マッサと、意外な事実
「いいですか? 要するに、《死の谷》のこちら側から、向こう側まで、道案内になるような、ながーい糸を、渡すことができればいいわけですよね。」
「だから、その糸を、向こう側まで渡すためには、まず《死の谷》を越えなきゃならねえだろうが! で、それが、できねえから、今、困ってるんじゃねえかよっ。」
フレイオの説明を、とちゅうでさえぎって、ディールが、あきれたように言った。
何だか、前までの、二人の仲が悪かったときと似たような感じになってきたけど、大丈夫かな? ……と、マッサが心配したときだ。
「いや……待てよ!?」
ディールが、自分で何かに気がついて、ばしんと手を打った。
「そうか! 糸なら、大丈夫ってことか!?」
「そういうことです。」
ディールの言葉に、フレイオが、満足そうにうなずく。
それから、ほんの少しして、
「……なるほど! そういうことかっ!」
と、ガーベラ隊長も、何かに気づいて、笑顔になった。
みんな、いったい、何のことを言ってるんだろう? と、マッサは不思議に思ったけど、すぐに、
「……あっ! あー、あー! そういうことかぁ!」
と、気がついた。
難しいクイズの答えがわかったときみたいに、すごく、すっきりした気分だ。
「えっ、何ですか、何ですか? ちょっと、みなさんだけで、分かっていないで、わたしにも、教えてくださいよー!」
まだ、みんなの話がよく飲みこめないでいるタータさんが、四本の手で、フレイオと、ディールと、ガーベラ隊長と、マッサの肩を持って、ゆさゆさと揺さぶる。
「つまり――」
タータさんに揺さぶられて、ぐらんぐらんと揺れながら、マッサは説明した。
「糸は、すっごく軽いものでしょ? だから、ぼくが持って飛ぶことができる、ってわけ!
ぼくが、魔法で空を飛んで、糸を、こっち側から、向こう側まで、ぴいんと渡せばいいんだ。そうすれば、みんなは、その糸をたどって、迷わずに、向こう側まで行くことができるよ!」
「ボルドンがいれば、崖をおりたり、登ったりすることもできるもんな。さすがは、俺の親友のフレイオだぜ! 完璧な作戦だ。」
フレイオ本人のとなりで、なぜか、ディールが、自慢そうにしている。
「ああ、ああ、なるほど! それは、なかなか、いい考えですね。」
タータさんも、すっきりした顔になって、何度も大きくうなずいた。
「でも、いくつか、心配なことがあるんですけど。言ってもいいですか?」
「えっ?」
マッサは、びっくりして、思わずタータさんを見た。
ほとんど完璧な作戦だと思ったのに、いったい、どういう心配があるんだろう?
「ええ、もちろん。遠慮なく言ってください。」
フレイオが言った。
前までのフレイオだったら、もっと冷たく、
『何です、私の作戦に、文句でもあるんですか?』
なんて、言っていたかもしれない。
ディールの態度も、すごく変わったけど、フレイオも、すごく変わった。
みんなが、こんなふうに、けんかをせずに話し合えるようになって、本当によかった!
マッサが、そんなことを考えて感動しているうちに、話し合いは進んでいた。
「ええと、ですね。私が、心配していることは、今のところ、三つ、あるんですけど。」
「三つもあるのかよ……」
「はい。」
ディールの呟きに、はっきりうなずいて、タータさんは話し始めた。
「心配の、ひとつめは、糸が、途中で何かに引っかからないか? ということです。
マッサは、空を飛びながら、糸を、下に垂らしていくわけですよね。その糸が、谷底に生えている、木の枝なんかに引っかかってしまったら、どうします?
