マッサたち、おわかれする
マッサたちが橋を見つけた日の夜と、その次の日の夜は、みんなで交代しながら起きて、お母さんの柱を守りながら眠った。
「ボルドン、はやく帰ってこないかなあ。」
マッサが山の方を見ながら言うと、タータさんが、
「ええと、ボルドンさんが、家族のところに帰るのに、一日。そして、家族といっしょに、帰ってくるのに、一日……」
と、長い指をつかって、計算しはじめた。
「ええと、ボルドンさんが、出発したのが、一昨日の、夕方ちょっとまえでしたから……帰ってくるのは……ああ、そう、ちょうど、今ごろですね! もう、帰ってきても、いいころです。」
「あいつが、はやく戻ってきてくれねえと、出発できねえからな。」
と、ディールも、横から話に加わる。
「できるだけ、さっさと出発しねえと、また、厄介なことになるかもしれねえ!
何しろ、こんなふうに、魔法使いの塔がぶっ倒れてるわけだからな。もしも、大魔王が化け物鳥を飛ばしてきて、塔がぶっ倒れてるのを見つけたりしたら、俺たちがここにいるってことが、すぐに分かっちまう。」
「確かに、そうだ。」
と、ガーベラ隊長もうなずいた。
「そう考えると、塔を倒してしまったのは、ちょっと、まずかったかもしれないな。
……いや、だが、そのおかげで、アイナファール姫をお助けすることができたのだし、もう倒してしまったものを、今さら、ごちゃごちゃ言ってもしかたがない。今は、とにかく、ボルドンたちが少しでもはやく到着するように、願っておこう。」
「ほんとですね!」
と、タータさんが言って、四本の手を全部使って、おいのりのポーズをした。
「わたしたちが、こうして待っているあいだに、化け物鳥なんかが来ませんように! ……あれっ?」
「えっ。どうしたの、タータさん?」
「何か、気になることでも?」
マッサとガーベラ隊長がたずねると、タータさんは、首をかしげながら言った。
「いや……そういえば、最近、化け物鳥を、ぜんぜん見かけないなあ、と思って。前は、しょっちゅう、空を飛んでいたのに。」
「そういえば、そうだな。」
ガーベラ隊長も、はじめて気がついた、という顔をして、言った。
「最後に、化け物鳥を見たのは、いつだった?」
「あーっと……そうだ! あれは、ハイモンやリゲルたちが墜落したときですぜ! ほら、俺たちが、マッサを《魔女たちの都》に送り届けようとして、夜に飛んでたときです。」
「ああ! それで、みなさんが、洞窟に避難していて、わたしと、妹たちが、そこに行ったんですよ!」
タータさんが、懐かしそうに叫んで、ガーベラ隊長もうなずいた。
「そうだったな。そういえば、あれから、化け物鳥を、一度も見ていない。」
「化け物鳥って……何の話です?」
さっきから、ぜんぜん、みんなの話の仲間に入れなかったフレイオが、ふしぎそうに言った。
『ばけものどり! ブルルルルッ! でっかい! こわい!』
「こーんなに、大きくて、口が、こーんなに牙だらけで、めちゃくちゃ怖い鳥なんだ。いや、鳥っていうより、ほんとに、化け物みたいなやつで、すっごく、いやなにおいがする。ギャギャギャギャーッて鳴いて、むれで襲ってくるんだ。」
ブルーとマッサが説明すると、フレイオは、顔をしかめた。
「そんな化け物、これから先も、出てきてもらいたくないですね。ボルドンが、家族を連れて戻ったら、アイナファール姫を託して、すぐに出発しましょう。」
「そうだな。だが、それにしても、なぜ、最近は化け物鳥を見かけなくなったのか……」
ガーベラ隊長は、まだ、首をかしげている。
「あっ! もしかしたら、あいつらは、ぼくたちを見失って、ぜんぜん違うところを探してるんじゃないかな?」
マッサは言った。
「ほら、タータさんと出会ったあと、ぼくたちは、ずうーっと地下の道を通って《魔女たちの都》まで行ったでしょ? だから、空を飛んでる化け物鳥には、ぼくたちの姿が、ぜんぜん見えなくなって、あいつらは、ぼくたちを完全に見失っちゃったのかも。」
「なるほど。そういうことかもしれませんね。」
隊長がうなずいた、そのときだ。
『んっ?』
と、ブルーが声をあげて、ぴこっと耳を立て、頭をもちあげた。
『……きこえる!』
「えっ、何が!?」
「どうした?」
