」
ガーベラ隊長が、自分も気持ちを引き締めなおすためか、まるで《銀のタカ》隊の騎士たちに演説をするときのような言い方で言った。
「女王陛下がおっしゃっていたことが確かならば、ここから《惑いの海》までは、そう遠くはないはずだ。ということは、大魔王が、自分の島から、船で手下を送り出して、我々がやってくるのを待ちうけているおそれもある。油断は禁物だぞ。」
「化け物鳥だって、飛んできやがるかもしれねえですもんね。」
と、ディールも言った。
「今までもそうだったが、ここからは、今までよりも、もっと、空と、地面の両方を警戒しながら進まなきゃならねえ、ってことだな。」
「うん。」
と、マッサも、短くうなずいた。
『……マッサ?』
と、マッサの顔を見上げたブルーが、すこし心配そうな顔をしながら言った。
『どこか、いたい? おなか、すいた? ちょっと、かお、こわい!』
「えっ? ……ああ、ごめん、ごめん。大丈夫だよ。」
マッサは、ブルーを抱き上げて、優しくなでながら答えた。
「どこも痛くないよ。ぼくは……緊張してるんだ。だって、いよいよ、大魔王のすみかに近づいてきた、って感じがするから。……正直に言って、ぼく、ちょっと、怖くなってきた。」
「そりゃあ、そうですよ。分かります!」
と言いながら、タータさんが、うんうん、とうなずいた。
でも、そのタータさんは、まったくいつもと同じ、にこにこした顔で、あんまり、緊張しているようにも、怖がっているようにも見えなかった。
「なにしろ、大魔王と、対決するんですからねえ! 緊張するのが、ふつうですよ。それに、別の心配も、あるじゃないですか!」
「えっ? 別の心配、って……」
「ほら、あれですよ。あと、一人……」
「ああ。」
と、マッサのかわりに答えたのは、フレイオだ。
「王子と、七人の仲間。……そのうち、王子は、もちろんマッサとして、今、他にいるのは、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、ボルドン、そして私。あわせて六人だ。
あと一人の仲間というのは、いったい、いつ、どこで現れるんでしょうね?」
「うーん……」
マッサは、むずかしい顔でうなった。
「分からない。でも、《惑いの海》って、あの、魚がすんでる、広くて深い海でしょ? そんなところに、仲間がいるなんて思えないから、たぶん《惑いの海》に着くまでに、その人と会えるんだと思うけど。」
「もしも、……いや、もしも、の話ですよ? もしも、その人と、会えなかったら、どうなるんでしょう?」
フレイオが、みんなが気になっていたけど、あえて口に出さなかったことを、ずばりと言った。
「予言では、『王子と七人の仲間が、大魔王を倒して、世界を救う』といわれていたのでしたね。じゃあ、もしも、七人の仲間が、そろわなかったら――?」
「大丈夫だ。」
急に、ガーベラ隊長が、大きな声で言った。
「魔女たちの予言が外れたことは、これまでに一度もない。七人目の仲間は、これから先の道のどこかで、必ず見つかる。」
その言い方が、あまりにもはっきりしていたから、みんな、なんとなく、
(そうかもしれない。いや、きっと、そうだ!)
という気持ちになって、何度もうなずいたり、にっこりしたりした。
フレイオも、小さくうなずいて、それ以上は、何も言わなかった。
「行こう。」
マッサは、みんなと、自分自身に向かって宣言するみたいに、力強く言った。
「《惑いの海》をめざして、北に進んでいこう! ぼくたちの、最後の仲間も、きっと、そっちにいるはずだよ!」