わたしたちは、谷底の地面を歩いていくんだから、糸が、高いところにあったら、見つけられませんよ。」
「なるほどな……確かに、それは、ありそうなことだ。」
ガーベラ隊長が、難しい顔になって、うなった。
「次に、心配の、ふたつめです。それは、糸が、途中で切れてしまわないか? ということです。
糸は、とても細いものですから、もともと、切れやすい。それを、つなぎ合わせて、ながーく伸ばすわけですから、とちゅうで、結んだところが、ほどけてしまうとか、重さでひっぱられて、切れてしまうとか、そういった危険が、ますます大きくなります。
もしも、とちゅうで糸が切れたら、私たちは、みんな、《死の谷》の底で、ばらばらに迷ってしまいますよ。」
「うーん……確かに、そいつはまずいな。」
ディールも、ガーベラ隊長と同じような顔になって、うなった。
マッサも、同じ気持ちだ。
マッサが《死の谷》に落ちたときは、ブルーとボルドンが、いっしょに助けにきてくれて、糸をたどって帰ることができた。
でも、今回、みんなが《死の谷》の底にいるときに、糸が切れてしまったら、マッサひとりだけで、みんなを探して、助け出すなんて、とても無理だろう。
「最後に、心配の、みっつめです。それは、そもそも、《死の谷》のこっち側から向こう側まで、渡すことができるほどの、長い糸なんて、手に入るのか? ということです。
マッサを助けたときは、わたしの上着をほどいた糸で、なんとか足りました。でも《死の谷》のこっち側から、向こう側まで、となると、全員分の服をほどいて、糸を作ったとしても、長さが足りるかどうか……
もしも、ぎりぎり、足りたとしても、みんなの服を、全部使ってしまったら、わたしたちは、すっぱだかになってしまいます。すっぱだかで、大魔王と戦いにいくのは、さすがに、まずいでしょう。」
「それは、まずいよ!」
マッサは、あわてて、大きな声で言った。
「うーん、それは、確かに。着るものがなくては、私は、夜中に、敵から丸見えになってしまいますからね。」
フレイオも、顔をしかめて、うなずいた。
「しかし……タータさんの言う心配も、確かに、もっともですが、それなら、他に何か、もっといい考えがありますか?」
「うーん……いや、今のところ、ないですねえ。」
タータさんは、正直に言った。
「でも、今の三つの心配が、解決しないかぎり、『糸作戦』を、あわててやってみるのは、危ないと思います。なにしろ《死の谷》というくらいですからね。ここは、もう少し、よく考えたほうがいいでしょう。」
「ええ、確かに、あなたの言う通りです。」
フレイオが、タータさんに賛成して、みんなは、また、ううーん……と、うなりながら考え込んだ。
だれも喋らなくなったので、ブルーの、
『ぷしゅー……ぷしゅー……』
という寝息が、大きく聞こえる。
「やれやれ、作戦会議ちゅうに寝やがって。のんきなもんだぜ、もじゃもじゃは。」
ディールが、文句を言って、つんつんつん、とブルーのほっぺたをつつくと、
『ムニャムニャ……もじゃもじゃじゃない……ムニャムニャムニャ、ぷしゅー。』
ブルーは、寝ながら文句を言って、ぐるんと丸くなって、ふさふさのしっぽで、頭を隠してしまった。
何だか、ぼくまで眠くなってきたなあ、と思いながら、マッサが後ろの柱に寄りかかった、そのときだ。
《マッサ、どうしたの?》
と、お母さんの声が聞こえた。
実は、マッサが寄りかかったのは、今は横倒しにして地面に置いてある、お母さんが閉じ込められた魔法の柱だった。
念のため、みんなで、柱のすぐそばに集まって、守っているわけだ。
(ぼくたち、今、作戦会議をしてるところなんだ。)
マッサは、心のなかの声で、お母さんに返事をした。
(でも、どうやって《死の谷》の向こう側まで行ったらいいか、いい考えが浮かばなくて、困ってるんだ。仲間のうちで、空を飛ぶ魔法を使えるのは、ぼくだけだし……糸で、道が分かるようにしようと思っても、そんなに長い糸なんか、なかなか、手に入らないし。)
すると、
《あら。どうして、そんなことで困っているの?》
お母さんが、思いがけないことを言って、マッサは、目を見開いた。
《すぐそばに、大きな橋があるでしょう? 十年前の戦争のとき、大魔王の軍勢は、その橋を渡って攻め寄せてきたのよ。私は、その橋をこわすために、ここに来て戦ったけれど、成功しなかったの。だから、橋は、まだそこにあるはずよ。》