みんなは、すばやく立ち上がり、アイナファール姫の柱を守るようにしながら、まわりを見回したり、空を見上げたりした。
ちょうど、化け物鳥の話をしていたから、あいつらが、またあらわれたのかもしれない! と思ったんだ。
でも、ブルーは、
『ボルドン!』
と、嬉しそうに叫んだ。
『ボルドンのこえ、きこえる! うおおおおおおーんって。……いや、ボルドンだけじゃ、ない! くまのこえ、いっぱい!』
「ああ、ボルドンと、家族のみなさんですね! いっしょに来てくれて、よかったです。」
「よかった! ぼく、一瞬、化け物鳥かと思って、ぎくっとしたよ。」
「俺もだぜ。まったく、おどかすなよなぁ!」
「本当に、ボルドンの声が聞こえるんですか? 私には、何も聞こえませんが……」
「私にも、まだ聞こえていない。だが、ブルーの耳の鋭さは、確かだからな。安心していいだろう。」
そんなことを言い合っているうちに、マッサたちの耳にも、ウオオオオオーン! という吠え声が、かすかに聞こえはじめた。
遠くから、薄い煙みたいな土ぼこりが近づいてくる。
『ボルドン!』
背の高いタータさんの頭の上によじ登って、ブルーが、嬉しそうに言った。
みんなが見守るうちに、土ぼこりだけじゃなく、ボルドンたちの姿が、はっきりと見えてくる。
先頭に立って走ってくるのが、ボルドンだ。
そのうしろに、イワクイグマたちが一頭、二頭、三、四、五、六……
あれっ? お父さんと、お母さんと、おじいちゃんと、おばあちゃんだけかと思ったら、それよりも、もっといっぱいいる!
『ボルドン、かえってきた! ボルドン、おかえり!』
『グオオオオオオーッ!』
太い足と鋭い爪で、ざざざざざーっと急ブレーキをかけてみんなの前で止まったボルドンは、さっそく、両腕を大きく振りあげて叫んだ。
もちろん、「ただいま!」のあいさつだ。
『グオオオオオオオーッ!』
『グオオオオオーッ!』
『グオオオオオオオーッ!』
ボルドンのうしろからも、ボルドンの家族たちが、いっせいに立ちあがってあいさつする。
イワクイグマたちの礼儀を知らない人たちだったら、おそろしすぎて気絶するか、怖すぎて攻撃しちゃうところだけど、マッサたちは、それがあいさつだということが、ちゃんと分かっているから、
「ぐおおおおおおーっ!」
と、こっちからも、両腕をあげて、元気にあいさつを返した。
「ボルドン、みんなを呼んできてくれて、ありがとう。おつかれさま!
そして、ボルドンの家族のみなさん、ぼくのお母さんのために、こんなに大勢、来てくださって、ありがとうございます!」
マッサの言葉を、さっそく、ブルーが通訳すると、
『グオングオーン、ガオーン。』
そんなの、気にするな! というように、イワクイグマたちは、いっせいに吠えた。
『ボルドンの、おとうさんと、おかあさんと、おじいちゃんと、おばあちゃんと、きょうだい、みんなできた!
やまは、へいわになったから、ほかの、みんなで、まもってる。だから、だいじょうぶだって。
みんなで、マッサのおかあさん、まじょたちのしろに、つれていってあげるって!』
それから、みんなで協力して、マッサのお母さんが閉じ込められている柱を安全に運ぶための準備がはじまった。
まずは、ボルドンのおじいさんと、おばあさんが、となりどうしに並んで、じっと立つ。
その、おじいさんの背中の上に、タータさんが立って、
「えーと……もう少し、こっち側に、柱を押してください! そう、そう、そう……はい、そこまで! 今、ロープを結びますからね。」
ブルーに通訳してもらいながら、四本の腕を大きく振って、イワクイグマたちに合図をした。
ほかのイワクイグマたちは、マッサのお母さんが閉じ込められた柱を、そうっと持ち上げて、ボルドンのおじいさんとおばあさんの背中の上に、まるで橋をかけるみたいにして、横向きに乗せた。
最初は、おじいさんだけが、柱をかつぐ予定だったんだけど、柱が長すぎて、ぐらぐらするから、二頭で協力してかつぐことにしたんだ。
せっかく背中に乗せた柱が、滑り落ちないように、ロープを使う達人のタータさんが、みんなから集めたロープをつなぎ合わせて、あっちを結んだり、こっちをぎゅーっとしめたりして、しっかり、がっちり、固定した。
