塔、たおれる
マッサは、ひゅっと息をのんだ。
巨大な塔が、ものすごい音を立てながら、自分のほうに向かって倒れかかってくる。
逃げたい、と思っても、体は、凍りついたみたいに動かなかった。
まるで、両足の裏が、地面にがっちりくっついてしまったみたいに。
『マッサー!』
「来ないで!」
ブルーの声が後ろのほうから聞こえて、マッサは、お腹の底から叫んだ。
ドッゴオオオォォォォォン!!!
積み木の城が倒れるように、塔がくずれ落ち、一瞬で大量の石の山に変わった。
地震みたいに地面が揺れ、もうもうと土ぼこりがあがり、何も見えなくなる。
『マッサ、ボルドン! マッサ、ボルドン! マッサー! ボルドンー!』
ぎりぎりのところで、崩れる石に巻き込まれずにすんだブルーが、そびえたつ石の山に変わってしまった塔に駆け寄る。
『マッサとボルドン、うまっちゃった! たすけて、たすけて、たすけて!』
「なんてことでしょう……まさか、あの巨大な塔が、崩れるなんて!」
「お、王子は、無事か!? ……アイナファール姫は……!?」
目の前で起きた大事故に、さすがに顔を青くして、タータさんとガーベラ隊長がうめく。
「おい、マッサーッ! ボルドン! おい、こら、返事をしろよ! 大丈夫かーっ!?」
「マッサ! どこにいるんです!? 聞こえていたら、返事をしてください!」
ディールとフレイオが、崩れた石の山によじ登り、マッサの姿を探そうとする。
と、そのときだ!
「……おーい……おーいっ!」
うずたかく積みあがった石の山の向こうから、かすかに、でも、はっきりと、声が聞こえた。
「おーい、おーい、みんなーっ! ここだよーっ! ぼくは、大丈夫だよーっ!」
『はっ! マッサ! マッサーッ!』
顔を見あわせたディールとフレイオをたちまち追い越して、崩れた石の山の上を、ブルーが、ぴょんぴょんぴょーん! と走っていく。
「あっ、ブルー!」
『マッサー!』
まるで巨大な怪獣の巣のように、まわりをぐるっと石に囲まれて、そこだけ、さらさらの砂場みたいになったところに、マッサはいた。
その胸元のシャツが、布の下からさしてくる光で、緑色に輝いている。
今回も《守り石》の力が働いて、降りそそぐ石から、マッサの身を守ってくれたんだ!
『マッサ、いた! ぺっちゃんこじゃ、ない! よかった、よかった!』
「うん、ブルーも、無事でよかったよ!」
ぼふっ、とおなかにくっついて、すりすりすりすり! と頭をこすりつけてくるブルーを抱きかかえてから、マッサは、はっとしてあたりを見回した。
「そうだ……喜んでる場合じゃない! ボルドンと、お母さんはっ!?」
と、そのときだ。
『グオオオオオーンッ!!』
ガラガラガラーッ! と、積み重なった石を押しのけて、でっかいびっくり箱みたいに、ボルドンが姿を現した。
いや、違う。
ボルドンは、ひとりじゃなかった。
ボルドンは、まるで全身で抱えこむようにして、しっかり、がっちり、マッサのお母さんが閉じ込められた魔法の柱を、抱きしめている!
おかげで、柱には、傷ひとつ、ついていないみたいだ。
『ボルドン、いた! マッサのおかあさん、いた! ぺっちゃんこじゃ、ない!』
「ほ、ほんとだ……ほんとに、ほんとに、良かったぁ……」
マッサは、安心しすぎて、腰が抜けたみたいになって、思わず、その場にしゃがみこんだ。
「おおっ、王子、ご無事でしたか! ボルドン、あの状況で、よくぞ、アイナファール姫を守り切ったな!」
「マッサは、《守り石》があったおかげで、助かったのは、分かりますが……ボルドンさんは、よくもまあ、あんな石の下敷きになって、無事でしたねえ? けがは、ありませんか? どこか、痛くないですか?」
『ガーウ!』
タータさんの質問に、ちーっとも! というように吠えて、ボルドンは、ぶるぶるっと、巨大な犬みたいに、体をふるわせ、石のかけらや、ほこりをはらい落とした。
イワクイグマの体のがんじょうさは、本当にすごい!
ボルドンは、抱きかかえた魔法の柱を、そうっと運んで、平らな地面の上に寝かせた。
マッサは、すぐに駆け寄って、本当にどこにも割れたり欠けたりしたところがないか、柱のようすを、念入りに調べた。
うん、大丈夫、完璧だ!
「お母さん! 大丈夫だった? 痛くなかった?」
《ええ、大丈夫よ。いったい、何が起きたの?》
「魔法使いの塔が崩れたんだ。でも、ボルドンが、お母さんを守ってくれたよ。これから、ボルドンが、家族を呼んできてくれて、それで、その人たち――いや、そのイワクイグマさんたちが、お母さんを、《魔女たちの城》に連れていってくれるからね!」
* * *
こうして、どうにか魔法使いの塔からお母さんを助け出すことができたマッサたちは、ようやく、もともとの問題――「どうやって、みんなで《死の谷》をこえるか」という問題にまで、戻ってくることができた。
ボルドンが、家族を呼んでくるために、ひとりで《二つ頭のヘビ》山脈に戻っているあいだ、マッサたちは、どうにかして《死の谷》を渡る方法がないか、いろんなアイデアを話し合った。
でも、いいアイデアは、なかなか出てこない。
「魔法で空を飛べるのは、マッサだけだし……そのマッサも、重いものを持って飛ぶのは、無理だからなあ。」
ディールが、地面にあぐらをかいて座り込み、頭を抱えている。
「うん……ブルーくらいなら、抱っこして飛べるけど、さすがに、ディールさんとかガーベラ隊長は、おんぶして飛んでも、途中で落っこちちゃうと思う。二人とも、鍛えてるから、がっしりしてて、重いし……」
「まさか、日ごろから鍛えていることが、こんなかたちで、裏目に出るとは。」
そう言いながら、ガーベラ隊長も、うーん、と頭を抱えている。
「おばあちゃんからもらった、魔法の押し葉がありさえすれば、みんなで、電車ごっこみたいにつながって、ぼくが先頭に立って、押し葉の案内の通りに歩けばよかったんだけど……
あの押し葉は、フレイオを助けるときに『この世とあの世のあいだ』で、吹き飛ばされて、なくなっちゃったんだ。
いや、フレイオを助けるために、役に立ったんだから、いいんだけどね。」
空っぽの胸ポケットを、ちょっとだけ残念そうにのぞいて、マッサも頭を抱えた。
「糸をたどる作戦は、元の場所に戻ってくればいいだけだから、できたことであって……向こう側に行くとなると、あの作戦は、使えませんからねえ。」
タータさんも、四つの手を全部使って、頭を抱えている。
『ぷしゅー……ぷしゅー……』
ブルーは、考えすぎて眠くなっちゃったのか、マッサにくっついて、丸くなって寝ていた。
と、そのときだ。
「いや、待てよ?」
フレイオが、頭を抱えていた手をどけて、ぱっと顔をあげた。
「ちょっと、工夫をしさえすれば……糸をたどる作戦が、もう一度、使えるかもしれません!」
「えっ、ほんと!?」
「フレイオ、やるじゃねえか! さすがは、俺の親友だぜ。」
「どういうことだ? くわしく説明してくれ。」
「どんな工夫です?」
『ぷしゅー……ぷしゅー……』
その場のみんなが――ブルー以外――注目する中、フレイオは、さっそく、作戦を説明しはじめた。