「どうです、大丈夫ですか? ロープがきつすぎるところや、ゆるんでいるところは、ありませんか?」
『グオオーン!』
『ウオウオーン!』
ボルドンのおじいさんとおばあさんが、それぞれ、「ちょうどいいぞ!」「大丈夫ですよ!」と、元気に答える。
「ぼくのお母さんを運んでもらえて、すごく助かるし、嬉しいんだけど……ボルドンのおじいさんやおばあさんは、お年寄りなのに、あんな重いものをかついだりして、大丈夫なのかなあ?」
マッサの心配を、ブルーが通訳するのを聞いて、
『グオッ、ガオーン、ウオーン。』
と、ボルドンのおばあさんが言った。
『しんぱいしないで! って、いってる。
イワクイグマのおばあさん、おじいさん、つよい! ぜんぜん、おもくないから、だいじょうぶ。
もしも、わるいやつ、でてきたら、わかいクマが、ばしんばしんばしーん! って、やっつける! これで、あんしん。』
ブルーが、マッサにそう説明しているところへ、
「余計な戦いをさけるために、これも、持っていってもらいましょう。」
フレイオに紙とペンを借りて、何かをいっしょうけんめいに書いていたガーベラ隊長が、一通の手紙を持ってやってきた。
それは、魔女たちの女王――つまり、マッサのおばあちゃんにあてた手紙だった。
「ブルーがいなければ、イワクイグマと、人間とは、お互いの言葉が分かりませんからね。
《魔女たちの城》の者たちが、イワクイグマが攻めてきたと勘違いして、戦いになってしまってはいけない。
この手紙に、これまでのことを、きちんと書いておきましたから、これを読んでいただければ、女王陛下には、事情がすべてお分かりになるでしょう。」
「ありがとう、隊長!」
マッサは、ガーベラ隊長が書いてくれた手紙を、フレイオにもらった油紙で、何重にも包んで、ボルドンのおじいさんの、太い太い首に、しっかりと、ロープでさげた。
さあ、これで、いよいよ、イワクイグマたちの出発の準備は、すべてととのった。
(お母さん。)
マッサは、心のなかで、お母さんに呼びかけた。
(これから、ボルドンの家族が、お母さんを、おばあちゃんがいるお城に、連れていってくれるからね。そしたら、きっと、魔法を解いてもらえて、柱から出られるよ。あと少しだけ、がんばってね!)
『ええ。』
お母さんの返事は、まるでマッサの頭をなでているみたいに、優しく心のなかに聞こえてきた。
『あなたはこれから、お友だちと一緒に、大魔王の城に向かうのね。
勇気をもって、でも、気をつけて行くのよ! どんなに遠くからでも、いつも、あなたたちの無事を祈っているわ。
魔法が解けたら、すぐに、また会いましょう。』
「うん。」
マッサは、声に出して言った。
みんなは、その様子を見ていたけど、ぜんぜん、ふしぎそうな顔はしていなかった。
「お母さん、またね! ぼくたち、絶対、みんな元気で、お母さんに会えるようにするからね!」
『グオオオオオオオオーッ!』
出発だ! と、イワクイグマたちがいっせいに吠えた。
『グオオオオオオーン!』
ボルドンも、マッサと同じように、家族と、いったんお別れのあいさつをした。
でも、きっと、またすぐに会える。
そのためには、無事に、大魔王の島にたどりついて、無事に、大魔王をやっつけて、みんなで、元気に戻ってこなきゃ!
「またねーっ、お母さん! ボルドンの家族のみなさん、ぼくのお母さんを、よろしくお願いしまーす!」
『グオオオーン、グオオオオーン!』
『さよなら、さよなら! またね!』
「道中の無事を! 城に着いたら、すぐに、私からの手紙を見せてください!」
「しっかり頼むぜーっ!」
「みなさん、どうか、気をつけてー!」
「頼みましたよ!」
マッサたちが、叫びながら手を振るうちに、イワクイグマたちは、土ぼこりを立てながら、どどどどどどーっと駆け去って、見えなくなった。
「よし!」
マッサは、お母さんと離れてしまうさびしさを胸の中にかくして、顔をあげ、元気よくそう言った。
ブルー、ガーベラ隊長、ディール、タータさん、フレイオ、そして戻ってきたボルドンが、いっせいに「うん!」とうなずく。
王子と、六人の仲間だ。
どこかで出会うはずの、あと一人――
「王子と、七人の仲間」で、《惑いの海》を越え、島に乗り込み、大魔王と対決して、みんなで、無事に帰ってくるんだ!